三題噺「歯医者」「ねずみ花火」「ラムネ」

白長依留

三題噺「歯医者」「ねずみ花火」「ラムネ」

 祖母が生きていたとき、この土地にはもともと駄菓子屋があった。

 葬式をしたのもはるか昔、親戚もほぼほぼ他界してしまっている。

 今では孫のヨウスケが土地を継いで、歯医者として病院を開院していた。

「せんせー! 早く治療してよー」

 歯科用チェアーユニットに座り、体を揺すりながら小学生の男の子がヨウスケに治療を催促してくる。

 田舎ということもあり、都会と違ってそこかしこに歯医者があるわけではない。地域の住民のだいたいは、ヨウスケが運営する病院へと足を運んでいる。この男の子もそんな住民の一人だ。

「少し位、待ちなさい。接着剤をいま調合してるから」

「ええー、接着剤!? せんせーは歯医者なんだから、もっとちょちょいと治してよ」

「ちょちょいと接着剤で被せ物して治すんだよ。食べ物は三十分は食べたらダメだからね」

「せんせーのけちんぼ」

 食べられないことになのか、すぐに治せない事になのか文句をいいつつ、チェアーユニットに深く腰掛けて、大きく口を開ける。


 治療の終わった男の子は待合室にいる親御さんの元に戻っていった。

「先生。大人気ですね」

 病院で雇っている歯科助手もかねている歯科衛生士のミヤコが声をかけてくる。

 受付対応などで正規に歯科助手も雇ってはいるが、ワーカーホリック気味のミヤコは歯科衛生士の仕事以外にも雑用をしてくれている。

――いつ休んでいるんだろうか?

 たまに心配になってくる。

「ミヤねーちゃーん! 後、何分で食べられるのー?」

 待合室から大きな声で男の声が聞こえる。すぐに親御さんのたしなめる声が聞こえるが、今は他に患者はいない。

 ヨウスケとミヤコは顔を見合わせて苦笑いをする。

「先生、少し休憩時間もらえますか」

「本当に休憩してくれるなら、休憩していいよ」

「信頼の無さが嬉しいですね」

 困った笑みを表情に浮かべて、ミヤコが診療室のドアから出て行く。そのドアは待合室に続いていない。でも、ヨウスケは止める事はしなかった。


 少し時間が経つと、男の子の楽しそうな声が聞こえてくる。

 ミヤコが消えていったドアの横にある窓のブラインドをヨウスケが開ける。

 病院には少し広めの中庭が存在していた。

 芝生はないが土で固められた地面と、四隅には常緑樹が植えられている。

 中庭の中心で、男の子が地面に置かれたお皿に棒状の物を近づける。お皿の上には蝋燭が灯っており、瞬間、男の子が手に持っていた棒から綺麗な火花が散り出す。

 楽しそうな男の子は花火を腕ごとクルクルと回すが、すぐにミヤコにたしなめられる。

 ヨウスケは診察室の片隅に置かれた冷蔵庫から、ラムネを取り出し一気に飲み干した。

 カラになったラムネ瓶を普通とは逆の左回しにしてフタを外す。取り出したビー玉を通して男の子を見る。上下逆さまに映る男の子は、火をつけたばかりのネズミ花火から逃げるように走り回る。

 祖母もよく駄菓子屋に来ていた子供達の遊ぶ姿を、ビー玉を通して見ていた。

 いったい祖母には何が見えていたのか。それは今でも分からない。

 けど、ヨウスケは祖母の元に集まった子供達の姿をビー玉の中に閉じ込めて保存しておきたかったのではないかと予想している。

 祖母の遺品には大量のビー玉があった。なんの変哲もないビー玉。

 答え合わせはもう出来ない。

 けれど、いつの間にか自信もビー玉を集めているヨウスケは自嘲の笑みを浮かべた。


「あー! 先生ずっるいんだー。一人だけラムネ飲んでる。ミヤねーちゃん、もう食べてもいいよね? いいよね? 今日は俺、きなこ餅がいいな」

「折角、被せ物を取り付けたのに、逆効果な駄菓子はやめなさい。美味しい棒で我慢してね」

「美味しい棒かー、ゴーヤチャンプルー味があるならそれでもいいや」

 先程よりは静かになった二人は、中庭から先程とは別のドアを通り待合室に移動する。

 歯医者にあるまじきサービスとして、治療を終えた患者には好きな駄菓子を配っている。

 大人も子供も関係無い。患者には全員わけへだてなく駄菓子を配っている。

 ビー玉も、駄菓子屋を無くなるまで続けていたことも、少しでも真似る事で祖母への理解と供養となるとヨウスケは勝手に感じている。

 祖母が生きていたら、いつまで祖母離れが出来ないんだと言われそうだ。

 けれど、祖母から例え想像だとしても祖母から続いてきた意志で、笑顔が生まれるなら、何か価値があるとヨウスケは思えていた。

 祖母からヨウスケが何かを受け継いだように、ヨウスケの子供たちも、ヨウスケからなにか受け継いでくれているのだろうか。

 もう一度、ビー玉を覗く。ビー玉は青空しか映さない。いつしか、ヨウスケの想いが映るのだろうか。映して貰えるのだろうか。

 今日も昨日と変わらない日々だけれど、ヨウスケが歩いた足跡を見つけて貰える事を祈って日常は受け継がれていく。

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三題噺「歯医者」「ねずみ花火」「ラムネ」 白長依留 @debalgal

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