第22話 アーウィナがいない?

 日曜日。

 朝、起きるとアーウィナがいなかった。


「あれ?」


 居間にも台所にもいない。

 朝食だけがテーブルの上に置いてあった。


「出掛けたのかな?」


 買い物にでも行ったのだろうか?


 テーブルに用意されている朝食を食べながらそんなことを考える。


 ……ひとりだけの朝食。

 アーウィナが来てから食事は2人でが普通だったので、ひとりはずいぶん懐かしく思える。彼女が来てからそんなに経っていないのに。


「どうも落ち着かないな」


 黙々とする食事が落ち着かない。

 これはアーウィナとの会話が無いからだろう。


「早く帰って来ないかな」


 そう期待しながら、俺は空になった食器を片付けていると、


「ただいま戻りました」

「うわぁ!?」


 いきなり隣にアーウィナが現れてびっくりする。


「えっ? ア、アーウィナ……えっと、おかえり」

「はい」

「あ、そっか。転移魔法が使えるんだっけ」


 転移魔法で買い物から戻って来たのだろうと思った。


「あ、いえ、自宅に戻ってました。読みたい魔法書があったので」

「じ、自宅?」


 自宅ってつまり……。


「はい。この本の世界です」

「ああ、やっぱり」


 なんとなく忘れていたが、アーウィナはラノベの世界からやって来たのだ。

 ……しかし考えてみれば、お話の世界からやって来るとはずいぶん荒唐無稽な話である。


「本の中に出たり入ったりできるって、なんか不思議な感じだね」

「本の中……というより、これは向こうの世界とこちらの世界を繋ぐ扉のようなものなのです。なので本の中に世界があるわけではありませんよ」

「そ、そうなの? けどそれってただのラノベじゃないの?」

「いいえ。これは一種の魔法書のようなものですね」

「魔法書? けどなんでそんなものがうちにあったんだろう?」

「それはわかりません。ただ、わたしの持っている扉の魔法書から、満明さんの想いはいつも届いていましたよ」

「そ、そうなんだ」


 俺がラノベを読みながら思っていたことがすべてアーウィナには聞こえていたということか。出会ったときにもそんなようなことを聞いたが、改めて考えてみると、なんとも恥ずかしいことである。


「あ、試しに満明さんも向こうの世界へ行ってみますか?」

「えっ? 俺も本の中……じゃなくて、向こうの世界へ行けるの?」

「はい。この本の表紙に指でこのように文字を書いていただければ……」


 アーウィナが人差し指で宙に書いた文字を、俺は本の表紙に指で書いてみる……と、


「うわっ!?」


 本の中に吸い込まれた。

 そして気が付くと、知らない部屋の中にいた。


「ど、どこだここ?」


 現代風ではない。

 なんか古い時代の外国にある家の中のようだった。


「ここがわたしの家ですよ」

「あ、アーウィナ」


 いつの間に隣にはアーウィナがいて、俺を見て微笑んでいた。


「それじゃあお茶でも入れましょうか」

「あ、うん」


 アーウィナがお茶を入れに向かい、俺はそれについて行く。


 テーブルへ座って窓から外を眺めると、一面に木々が生い茂っていた。


「森の中に家があるんだね」

「はい。木が多い場所のほうが落ち着きますので」


 確かに静かで落ち着く家だ。

 家の中なのに木々の香りに満たされ、なんとも癒される心地であった。


 俺はアーウィナの出してくれたお茶を飲みながらホッと一息をつく。


「良い家だね」

「ありがとうございます。以前は両親と住んでいたのですが、2人ともすでに亡くなってしまって、わたしひとりで暮らしていました」

「そうなんだ」


 そういえば天涯孤独だとラノベの話にも出てきていたのを思い出す。


「ひとりだと寂しくない?」

「寂しさは感じていました。けど、今は満明さんが一緒ですので……」


 そう言ってアーウィナは頬を赤らめる。


 そんなことを言われては俺の気持ちが昂ってしまう。


 俺もアーウィナのことが好きだ。

 ずっと一緒にいたいという思いであった。


「あ、おいしいお菓子があるんです。それも持ってきますね」

「う、うん。ありがとう」


 イスから立ち上がってアーウィナはお菓子を取りに行く。


 アーウィナと2人でこんな穏やかなところで暮らせたら。

 そんな風に思いながら家の中を眺め回す俺の目に一枚の絵が入ってくる。


「あれは……」


 男性の肖像画。それは俺も知っている男性の絵だった。


「勇者……清正」


 勇者清正。この世界の魔王を倒した勇者の絵。

 仲間であったアーウィナの家に彼の絵があるのは不思議ではない。


 しかしアーウィナはまだ彼のことを想っているのではないか?

 そう考えると、なんとも辛い思いが湧き上がってきて俺の心を苛んだ……。


「あっ!?」

「えっ?」


 そのときアーウィナの驚いたような声が上がる。

 どうしたのだろうと俺は急いで駆け付けた。


「なにかあった?」

「あ、はい。あの……」


 アーウィナがいたのは寝室だ。

 ベッドの側で困ったような表情で屈んでいた。


「大事なものをベッドの下に隠しておいたので、念のため確認をしたのですが……」

「無くなってたの?」

「はい。杖が……」

「杖? 大事なものなの?」

「はい。勇者様にいただいたもので……」

「そ、そっか」


 勇者にもらった大切な杖。

 それを聞いて胸にちくりとしたものを感じる。


「盗まれたのかな?」

「たぶん……。ここに置いたのは間違いありませんから」

「他に盗まれたものはある?」

「杖以外は特にありませんね。盗まれたのは杖だけのようです。他の誰かが持ち出せないように魔法で封印をしていたので、そもそも杖だけが目的だったのかと……」

「アーウィナがかけた魔法の封印を解くってことは凄腕の魔法使いかな?」

「はい。恐らくかなりの……」

「うーん……」


 アーウィナはすごく残念そうだ。

 思うところはあるものの、アーウィナのために取り戻してあげたい。


「なにか犯人の手掛かりになるようなものは残っていないかな?」

「あ、留守番に使い魔を残しているので、犯人を見ているかもしれません」

「使い魔?」

「はい。わたしの留守中に家を守らせているのですが……」


 だったらそもそも泥棒には入られないのではないか?


 無難にそう思った。


「その使い魔はどこにいるの?」

「それが見当たらなくて……。気まぐれな子なのでどこかへ出掛けているのかも」

「そ、そうなんだ」


 留守を任されているのに、勝手に出掛けてしまうとは。

 なんとも頼りない留守番である。


「んにゃあ……」

「えっ?」


 どこからか猫の声。


 野良猫でもいるのかと思ったとき、


「うあっ!?」


 頭に衝撃。

 そこから転がるように俺の腕へ黒猫が落ちてきた。


 ――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 ラノベに出たり入ったりが容易ですと、向こうから面倒なものがやって来たりもするでしょうね。今のところは兵士だけですが、他の誰かも来たりするかも?


 ☆、フォロー、応援、感想をいただけたら嬉しいです。

 よろしくお願いいたします。


 次回、杖を盗んだ犯人とは……?

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