私の機械人形
幽霊が出る部屋を紹介された私は、渡された書類を突き返すこともせずに持ち帰っていた。なぜなら金がないからである。
幽霊の話は私の中でなかったことにした。
書類を眺めてみても、好条件ばかりが連ねられている。
家賃を払うのは、一年だけで良いらしいし、払い終われば晴れて私の家となる。
家の写真もいくつか送ってもらったが、随分と綺麗なものであった。西洋風の家で部屋の数も多く、私と彼女しかいないというのに贅沢なほどだ。トイレもお風呂も独立しており、とても綺麗であった。キッチンも広々としていて、水回りも完璧だ。
欠点は幽霊が出ること、だけ。
私は幽霊を信じていないし、生きている人間の方が強いと勝手に思っている。だからなんの問題もない、と思いたい。信じていなくても、もし、もし仮に出てきてしまったら私は為す術もなく倒れてしまうかもしれない。
ああでもないこうでもないと考えても仕方ない、いないと信じて買うしかないのだ。転がり落ちたいい話を無下にするわけにもいかない。
「ああ、名前決めてないな……」
現実逃避のように彼女のことを考える。
充電中の彼女は静かに私のベッドに座っていた。
商品名はあるものの、個別の名前があるわけでもない彼女。きらきらとした金色の髪が美しい彼女。
私が夜なら、彼女は朝だ。
「アサ、これからよろしくね」
『はい』
目を細めて、私の機械人形は笑った。
■
数週間経って、私とアサは西洋風の家の前に立っていた。
真新しいカードキーを玄関にかざすと、自動で扉が開かれる。昼間だというのに、部屋は薄暗くどんよりとしていた。
そろりそろりと様子を伺いながら、部屋の中を進もうとすると、ガチャンと大きな音を立てて玄関のドアが閉まる。更にどんより薄暗くなってしまった。
パッと家中の電気がつく。ひぇっ、と情けない音が口元から漏れる。
『マスター、お任せ下さい』
きゅっと手を握られて、心拍数が更に上がった。
想像と違って、痛いくらいの冷たさが伝わってきて、彼女は機械人形だということを嫌というほどに教えてくれる。
アサに導かれるまま、リビングへと向かう。
『ここにひとつ』
「え、なにが……きゃあ!!」
四隅が薄暗いなと思っていたところを、アサは指差す。そこにはこちらを睨み付ける女性の顔があった。
悲鳴を上げるも、そこから動く様子はないので、冷蔵庫へと向かう。
せっかく買った食材が腐ってしまうよりかは早く入れた方がいいに決まっている。
「アサ、ちょっと見ててね……」
『かしこまりました』
死角になるところにアサを配置して、たくさんの食料を入れる。
ばたんと冷蔵庫を閉めた。ちらりと幽霊の方を見ると消えていた。
お、いなくなったか……。
『マスター、上です』
「わあああああああ!」
その声に素直に上を向くと、黒い髪の毛が天井からだらりと垂れている女性を発見してしまう。全力で叫んで、アサの手を掴んで二階へと駆け上がると、一つの部屋に入った。真新しいベッドに寝転がって、ぜえはあと息を切らす。
息を整えながら、アサに問う。
「アサは幽霊とか感知できるの……?」
『旧シリーズですので、可能でございます。どこにいるか聞かれますか?』
「…………、」
聞かないと生活できないので、聞いた。
聞かなければよかったなあという思いと聞かなければならなかったという思いが交差している。
ここの寝室にはいないことだけが救いだった。
「あ」
感知できるのであれば、祓えるのでは?
除霊じゃないけど、出ないようにしてもらえれば、私はアサと一緒に快適な生活がすることが可能である。
「ねえアサ、除霊とかってできるの……?」
『可能でございます』
「じゃあこの家の全てをお願いしたいんだけど……」
『かしこまりました、しばらくお待ちください』
スッと、部屋を出て行くアサはとても頼もしい存在であった。
小一時間ほど経って、アサが帰ってくる。
『完了いたしました、確認しますか?』
「ありがとう。確認は……大丈夫」
たぶん、きっと大丈夫になったはずだからと確認はしなかった。
ああ、ようやく肩の荷が下りた。
サキには感謝しないといけないな、と思いながら、目を閉じた。
■
朝日が差し込んできていて、目が覚める。
カーテンの隙間からちらちらと光が差し込んでいた。
きらきらと金の髪が光る。
どこまでも照らすような金の光がこちらを見ていた。
「おはよう」
『おはようございます、マスター』
私の機械人形は、こちらを見たままにこりと笑う。
幽霊もいなくなったし、広くて安い家になったし、彼女がいる。
これほど幸福なことはない。
これからの日々を考えて、嬉しく思った。
私の人生においての光がそこにあった――。
私の機械人形 武田修一 @syu00123
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