狭い部屋に私と彼女
私の部屋は、ワンルームで狭い。一人で暮らすのだって窮屈な狭さだ。
それなのに。
『マスター、おはようございます』
「おっ、おおっ、おはよう……」
盛大にどもりながら挨拶を交わす。
ああ、狭さがなんだというのでしょう。
数秒で心変わりしてしまうほど、機械人形に溺れてしまっていた。なにせ数年近く眺めていた存在である。そうなるのも仕方のないことだった。
だが。
部屋が狭く、暮らしにくいのは事実であり、現実であった。
「引っ越したい……」
そうつぶやいたが、今まで貯めてきた貯金は昨日使い果たしてしまっている。なんなら暮らしのグレードを下げた方がいいレベルなので。
スッと姿勢よく立っている彼女を見る。
この家に椅子などはない。ギリギリ座れるのは床かベッドだけである。最近忙しくて掃除すらしてない床に座らせるのは絶対に嫌だったので、ベッドに座ってもらう。
光があると汚いものが浮き彫りになってしまうことがよくわかった。
あちこちに散らばる空のペットボトル、携帯食料がわんさか入ったゴミ袋が数点、床に乱雑に置かれた服たち。
数週間でよくもまあここまで汚せたものだ。
今の時代、クリーンシステムが入っている部屋がほとんどだが、ここにはそんな便利なものはない。入っているか入ってないかで家賃が恐ろしく違うのだ。つい、クリーンシステムがない部屋を選んでしまった私の落ち度である。
こうなることがわかっていれば間違いなく入っている部屋を選んでいたはずだ。
過去の行いを悔いていても仕方ない。片付ければいいだけの話だ。
燃えるゴミと燃えないゴミに分けて、ステーションにぽいっと。
シュンッ、チンと音がして、ゴミはどこへやら。
後は落ちている服を拾い上げて、洗濯機へ。ゴォン、ゴォンと音を立てて洗濯を開始している。
掃除機を引っ張り出して、床に転がる埃どもを一掃すると、随分と部屋は綺麗になった。
マシになった部屋なのに、彼女がいるには分不相応な部屋のままだ。
やはり引っ越しをしなければ。
『マスター、充電をお願いします』
「あっ、はい!」
昨日から充電もしないままだったことをすっかり忘れていた。説明書とコードを引っ張り出して、充電を開始していると、出勤の時間となっていることに気づく。バタバタのまま、荷物を持ち、化粧もせずに急いで部屋を出た。
時刻は昼の十三時を指している。
待ちに待った休憩の時間だ、と思ったと同時に思い出した。
「弁当忘れたわ…」
「珍しいじゃん。ヨル、食堂行こうよ」
友人のサキが声をかけてきた。食堂であればコンビニよりかは安価であるし、その誘いに乗りサキと共に食堂へ向かう。
「そばにしよ」
「渋っ、私はカツ丼にしよっと」
それぞれ頼んだご飯を持って、空いた席へと座る。
安価な食堂は、お昼ご飯時ということもあり、大変混雑していた。
ずるずると啜りながら、今後のことを考える。
今日は仕方なく食堂にしたが、今後は使うことはできないだろう。なんとなしにお弁当を作っていたが、考えて作らねば家計が危うい。
副業でも始めようか――。
そんなことを考えながら、そばを啜っていると、サキが大丈夫かと声をかけてくる。複雑な顔をしながらご飯を食べていたせいだろう、その気遣いに嬉しく思いながら昨日のことを話す。
機械人形を買ったこと、貯金を全て使ってしまったこと、綺麗な部屋に住みたいこと――。
しばらくは節約生活を余儀なくされるということさえも、洗いざらい話してしまった。
するとどうだろう、なんだか少しだけ心が落ち着いた気がする。人に話してしまうと思ったよりも楽になるんだなと思いながら、サキの顔を見た。
「そこよりも安くて広い部屋、紹介できるよ」
なんですと?
サキは、にこりと笑って話し始めた。
親戚のおじさんが海外に移住することになり、部屋を手放すことにしたらしい。それで、貰い手を探しているのだが、中々貰い手が見つからないので難航しているとのことだった。借りることを考えていたので、一軒家しかも購入となると話が違ってくる。
「話はありがたいんだけど、購入はちょっと……」
「毎月一万でいいらしいよ」
「えっ」
一万?ほんとにそんな値段でいいのかしら。
今住んでいるところが家賃五万五千だから、四万五千も安くなるし何せ持ち家ということは色々置けるスペースが増えるということ。最高だけれど、絶対裏があるに違いない。厄介事の匂いがしている。
初回だけ一万とか……でもお金がないことは話しているのだからそれはないか。もし賃貸と同じように一万をずっと払うのであっても一万は破格すぎる。破格すぎるのだけど、正直とてもいい話であった。とりあえず条件諸々をよく聞くことにしよう。
「条件諸々はここに書類があるから目を通してねー。それでも良ければ契約」
「わかった。……メリットとデメリットを簡単に教えてもらえる?」
「メリットは格安の家賃と広さ、デメリットは……」
しばらくためてぼそりと幽霊がいること、と言った。
やっぱりなにかあるんじゃん!
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