第19話 元さやを求める伊織だが……

「きゃーっ! 生島君すごーいっ!」


 体育の授業中、サッカーをしていると一部の女子からそんな声援が飛んでくる。


 以前はサッカーなんてまったくできなかった。

 体育のサッカーではいつもミスをしていて、それをアーウィナに相談したところ、時間停止魔法を使って練習をしまりだいぶうまくなった。

 変身魔法でアーウィナがプロ選手になって教えてくれたのも大きいだろう。


「えいっ」


 俺はドリブルで全員を抜いてゴールへシュート。

 キーパーは動くことすらできず、ボールはネットに吸い込まれて行った。


「すごいすごーいっ!」

「格好良いーっ!」


 凡庸で目立たなかった俺が女子からこれほど声援を受けるとは。

 今が現実なのかどうか疑いたくなる状況だ。


 アーウィナが来てくれてから、俺は勉強も運動も以前とはくらべものにならないくらいできるようになった。彼女には感謝しかない。


 今日も帰ったらアーウィナに会える。


 俺は学校から家に帰るのが楽しみになっていた。


「満明」


 今日の授業が終わり、帰り支度をしていると不意に伊織が声をかけてきた。


「今日さ、わたし部活サボるから帰りにどっかでなんか食べて行かない?」

「えっ? いや、いいよ。俺は帰るから」

「わたしとなんか食べに行くの嫌なの?」

「いや、だってさ……」


 ストーカー疑惑を学校中に吹聴したりと、伊織には迷惑をかけられた。それに関して謝罪もないし、仲良くはしたくなかった。それに……。


「お前は星村先輩と付き合っているんだろ? だったら俺と2人きりでなにか食べに行くなんてダメだと思うぞ」

「わたしがいいんだからいいの」

「そういうわけにいかないだろ」


 と、俺は伊織に背を向けて教室を出て行こうとする。


「あの女のことが好きなの?」

「あの女って……」

「わたし、モテない満明と付き合ってあげてたんだよ? それなのにちょっと浮気したくらいで他の女に乗り換えるんだ?」

「ちょっと浮気って、お前なぁ……」

「あの女が来なければ満明は今でもわたしのことが好きだったし」

「……そうかもしれない。けどお前は星村先輩と付き合い始めたんだ。俺がお前のことを好きかどうかなんてもうどうでもいいだろ」

「星村先輩と別れてもいいけど」

「えっ?」

「満明とまた付き合っても……いいよ」

「……」


 ……そんなことを伊織の口から聞けば、以前なら大喜びだったに違いない。

 しかし今はなんとも思わなかった。


「俺にその気は無いよ」

「えっ? な、なんで? わたしのこと好きなんでしょ?」

「少し前まではね。けど、今はもう違う」


 それだけ言うと俺は教室を出て行く。


 今はもう伊織のことを好きではない。

 今の俺にはもっと好きで、大切な女性がいた。


 それからまっすぐと家に帰る。

 家に帰って玄関を開くと、


「おかえりなさいませっ!」


 出迎えてくれたアーウィナが俺へと抱きついてくる。


「ア、アーウィナっ。だ、抱きつくのは……」

「満明さんが学校に行っているあいだはすごく寂しかったんです。だから……」

「そ、そっか」


 俺なんかをこんなに想ってくれる。

 そんなアーウィナのことが俺はいつの間にか大好きになっていた。


「今日の晩御飯はトンカツですよ」

「それは楽しみだな」


 俺は玄関扉の鍵をかけようとする。……と、扉が引かれて開く。


「満明」

「えっ? あ……」


 扉を引いて開けたのは伊織だった。


「伊織、お前……」


 伊織は俺の脇を通って中へと入る。

 そしてアーウィナと向かい合った。


「あんた……っ」


 アーウィナを前にした伊織は表情を怒りへと歪める。


「出て行きなさい。ここはあんたがいる場所じゃない」

「なに言ってるんだよ」


 突然にアーウィナへ出て行けと言った伊織の肩を掴む。


「満明、あんたはわたしを好きでいればいいの。こんな女を好きになる必要は無い」

「伊織、お前なにを言って……」

「嫌です」


 出て行けと言う伊織の言葉に対し、アーウィナははっきりとそう答える。


「わたしにとって満明さんは大切な人です。側を離れる気はありません」

「くっ……出て行けって言ってんのっ!」

「嫌です」

「この……っ!」


 伊織の手が振り上がる。

 俺はその手を咄嗟に掴んだ。


「やめろ伊織っ!」

「離してよっ! こいつがいなくなれば全部わたしの思い通りになるんだからっ!」

「なにを言ってるんだっ! もう帰れっ! お前はどうかしてるっ!」

「こ、この……満明のくせにっ!」

「あう……っ」


 反対の手で顔を平手打ちされる。

 そのまま伊織は駆け出し、外へと出て行った。


「満明さんっ! あの人……っ」

「ア、アーウィナっ。いいからっ」

「でもっ!」


 追って行こうとするアーウィナを止める。


「大丈夫だから。さ、家に入ろう」

「み、満明さんがそう言うのでしたら……」


 俺はアーウィナとともに家へと上がる。


 まったくムチャクチャだ。

 伊織の暴挙には俺も頭にくるが、出て行ってくれたならばそれでいい。しかし明日以降、学校で顔を合わせるのは少し怖かった。


 ――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 満明を叩かれてアーウィナブチ切れ。

 さすがは元魔王討伐パーティのひとり。気は強いですね。


 ☆、フォロー、応援、感想をいただけたら嬉しいです。

 よろしくお願いいたします。


 次回はアーウィナも学校へ

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