第23話 太った猫のクロイツ

「ね、猫?」


 腹巻を巻いたものすごい太った黒猫が俺の腕へ落ちてきた。


「クロイツっ!」

「えっ?」


 クロイツ……とは、この猫の名前か?


 たぶんそうだと思った。


「アーウィナの飼ってる猫?」

「は、はい。いえ、飼っているというか……この子がわたしの使い魔なんです」

「えっ? この猫が?」


 どう見ても普通の猫だ。

 ものすごい太ってるし、使い魔として役に立てるとはとても思えない。


「はい……」

「んにゃあ……むにゃ」


 天井を貫いて落ちてきたというのに、この猫は太々しく眠っている。

 なんと言うか、見た目通りという印象であった。


「クロイツっ! 起きなさいっ!」

「にゃあん? なんや? うるさいのう」

「うあっ!? しゃべったっ!?」


 猫がしゃべったことが衝撃的で俺は驚く。


「一応、使い魔ですので、人の言葉をしゃべることができるんです」

「そ、そうなんだ」


 まあそうでなければ本当にただの猫か……。


「ん? なんやこのマヌケ面? お前の従者か?」

「違いますっ! 満明さんはわたしの大切な人ですっ! マヌケ面とはなんですかっ!」

「ははは……」


 猫から馬鹿にされたのは初めてだ。


「大切な人? このマヌケ面、お前の男なんか? けけっ、物好きやなぁ。どこがええねんこんなつまらん顔した男」

「クロイツっ! いいかげんにしなさいっ!」

「わーったわ。耳元できゃんきゃん喚くな。二日酔いの頭に響いてかなわん」

「あなたまたお酒を飲んでたんですねっ!」


 猫が酒を飲んで二日酔いに……。


 そもそも猫って二日酔いになるのか? いや、どうでもいいか……。


「こんななんももないところやし、酒飲むくらいしか楽しみないやん。女の子もおらんしのう。つまらんくてしゃーないわ。ポリポリ」


 言いながら、クロイツは腹巻から煮干しを取り出してポリポリ食べる。


「それよりもクロイツ、家に泥棒が入りませんでしたか?」

「ドロボウ? ああ、昨日の夜に入ったで」

「見たんですか? 見たのでしたら……」

「犯人はギアナや」

「えっ? ギ、ギアナっ!?」


 その名を聞いた途端、アーウィナの眉がひそむ。


「ギアナ……って」


 俺もその名は聞いたことが……いや、正確には見たことがある。


「確か魔王軍の幹部だっけ?」


 ラノベに出てきた魔王軍の女幹部ギアナ。

 確か奴は魔族の魔法使いだったはず。


「はい。かつて魔王軍の幹部だった魔族の魔法使いです」


 ただのコソ泥かと思っていたが、とんでもない大物が犯人で腰を抜かす。


「まさか生きていたなんて……」

「けど、どうして魔王軍の幹部がアーウィナの杖を盗んだんだろう? 魔法の威力が上がるすごい杖とか?」


 勇者からもらったからではなく、杖として優秀なものなので大切とか……。


「いえ、そういうものではありません」

「そ、そう」


 やっぱり勇者からもらったという理由で大切なのか。


 期待した答えを得られなくて肩を落とす。


「けど、早く取り返さないと……」

「……」


 アーウィナにとっては大切なものだ。

 だったら……。


「俺も協力するよ」

「えっ? でも……」

「危険なのはわかってる。だけど、だったら尚更アーウィナひとりだけではいかせられないよ」


 杖を取り返せてアーウィナが喜ぶなら協力してあげたい。


 勇者からもらったものとかどうでもいい。

 俺はただ、杖を失って悲しそうな顔をするアーウィナを見ていたくなかった。


「満明さん……。はい。ではお願いできますか?」

「うん。俺も知らない世界を冒険とかしてみたいしね。あ、でも、俺なんかよりも勇者とかシェラナと一緒に行ったほうが……」


 きっとそうしたほうがいい。


 アーウィナの勇者に対する思いにはチクリと感じるものがありつつも、やはり杖の奪還を優先すべきと考えて俺は言った。


「あ、いえ、勇者様たちには協力をお願いしないほうがいいでしょう」

「そ、そうなの? まあ、アーウィナがそう言うなら……」


 ラノベでもギアナはアーウィナひとりに倒されていたし、2人の力は必要無いと、そういうことなのだろう。


 ちょっと安心した。


「がんばってや、おふたりさん」

「あなたも行くんですよクロイツっ!」

「わいは留守番あるし……」

「留守番は精霊に頼みます。あなたはわたしの使い魔なんですからついていらっしゃい。いいですね?」

「しゃーないな……ふにゃあぁぁお」


 と、クロイツはあくびをしながら言った。



 ……」



 一旦、家に戻った俺は出発の準備をしてから戻って来る。


「満明さん、それ……」

「あ、うん」


 俺の背にはテニスのラケットが背負われていた。


「なんか武器になりそうなものを探したらこれしかなくてさ」

「武器でしたら剣とか弓矢をご用意しますよ?」

「うーん……。そういうのもらっても、剣術や弓術の心得とかないしさ。使い慣れたこっちのほうがいいかもと思って」

「あ、じゃあ……」


 と、アーウィナは俺のラケットに手をかざす。


「? なにしたの?」

「武器として使えるように少し細工しました。けど、戦いはほとんどわたしがするので、満明さんが戦われることはないと思いますよ」

「まあ、それもそうかもね」


 アーウィナは魔王を討伐した最強の魔法使いだ。俺なんて普通の高校生が戦いで役立てることはないだろう。


 しかしなにか少しでも役に立てれば。


 そんな思いで同行を希望していた。


「それじゃあ出発しましょう」

「ギアナの行き先に心当たりはあるの?」

「はい。恐らく、自分の根城にいるはずです」


 ギアナの根城は魔界の空に浮かぶ空中城だったか。


「では魔界まで転移しますね」

「うん。けど……」

「んにゃあ……」


 俺の腕ではクロイツが眠っている。


「この子、連れて行く必要ある?」


 とてもなにかの役に立つとは思えない。

 いや、それは俺もかもしれないけど……。


「こう見えてもクロイツは使い魔です。連れて行けば役に立ちますよ」

「そうかなぁ」


 アーウィナがそう言うならそうなのだろう。


 俺はクロイツを抱えたまま、アーウィナの転移魔法で移動した。


 ――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 腹巻を巻いた猫……。見た目はかわいいですが、中身はおっさんですね。


 ☆、フォロー、応援、感想をいただけたら嬉しいです。

 よろしくお願いいたします。


 次回はアーウィナとともにギアナの根城へ。

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