第2話 フラッシュバック
クラスメートが去ってから、俺も寮に戻ろうと教室を出ようとした時だった。唐突に後ろから声を掛けられた。
「おい! お前落ちこぼれなんだろ」
『おい、落ちこぼれ! 俺の魔法の相手してくれよ』
昔の記憶がフラッシュバックした。
あれは八歳の時だったか。突然、弟の葉二が俺の部屋にやって来て、魔法の的になれと言って来たんだ。言葉は違うが同じ事だろ?
ウチは火の魔術師が多く生まれる家系で、父も、当然葉二も『火の才能』を持った魔術師だった。
俺は、冗談じゃない。そう思った。当たり前だ。
基礎魔法しか使えなくても火だ。八歳じゃなくてもご免だろう。でも、そんなのあいつには関係なかった。
俺が怪我しようが火傷しようが気にしない。そんな顔で、俺に向かって小さな火球を撃って来た。小さいと言っても直径三十センチはあった。
いきなり撃たれたから避けられずに、俺はバッと腕で顔をかばったんだ。火球は俺の腕を燃やして、暫くしたら宙に消えていった。幸い、魔法の威力が弱くて、振り払うと火はすぐに消えてくれた。まあ、ちょっと熱かったし、軽い火傷はしたんだけどさ。そこで初めて葉二は怖くなったのか、走って逃げて行った。
この時の俺は、いつもなら泣いていた筈なのに、泣かなかったっけ。
思い出したら腹立って来たな。
葉二に付けられた火傷は、葉子姉さんの治癒術で直してもらった。思いの外軽傷だったので驚いていたが、その理由を聞いて俺は納得した。
咄嗟に魔力の壁で身体を包んだんじゃないか。って。
あの時、身の危険に咄嗟に身体が反応したようだ。俺は無意識に魔力の壁を作っていたらしい。確かに、あんまり痛くも無かったし、熱くも無かった。
薄く皮膚を覆う程度のものでも、これだけ効果があったんだ。少しだけ自分の努力が無われた気がした。
だから、魔法が使えなくても努力だけは続けられたんだ。それと、今後も同じ目に遭うかもしれないって恐怖で……。
そう言えば、この時からだったな。俺が葉子姉さん以外の人間に期待しなくなったのは。少しだけやさぐれ始めたのも。
「おい! 聞こえてんだろ! お前、家から追い出されたんだろ? 俺の兄貴がお前の家の家門だから、噂は知ってんだぞ。魔法が使えないって」
うるさいな。なんだかウチの弟を思い出す。
こいつは四角い顔で作りは似ていないが、言動がそっくりだ。
「ふーん。だから何なんだ?」
「お前実家から捨てられたんだろ? もう誰もお前を守ってくれないだろ?」
「いや、さっきから何なんだ? 言いたい事があるなら早く言ってくれ。部屋を整理したいんだから」
それに、捨てられたんじゃなくて、こっちが捨てたんだよ。
自分が相手にされていないと感じて、顔を真っ赤にする弟似の生徒は、拳を握っている。
「おい。お前みたいなのでも箔は付くだろ。魔術大家の御曹司に俺が勝ったら、誰も俺に逆らわねえ。負けるのが嫌なら俺の下に付け!」
「はあ?」
おいおい冗談だろ? 俺はもうあの家とは関係ないんだよ。勘弁してくれ。
俺は静かに学校生活を終えてハンターに成りたいんだ。
何で入学初日からこんな輩に絡まれにゃならんのだ。
それもこれもあの家のせいだ!
それに御曹司じゃないし。
目の前の四角顔にも腹が立つが、今は関係ない家にも怒りが込み上げてきた。
でもあれだな。ここで俺が負けるか下に着いた場合。噂が広まるよな。
そうするとだ、回り回って実家にもその噂は届く。あの父親の事だから、家に泥を塗るなと俺を連れ戻して監禁でもしそうだ。
それは大袈裟かもだけど、あの家から俺に迷惑をかけられた。とも思われたくはない。
それは困るな。
そもそもハンターを目指そうってやつが何でこんな…って、そうだ、こいつは子供なんだ。それも弟レベルの。
俺とは違って緩い家庭で育ったんだろうな。ちょっと羨ましい。
でも、こんなやつに俺は引き下がらないと決めたんだ。
「俺は誰の下にもつく気はないぞ。 四角!」
「ぐっ、誰が四角だ!! 俺は山田
気にしていたのか。容姿を弄るつもりじゃなかったんだけど、興奮した山田は拳を振り上げて来た。
こいつ『拳の才』を持ってる。
俺の『魔の権能』は魔法は使えないくせに魔力が見える。だから俺に敵意を抱いた山田の両手に、特有の魔力が宿ったのが分かった。
山田の拳が俺の顔面を捉える瞬間、俺はいつもの癖というか、咄嗟の行動を取ってしまった。
バアン!
「グアッ! いってぇ! 何し…」
「お前が先に手を出したんだ。恨むなよ」
山田の拳は俺には届かず、ただの自傷行為に終わった。
そして、山田は俺の後ろにある何かを見て、呆けてしまった。
口が空いちゃってるぞ。
俺はその何かで呆けた山田の、四角い顔面を強めに小突いてやる。
「アガッ…」
ガンッ!! と鈍い音を立てて、山田の体は床にガクンと崩れ落ちた。
勢いよく床に顔を打ち付けて、お尻が上に突き出た間抜けな恰好をしているんだが、それが逆に俺の不安を煽ってくる。
…やってしまった。
初めて人に向けて使ったから加減が、し、死んでないよな。
山田の体をツンツンしても反応が無い。
どうやら死んでいる様だ。
…冗談だ。
これどうしよう? あ、呼吸!
………よかった息がある。
ハンターになる前に危うく殺人犯になる所だった。死んでなくてよかったが、あまりに手応えが無くて、逆に山田が心配になった。
いや、俺が気にすることじゃないか。
流石にこのままにしておくのは不味いよな。
しょうがないなと、俺は山田を背負って保健室に連れて行った。
「アラ? どうしたのその子?」
良かった。入学初日でも保険室に先生はいてくれたようだ。中には滅茶苦茶ガタイのいい、長髪の男の先生が待機していた。もしかしたら女性なのかもしれない。
俺は紳士だからな。敢えて突っ込む程の事でもない。
「はあ、ちょっと喧嘩? しちゃいまして」
「そう…。この子に魔法使ったの?」
「いいえ? 俺は魔法なんて使えません」
気絶した山田の顔を見ながら、何やら含みのある感じで先生が尋ねて来る。腰に手を当てて女性の様な仕草だ。
「あなたお名前は?」
「真南宮です」
「ああ。あなたがそうなのね。でも、魔力の残滓を感じるんだけど、何でかしら?」
「魔法は使えませんが、魔力自体は動かせるんですよ。ほら、こんな風に」
俺は山田を気絶させた時の何か、魔力の塊を先生に見せた。
魔力は目に見えるものじゃないけど、こうして固めて物質化することも出来るんだ。それを見た先生は一瞬驚いていたけど、何やら納得したようだった。
「二人とも今回は見逃してあげるけど、あなたソレ、今後は人に向けて使っちゃ駄目よ? センセーとの約束よ!」
「は、はい! 気を付けます」
「あなた。中々いいモノ持ってるじゃない。 気に入ったわ! 反応も悪くなかったし。でも、もう行きなさい。この子の事は私が責任を持って直しておくわ」
何故か気に入られてしまった。俺は取り敢えず、ありがとうございます。とだけ返して、先生の言う通り保健室を出た。
部屋を出た先で、ここに山田を残していって大丈夫だろうかと一瞬迷ったが、まあ大丈夫さ。と俺は先生に彼を託して寮に帰る事にした。
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