第8話 みんなは試合に勝てると思っていないけど
「えっ? ど、どうなってるの?」
どこからどう見ても動画に映っていた有名な男子プロテニスプレイヤーだ。アーウィナの面影はまったく無い。
「魔法で姿を変えました」
「そ、そうなんだ。けど姿がプロの人でも……」
「ちゃんとテニスの腕もそのままですよ」
と、アーウィナは手に持っているテニスのボールを高く投げ、ラケットでサーブを打つ。
「おおっ!」
物凄い勢いのサーブだ。
とても素人が打てるものではない。それどころかプロ級であった。
「知識も技術もプロの人そのままです。さあ、わたしがこの姿で教えますので、しっかりと練習をしましょう」
「う、うん」
プロに教えてもらったからと言ってうまくなれるかはわからない。しかしやれるだけはやってみるかと、俺は気合を入れてラケットを握った。
……
それから1ヶ月、俺はプロ選手に姿を変えたアーウィナから指導を受けた。
そして試合当日となり、やめるつもりのテニス部へひさびさに顔を出す。
「うん? ああ、生馬か」
試合会場へ行くバスの前で顧問の先生に会う。
「あ、お、おはようございます」
「おはよう」
先生はなんとも難しい顔で俺を見ている。
当然だろう。部活には出ないのに、試合には出たいと言ったのだ。顧問としては俺の考えがわからなくて困惑しているのだと思う。
「生馬、お前な、部活に出ないで試合に出ても勝てないぞ。どこか別の場所で練習していたのかもしれないけど、それでも部活と大差はないだろう。いつもと結果は変わらないと思うけどな」
「は、はあ。そうかもしれないですけど……」
「やめる前の思い出づくりか? まあやめるのは別に構わないけどな」
それだけ言って先生は俺から顔を背ける。
まったく期待はしていない。やめるなら好きにしろ。
顧問の態度はそんな感じであった。
今日の試合が終わったらやめる。
俺もそのつもりだ。
「あ、満明」
バスに乗ると先に来ていた伊織に声をかけられる。
隣の席には星村先輩が座っていた。
部活で2人が一緒にいる姿を見るのも今日で最後。
そう思うと少し気持ちが楽になる。
「試合だけ出ても勝てないぞ生馬。恥をかくだけだ」
星村先輩がはっきりと俺へそう言い放つ。
……他はともかく、部活には真面目な先輩だ。
部活に出ず試合だけに出たいと言う俺には良い感情を持っていなそうだった。
「まあ恥をかくのはお前だ。好きにすればいい」
「はい……」
「満明、やめておいたほうがいいよ。練習はしていないんでしょ? それじゃあ勝つことなんてできないし、試合しても楽しくないと思うよ」
「ま、まあやるだけやってみるよ。じゃ……」
2人の座る席から離れて俺も席へ座る。
他の部員も2人や先生と同じように考えているようで、俺があっさり負けて恥をかくだけだと話している。
だが俺は負けるつもりなど無い。
この1ヶ月、アーウィナと死に物狂いで練習をしたのだ。その成果を今日の試合で出してやろうと意気込んでいた。
……
そして試合会場に到着し、
「お前の初戦の相手、前の地区大会で3位になった奴なんだってな」
そんなことを部活仲間に言われる。
対戦相手のことは事前にわかっていた。
だから今さら驚くことでもない。
ちなみに前の地区大会で優勝をしたのは星村先輩で、今回はシード選手になっている。
「まあでも、それなりに強い相手とやれば良い思いでになるかもな。やめるんだろお前? 部活には全然、来なかったのに試合だけ出たいってことはさ」
「う、うん。今日の試合が終わったらやめようかとね」
「そうか。まあでもお前、才能無いしさ。やめて勉強のほうをがんばったほうがいいよ。勉強のほうが得意みたいだし」
「うん」
才能は無いと思う。
けどアーウィナとたくさん練習はしたんだ。悔いは残らないようにしたい。
試合までまだ少し時間がある。
俺はそれまで柔軟でもして身体をほぐしておこうかと、軽く体操を始めた。
「満明さん」
「えっ?」
背後から声をかけられ振り返る。そこにいたのは……。
「ア、アーウィナっ!?」
以前に買ってあげた服を着たアーウィナがそこにいた。
「ど、どうしてここにっ?」
「満明さんの試合が見たくて来ちゃいました」
えへへといたずらっぽく笑う。
かわいい。
ほとんど無意識に俺はそう思ってしまう。
「側で応援してますからがんばってくださいね」
「う、うん」
アーウィナが俺の試合を見てくれる。
それを考えたらますます気合が入った。
そして試合が始まる時間となり、俺はコートへと入る。
相手側のコートには前の地区大会で3位になった選手がいた。
俺はコートの中心へと行き、その選手と試合前の握手をする。
「まあがんばって。休憩と思って少しくらいは手を抜いてあげるからさ」
「そ、それはどうも」
嫌みに笑う相手に言葉を返し、俺は自分のコートへ戻ってボールを持つ。
最初のサーブは俺だ。
俺はボールを下へ投げて弾ませる。
「サーブくらいきっちり決めろよーっ!」
「お前いっつもサーブをミスるからなー。ぎゃははっ!」
部活の仲間からヤジが飛ぶ。
しかしその通りで、俺は試合でいつもサーブをミスる。
だが今日は違う。
俺は弾ませたボールを握ると、それを高く放る。
そしてラケットを思い切り振った。
――――――――――――――
お読みいただきありがとうございます。
満明はテニスの素人ではありませんでしたが、普通に下手でした。そんな彼が1ヶ月プロの指導を受けたとして、どれほどうまくなれるものか……。
☆、フォロー、応援、感想をいただけたら嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
次回は星村先輩、散る。
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