第25話 逆転の杖

 俺にはわからなかった。

 しかしなにかが起こったのだ。


 アーウィナの表情から俺はそれを察した。


「……満明さん、逃げてください」

「えっ? に、逃げるって……」

「あの杖を使われたら勝てないんです」

「ど、どういうこと?」

「あれは……逆転の杖。自分を含めた味方と敵全員の戦力をそっくりそのまま入れ替えてしまう恐ろしい杖なんです。つまりあの杖を使われたことで、わたしたちとギアナひとりの戦力が入れ替わってしまったのです」

「ってことは、今のあいつにはアーウィナの強さが……」


 俺とクロイツはたいしたことないだろう。

 しかしアーウィナとギアナの強さが入れ替わったのはまずいことだった。


 なぜアーウィナが勇者とシェラナに協力を頼まなかったのか、本当の意味が今さらわかった。あの2人がいて逆転されたら戦力の差は絶望的だっただろう。


「くっくっくっ。さすがは魔王様を倒した勇者一味の魔法使い。素晴らしい魔力だよ。けど、憎たらしいねぇ」


 喜ぶようなことを言いつつ、ギアナは舌を打つ。


「あのときの意趣返しをようやくできる。けど、簡単には殺さないよ。じわじわとなぶるように殺してあげるからねぇ。けーけっけっけっけーっ!」

「満明さん、早く逃げてくださいっ!」

「け、けど……っ」


 アーウィナを置いて逃げるなんてできない。


 俺はアーウィナを守ろうと、テニスのラケットを構えた。


「満明さんっ!」

「ダメだっ! アーウィナを置いてなんていけないっ!」


 アーウィナを置いて逃げるくらいならここで死んだほうがマシ。


 それくらいの気持ちで俺はギアナに向かって立っていた。


「ふふん。ご主人様と一緒に死にたいなんて、忠誠心の高い従者だねぇ」

「俺は従者じゃない。俺はアーウィナの……」


 友達……。

 今の関係からだとそう言うのが正しいだろう。

 しかし俺の想いは別の関係を望んでいたため、迷いの気持ちが言葉を飲んだ。


「なんでもいいさ。どうせ殺しちゃうんだし」

「あっ!」


 ギアナの周囲に火球が浮かぶ。


 あれはさっきアーウィナが外の魔物を一掃した魔法だ。


「これで君らを少しずつ焼いて殺してあげるよ」

「くっ……」


 あれがテニスのボールなら打ち返せる。

 しかし火球じゃ……。


「満明さん」

「えっ?」


 アーウィナが俺へ耳打ちをする。


「今さら相談なんて無意味だよ。君たちができるのは惨たらしく死ぬことだからねっ!」


 火球が一斉にこちらへ向かって飛んで来る。

 俺はそれらに向かってラケットを構え……。


「それっ!」

「なにぃっ!?」


 火球を打ち返す。


 あのときにアーウィナが俺のラケットにかけたのは魔法武器化の魔法だ。この魔法をかければどんな武器でも魔力を帯びて攻撃力が上がるらしい。そして、魔法に対して耐性を持つ。つまりラケットの形状ならば魔法を打ち返せるようになるのだ。


「うわっ!?」


 打ち返した火球が杖を持つギアナの手に当たる。

 瞬間、杖が手から落ち、


「この……っ」

「クロイツっ!」

「にゃあんっ!」


 アーウィナが叫ぶと同時に別の燭台がクロイツに変化する。そして、


「なんだとぉっ!?」


 落ちた杖をクロイツが咥えて取る。

 それからすぐにこちらへと走って戻って来た。


「形勢逆転……ですね」


 その杖を受け取ったアーウィナはニッコリ笑う。


「こ、この……ちっ」

「逃がしませんっ!」


 転移魔法を使おうとしたのだろう。


 青い光に包まれたギアナだったが……。


「うぎゃああああっ!!!」


 アーウィナの放った黒い球……ダークボムがギアナに当たる。

 それと同時にギアナは消滅した。


「ふう……」


 アーウィナはホッとしたように一息吐く。


「お、終わったの?」

「はい。今度こそ完全に仕留めました」

「そっか……」


 俺もホッとして胸を撫で下ろす。


「ありがとうございます満明さんっ!」

「わあっ!?」


 落ち着いた心臓がふたたび早鐘を打つ。


 抱きついてきたアーウィナの柔らかい胸に、俺の心臓はさっきよりもバクバクと高鳴った。


「満明さんが一緒じゃなかったらどうなっていたか……。本当にありがとうございます満明さん」

「う、うん」


 怖かったけど、役立ててよかった。


 アーウィナの喜ぶ顔を見れて俺も嬉しいが……。


「よかったね。勇者からもらった大切な杖を取り返せて……」

「あ、はい。けど、別に勇者様からもらったから大切というわけではありませんよ。危険な杖なので管理するためにわたしが預かっただけです」

「あ、そ、そうだったんだ」


 俺の声が自然と弾む。


 アーウィナにとって勇者が特別な存在なのはわかる。

 しかし杖の件に関してはとりあえず安心できた。


「はい。だから安心してくださいね」

「えっ? あ、う、うん」


 どうやら俺の心は見透かされているようだった。


「わいにも礼を言ってほしいのう」


 足元でクロイツが眠そうな目で言う。


「クロイツもありがとう。さあ、帰ってお昼ご飯にしましょうか」

「にゃあ」

「うん」


 俺はクロイツを持ち上げ、それからアーウィナの転移魔法で帰った。


 ――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 満明君とクロイツの活躍で大勝利。

 活躍によってアーウィナとの距離がさらに縮まったかも……?


 ☆、フォロー、応援、感想をいただけたら嬉しいです。

 よろしくお願いいたします。


 次回はアーウィナと温泉旅行へ。しかし悪い企てをする者もいて……。

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