第17話 勇者を思い出すアーウィナ
夕飯を終えた俺とアーウィナは居間でテレビを見ていた。
「わぁ……」
「うん?」
夜のニュースで流れている海辺の映像を見てアーウィナが感嘆の声を漏らす。
「綺麗ですねぇ」
「そ、そうだね」
キラキラする瞳で食い入るように映像を見つめるアーウィナのほうがずっと美しい。しかしそんなクサいことを言えるような勇気など、俺にはなかった。
「海、好きなの?」
「はい。どこまでも続く水平線がとても素敵です。水平線の奥に沈む太陽の光景も美しくていいですよねぇ」
「そうだね」
海か。インドアな俺には無縁な場所だ。
子供のころに親と一緒に行って以来、海には行っていないが……。
「アーウィナ」
「はい? なんでしょうか?」
「その……海に行ってみる?」
「はいっ! 海に行きたいですわたしっ!」
そう言ってニッコリと笑うアーウィナ。
アーウィナには日ごろ世話になっている。
なので少しでもそのお礼をするため、海に連れて行ってあげようと思った。
……
そして次の日曜日、
「わぁ……海ですっ!」
俺はアーウィナを連れて海へとやって来る。
海水浴の時期には少し早いので人はあまりいない。
閑散とした静かな海辺が俺たちの目の前にはあった。
「美しいですねぇ」
「うん」
俺たちは横に並んで海を眺める。
よく見れば周囲にはチラホラと男女の2人組がいる。
恐らく恋人同士だろう。きっと俺たちもそういう風に見られていると思うと、緊張してきてしまう。
「あ、暑い時期だともっと人がいるんだよ。泳ぎに来る人とかいてね」
「そうなんですねー。わたしも泳ぐのは得意なんですよ。魔王を倒す冒険の途中で海に行くことがあってですね。そこでいっぱい泳ぎました」
楽しそうに海水浴の思い出を語るアーウィナ。
しかし不意にその表情は暗いものへと落ちる。
「? どうかした?」
「あ、いえその……そこで勇者様とシェラナさんがキスをしているのを見てしまいまして……」
「あ……」
俺はラノベで読んだシーンを思い出す。
勇者清正と女騎士シェラナは夕方の海辺で初めてのキスをする。
それを見てしまったアーウィナは涙を流してその場を去るのだ。
「ごめん。嫌なことを思い出させちゃったね」
「あ、いえ、過ぎたことですから。もうまったく気にしていませんよ」
そう笑顔を見せるアーウィナだが、目の端にはわずかに涙が浮かんでいた。
……それから俺たちは海辺を歩き回り、飲食店で食事などをして過ごす。
やがて夕方となり、海の向こうに夕日が沈んでいくのが見えた。
「綺麗な夕日だね」
「はい」
夕日を見つめながらアーウィナはどこか寂しそうな表情をする。
勇者のことを思い出しているのかもしれない。
彼女は勇者清正のことが好きだったのだ。なにかきっかけがあれば、思い出してしまうのはしかたないことだと思う。
このままここにいてもアーウィナに悲しい思いをさせてしまうだけだろう。
そろそろ帰ろうか。
そう思う俺だが……。
「あっ」
ロマンティック雰囲気に気持ちが盛り上がったのか、周囲にいる男女が抱き合ってキスをしていた。
俺たちはまだそういう関係ではない。
場違いな感じがした俺は、早々にこの場を離れたい気分になってくる。
「も、もう行こうかアーウィナ」
俺はアーウィナにそう声をかける。
しかしアーウィナは動かない。ただ潤んだ瞳を俺へと向けてきた。
「ア、アーウィナ?」
そしてそのまま目を瞑った。
こ、これは……もしかして。
童貞の俺にだってわかる。
アーウィナは俺に……。
ここで逃げてはアーウィナのに恥をかかせてしまう。
そう思った俺は意を決し、自分の顔をアーウィナの顔へ近づけるが……。
「あっ……」
アーウィナの目端に涙が浮かぶ。
それを見た俺は思う。
アーウィナはまだ勇者清正のことを忘れられていない。
俺なんかでは勇者の代わりにならないことはわかりきったことだった。
「……行こうかアーウィナ。そろそろ電車の時間だし」
「あ……」
顔を離して俺は笑う。
俺の作り笑いを見てなにを思ったか、アーウィナは目を開いて朗らかに微笑んだ。
――――――――――――
お読みいただきありがとうございます。
満明はアーウィナへ想いがある。しかし勇者への想いを残している様子のあるアーウィナは、はたしてどうなのか? 口では満明を好きと言いつつも、やはり勇者のことは忘れられないのかも……。
☆、フォロー、応援、感想をいただけたら嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
次回はアーウィナを迎えに兵士がやって来る。
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