第16話 帰って来たお母さん

 ―――半羽伊織視点―――


 最近、星村先輩が冷たいような気がする。

 満明と星村先輩が学校のテニスコートで対決した日からだ。


 なぜ星村先輩がその日からわたしに冷たくなったのか?

 それは恐らくあの女が原因なんじゃないかと思う。


 星村先輩は女性からすごくモテる。

 本人も女好きで、今まで多くの女性と付き合ってきていたことも知っている。だからきっとあの女に興味を持ち、わたしに冷たくなったのではないかと思った。


 鬱陶しい。


 あの女は何者なのか?

 あの女が現れてから満明は大きく変わったような気もする。


 と言うか……。


 わたしは自分の部屋の窓から、隣にある満明に家を見つめる。


 あの女、もしかして満明の家に住みついているのでは?


 帰ったところを見たことがない。

 もしも勝手に住まわせているのだとしたら、追い出すことは簡単かもしれない。


 いいことを思いついたわたしはスマホを手に持って電話をかける。

 かける相手は満明の母親であった。



 ―――生島満明視点―――



 学校から帰って来て部屋でゲームをしていると、不意にスマホが鳴る。

 誰からだろうと画面を覗くと、そこには母とあった。


「母さんからだ」


 週1くらいで電話をかけてくるので珍しくもない。

 しかしいつもは日曜日にかけてくるので、少しだけ変に思った。


「あ、母さん」

「ああ、満明。ちょっと聞きたいことがあってね」

「聞きたいことって……」


 なんだろう?

 心当たりがなかった。


「あんた、女の子を家に連れ込んでるって本当なの?」

「えっ?」


 俺の額に冷や汗が浮かぶ。


 なぜ母さんがそれを?

 疑問が頭を駆け巡る。


「どうなの? 伊織ちゃんが電話でそう言ってたんだけど」

「い、伊織が……」


 なんでそんなことを……。

 しかし俺にありもしないストーカー疑惑をかけたくらいだ。なにをしてきても不思議はないかもしれないが……。


「と言うかあんた、伊織ちゃんと付き合ってたんじゃないの?」

「えっ? あ、その、伊織とは別れたんだよ。伊織の都合で」

「そうなの? まあとにかく、次の日曜日そっちへ帰るからね。そのときにちゃんと説明しなさい」

「あ、母さ……」


 通話は切られ、俺は放心する。


 アーウィナのことをなんと説明すべきか?

 いっそ魔法で記憶を消してもらって……いや、それでは根本的な解決にならない。なんとかアーウィナがここにいられる理由があればいいのだけど……。


 ゲームなどやっている場合ではないと、俺はとにかく理由を必死で考えた。



 ……



 それからあっという間に次の日曜日となる。


 結局たいした理由は思いつけなかった。

 最悪、アーウィナに頼んで記憶を消してもらうしかないだろう。


「お母様が帰っていらっしゃるんですね。わたしお会いするのが楽しみです」

「いやまあ……うん」


 アーウィナは楽しそうだが、俺は戦々恐々だ。

 女の子を家に住まわせてるなんて、絶対に怒られるだろうし……。


 ガチャ。


「あ」


 鍵の開ける音がする。

 母さんが帰って来たのだろう。


「あ、お母様が帰っていらしたようですね。お出迎えしてきます」

「い、いや待ってアーウィナっ!」


 俺が止めるのも聞かずアーウィナは玄関へ小走りで駆けて行ってしまう。

 しかたなく俺はそのあとを追った。


「おかえりなさいませお母様っ!」

「えっ?」


 玄関でアーウィナに出迎えられた母さんは案の定、きょとんとしていた。


「か、母さんこれは……」


 俺は考えていた理由を口に出そうとするも、慌てていてうまく舌が回らない。

 母さんはニコニコ微笑むアーウィナをじっと眺めていた。


「満明、この子は……」

「あのその……こ、この子はね……」

「アーウィナと申しますっ! 満明さんとはよいお付き合いをさせていただいておりますお母様っ!」

「お母様って……」


 俺が慌てているあいだにアーウィナが先に話してしまう。


「……まあともかく中で話しましょうか」

「はい……」


 母さんとともに居間へ行って3人で座る。


「あら? 思ったより綺麗にしてるわね」


 居間を眺め回して母さんは感嘆の声を上げる。


「前に帰って来たときはものすごく散らかってたのに」

「あ、ああ。アーウィナが毎日、掃除をしてくれているから」

「そうなの?」

「うん」


 アーウィナは掃除を完璧にこなしてくれる。

 おかげで家はいつもピカピカであった。


「ふーん。それで……アーウィナさん。あなたここに住んでいるの?」

「はいっ! 満明さんにはとてもお世話になっていますっ!」

「けどあなた高校生くらいよね? 高校生の女の子が男子の家に転がり込んで一緒に暮らすのはどうかと……」

「か、母さん、アーウィナは家庭の事情で家には帰りにくいんだ。だからしばらくのあいだはうちへ泊めてあげようと思って……」

「家庭の事情? そう。まあいろんなご家庭があるからね。なにか家に帰りづらい事情があるのはしかたないと思うけど、やっぱり高校生の男女2人だけで一緒に暮らすのはよくないと思うわ」

「俺たちそういう……変なことはしてないよ。これからも絶対にしない。俺を信じてよ母さん。アーウィナをここに置いてあげたいんだ」

「うーん……」


 母さんは決して頭の固い人ではない。

 必死に頼めばアーウィナがここに住むことを許してくれるはず……。


「あ、そろそろお昼ですね。わたし、お母様のために腕によりをかけてお昼ご飯をご用意したのです。先にお食事をして、お話はあとにしませんか?」

「そ、そうね。うん。それじゃあいただこうかしら」


 先に食事をということになり、アーウィナは立ち上がって台所から料理を運んでくる。俺もそれを手伝った。


「あらナポリタンね」


 3人分のスパゲッティナポリタンとスープが置かれ、食事を始める。


「それじゃあ一口……んっ!?」


 フォークで巻き取ったナポリタンを口に入れた瞬間、母さんは目を見開く。


「お、おいしいじゃないっ! 高級レストラン並みよこれっ!」


 そう言って大絶賛し、あっという間にナポリタンもスープも平らげてしまう。


「ふー……合格ね」

「えっ? 合格って……」

「わたしね、あんたの結婚相手には料理の上手な女性をって考えてたの。この子はもう満点。文句のつけようも無いわ」

「そ、そう」


 そう言えば母さんは料理にすごくうるさかった。

 料理が下手な女性との結婚は絶対に許さないと常日頃、俺へ言っているくらいだ。


「こんな素敵なお嬢さんを逃がしちゃダメだからね。絶対ものにしなさい」

「えっ? あ、ああうん」

「あと大人になるまで間違いは起こしちゃダメだからね。わかった?」

「わかった……って、それじゃあもしかして」

「ここに泊めて上げてもいいわ。父さんにもうまく言っておくから」

「あ、ありがとう母さんっ!」


 アーウィナがここに住んでもいい。

 それを母さんの口から聞けて俺は胸を撫で下ろした。


「アーウィナさん、満明のことをよろしくね」

「はいっ! もちろんですっ!」


 2人は握手を交わす。


「満明、念のため聞いておくけど、伊織ちゃんと別れたのはアーウィナさんと浮気したからとかじゃないわよね?」

「ち、違う違うっ! アーウィナと知り合ったのは伊織と別れたあとだし」

「あらそう? だったらいいわ」


 それから母さんは父さんの転勤先へと帰って行く。

 一時はどうなることかと思ったが、アーウィナがここへ住んでもいいことになってよかったと俺はホッとした。



 ―――半羽伊織視点―――



 満明のお母さんが家に入って行くのを見た。

 今ごろ満明は怒られ、あの女は出て行けと言われていることだろう。


 そんな想像をしながら部屋にいると、


 ピンポーン


 家のインターホンが鳴ったので玄関へ行く。

 訪問者は満明のお母さんだった。


「伊織ちゃんはひさしぶり」

「あ、おひさしぶりです。あの、それで……どうしでしたか?」

「うん。大丈夫だった」


 大丈夫だった。

 それを聞いてわたしは満明のお母さんがあの女を追い出したのだと思ったが、


「良い子だったから、しばらく満明の面倒を見てもらうことにしたわ」

「えっ?」

「伊織ちゃんは満明と別れたんでしょ。ならもうあの子のことは気にしなくていいからね。今まであの子と付き合ってくれてありがとう。あ、これお土産ね。それじゃ」


 そう言って満明のお母さんは帰って行く。


「な、なんでよ……」


 絶対に追い出されると思っていた。

 なぜかそうはならず、それどころかあの女が気に入られてしまうとは……。


 まさかの結果にわたしは放心し、お土産を持ったまま玄関に立ち尽くしていた。


 ――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 アーウィナの料理はお母さんの胃袋まで掴んでしまいましたね。

 お母さんの許しも得たので、これはもう嫁一直線……。


 ☆、フォロー、応援、感想をいただけたら嬉しいです。

 よろしくお願いいたします。


 次回は海を見ながら勇者を思い出すアーウィナ……。

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