妹に婚約者を奪われてしまいました ~真実の愛を見つけたと告げられて~

シュンスケ

妹に婚約者を奪われてしまいました ~真実の愛を見つけたと告げられて~



「うわああああっ!」


 魔獣の大群を目の前にして僕は絶叫した。

 見渡す限り、魔獣、魔獣、魔獣だらけ!


 なぜ僕はここにいる? さっきまで自室でゲームで遊んでいたはずなのに。

 高校サボってゲームやってたからバチが当たってしまったのか。


 スバババババ!


 天空から降り注ぐストーンバレットによって、魔獣の群れが一掃されていく。

 振り返ると、城壁の上に赤毛の魔術師の姿があった。

「なにを腑抜けていますの、お兄様!」

 声のぬしは妹のネルティティだ。

 胸が残念なことを除けば、ほぼ完ぺきな美少女と言っていい。


 日本の高校生の記憶と侯爵家嫡男パピュルス・フロマーシュの記憶が融合していく。

 どうやらいつのまにか異世界転生に巻き込まれてしまったようだ。


 サンドベリにある第三の大陸デーニー、その南側の大半を占めるイーヴァイル王国の貴族である僕は、魔獣たちの暴走、スタンピードを食い止めるための領土防衛戦の真っ只中にいた。



 領土防衛戦。フロマーシュ侯爵領の総力を結集して、スタンピードを阻止するレイドバトル。

 城塞都市フロマーシュは魔獣でもそう簡単には突破できない強固な城壁に囲まれている。

 しかしスタンピードは時間を追うごとに魔獣の脅威度が増していく。

 最初は雑魚程度だったものが次第に強力になりだんだん手に負えなくなっていく。

 やがて戦力が疲弊しきったところで、災厄の魔獣、ドラゴンが現れるのだ。

 ドラゴンのブレスを浴びれば、堅牢な造りの城壁でさえ一撃で吹き飛ぶだろう。


 妹のネルティティも、今は必死に魔獣と戦っていた。

 ネルティティは一つ年下の生意気な妹で、事あるごとに突っかかってくる。 


 王立学園での対抗戦でも妹は敵対心をむき出しにして挑んできた。

 妹の攻撃は凄まじかったけれど、なんとか勝利し兄としての面目を保つことができた。

 面目だけではない、絶対に負けられない理由わけがあった。

 パピュルス・フロマーシュには、王立学園を卒業するまでの間、主席に君臨し続けなければならない理由があるのだ。



 * * *



「ドラゴンだ!」

 一人の兵士が発したその言葉で、戦場の緊張感はピークに達した。

 スタンピードの最後尾に現れたのは、小さな山ほどある蒼い巨躯のドラゴンだった。

 巨躯をゆらしながら、ズシン、ズシンと大きな足音をさせて迫ってくる。

「氷のドラゴンだ!」

 ドラゴンブレスはマイナス200度を超える冷気、人が浴びれば一瞬で凍結し砕けてしまう。

「あんな化物とどうやって戦えっていうんだよ!」

「シルマリア様、我らに救いをもたらしたまえ」

 絶望する者、女神像に祈りだす者、兵士たちの反応はさまざまだった。



「ギャオオオオオッ!」

 後方から一際大きな咆哮が響き渡った。

 兵士たちが一斉に振り返る。

 小さな点だったそれは、近づくにつれ空を覆うほどの巨体になった。

 それは真っ白な翼を優雅に折りたたみ、城壁の外側にゆるやかに着地した。

「イニュシエルだ!」

「竜の令嬢マグダレーネ様!」

 マグダレーネ・イニュシエル・バルトラン。セカンドネームに竜の名を冠する公爵令嬢。

 女神様の再来と言われる銀色の髪の持ち主であり、イーヴァイル王国の王家の血を受け継ぐ王族でもあった。

 彼女の契約竜、白き巨躯のイニュシエルは、六枚の翼を持つ竜族最強を誇るドラゴンだ。



 ドラゴンに対抗するにはドラゴンに限る。

 先程までの絶望感が嘘のように、兵士たちの士気が高まった。

「シルマリア様、感謝します!」

「デジュ・マオ、デジュ・カー、小さな女神様!」(※女神に捧げる祈りの言葉)

 銀色の髪のシルマリアは永遠の10歳と言われる小さな女神様。時々17歳の姿で顕現されることもあるそうだ。

 礼拝堂の女神像はほぼ17歳の姿をモデルにして作られている。


 竜の背中から地上に舞い降りたマグダレーネは、前線で指揮を執っていた僕のところへやってきた。

 言葉を交わすことなく頷き合う。

 マグダレーネは右手を掲げて指示を出す。 

「イニュシエル、魔獣どもを討ち滅ぼしなさい!」

 イニュシエルのブレスがほとばしり、魔物の群れがことごとく蒸発していく。

 蒼い巨躯のドラゴンが怒りの咆哮を上げた。

「グオオオオオッ!」

 蒼い巨躯のドラゴンが放ったブレスを、イニュシエルのブレスが相殺する。

 イニュシエルのブレスは無属性。属性に左右されないほぼ無敵のブレスだ。

 相殺したように見えたのは一瞬で、イニュシエルのブレスはマイナス200度のブレスを無に帰した上に、相手の頭部まで粉砕した。 

 首から上を無くし、大きな音を立てて大地に沈む蒼い巨躯のドラゴン。

「うおおおおおっ!」

 兵士たちが雄叫びを上げた。



 * * *



「君が来てくれて本当に助かったよ、マグダレーネ」

「パピュルス、あなたに言わなければならないことがあります」

「なんだい? 話なら城に戻ってからにしよう」

 城壁の中へ入って転移陣を踏み領主の城へ戻った。

 マグダレーネを応接室へ通すと、メイドたちが素早くお茶を用意した。

 彼女の向かい側に腰を下ろす。

 出されたお茶をしばらくながめていたマグダレーネは、やがて静かに口を開いた。


「婚約を解消して下さい」

「へっ?」

 侯爵家嫡男にあるまじき間の抜けた声を出してしまった。

「婚約解消? いったいなぜ!」

「わたくしは、真実の愛を見つけてしまったのです」


 王立学園を首席で卒業するという目標、それは全てマグダレーネの為だった。

 竜の名を冠する彼女にふさわしい存在になるために、ただただ研鑽を積んできた。


 気が付くと席を立ち彼女に詰め寄っていた。

「相手はいったい誰なんだ!?」

「あなたもよく知っている人です」

「次席のオーベールか? 三席のサンジュストか、それとも曲者マッカランか?」

「痛いです、落ち着いて下さい」

 興奮してマグダレーネの腕を掴んでしまったようだ。

 掴まれていた個所が赤くなっていた。

「す、すまない」

「明日のパーティーで紹介します」

 そう言い残して、マグダレーネは去っていった。



 * * *



 祖父、祖母、父上、母上、僕、ネルティティ、幼いテレスとポーレン。

 領主一族が集まった一室で、マグダレーネは穏やかな口調で話し始めた。


「パピュルス、あなたに婚約解消を申し入れます。わたくしの運命の相手は、残念ながらあなたではありませんでした。真実の愛を見つけてしまった以上、あなたと一緒にいることはできません」


「父上、母上?」

 問いかけると、父上は首を横に振った。

「根回しは既に済んでおる。パピュルス、あとはおまえの返事待ちだ」

 いつのまにか梯子を外されていたらしい。

 再びマグダレーネと向き合う。

「君の真実の愛の相手とやらは、いったいどこのどいつなんだ?」


 マグダレーネはしなやかな腕を差し出した。

「いらっしゃい、ネルティティ」

「はい、お姉さま」

 そう返事をしたネルティティはマグダレーネの隣に立ち、寄り添った。

「わたくしの妹を紹介します」

 マグダレーネはネルティティを妹と呼んだ。

 ふたりは腕を組み、指と指をからめあっていた。前世で言うところの恋人つなぎというやつだ。

「わたくしとネルティティはシルマリア様の前で姉妹契約を結ぶ誓いを立てました」

 学園にある姉妹制度を更に発展させた姉妹契約。

 姉妹契約は結婚と同義に扱われる。それがサンドベリのならわしだ。


「僕は妹に婚約者を奪われたのか…」


 婚約解消を受け入れ、領主一族の部屋を後にした。

 去り際に目にしたのは、マグダレーネの胸に顔をうずめてスリスリしている妹の姿だった。

 ネルティティをやさしい表情で見つめるマグダレーネ。

 いつかあの胸に顔をうずめてみたいという僕の秘かな夢は儚く消え去った。



 * * *



 王立学園に戻り、誰かに呼ばれているような気がして、礼拝堂に足を運んだ。

 祭壇の奥にある銀色の髪の女神像を見ると、マグダレーネを思い出して胸がチクリと痛む。

 ん? よく見ると、17歳の女神像に重なるように、銀色の髪の10歳くらいの半透明の少女がふわふわ浮いていた。

「ごきげんよう」

 少女が喋るとまわりの空気がキラキラ輝いた。

「日本にいたあなたを異世界に転生させたのはわたしです」

「シルマリア様」

「わたしはサンドベリの守りを強化するために、守護者に適した魂を探していたのです。残念ながら、あなたの魂は適合しませんでした。そのまま輪廻の輪に還すのも忍びなかったので、魂をパピュルスの体に移植しました。彼はとても優秀なのでここで生きるには最適だと考えたのです。けれど婚約解消は想定外でした。あなたは何も悪くないというのに」


「お気になさらず、シルマリア様。真実の愛の前ではなにもかもが無力ですから」


「お詫びと言ってはなんですが、ひとつ情報を提供しましょう。一年生に、マーガレット・ローリエンという女の子がいます。白っぽい髪のとても可愛らしい女の子です。その子は入学以来あなたに秘かな憧れを抱いています」


 自分より四歳年下の女の子のことを思い出す。

 よく笑う子で、小さくて、ころころ走る姿がかわいかった。


「あとはあなた次第です。がんばって可愛い婚約者をゲットして下さい。それでは、ごきげんよう」

 10歳の半透明の女神様は消え、17歳のシルマリア様が慈悲深い微笑みを浮かべていた。


 女神像に背中を向けて歩き出す。


 パピュルス・フロマーシュの異世界ライフは始まったばかりだ。





【おわり】


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本編の中に挿入しそびれた兄と妹の会話



 ネルティティは僕を揶揄からかうことを生業なりわいにしている生意気な妹だ。


「お兄様、子供の作り方はご存知ですか?」

「それくら知っているさ。夫婦になった二人が女神様に祈るとコウノトリがやってきて赤ん坊を置いていくのさ」

「残念ながら、そんなことで子供はできません」

 僕だっていつまでも子供じゃない。成長するにつれ、突き上げてくる疼きの正体を、なんとなく察していた。

「知りたいですか? 子供を作る方法」

「う、うん」

「では教えてさしあげますわ!」


 ゴクリ。


「礼拝堂のシルマリア様の像の下で、夫婦揃って祈りをささげると卵を授かるのです。その卵に魔力を注ぎ続ければやがて卵が孵って赤ん坊が誕生するのですわ」

「…」

「これすなわち世界のことわり!」

 妹は無い胸を張って堂々と言い放った。



 * * *



ダダをこねるパピュルス・フロマーシュ


「納得なんてできるものか。僕だってマグダレーネのことを、あ、あ、愛しているんだ」

「お兄様、往生際が悪いですわ。男女の間に真実の愛なんてありません。女同士、男同士だからこそ尊いのです」

「後継者問題はどうするのだ? 養子でも取るつもりなのか? そんなこと周囲が許さないだろう?」

「何も問題ありませんわ」

「なぜそう言える? 後継者を得るには、ある種の行為が絶対的に必要だろう!」

「回りくどい言い方をなさらないではっきりおっしゃって」

「Hなことをしないと子供はできないって言ってるんだよ!」

「やだ! お兄様の、ケ・ダ・モ・ノ!」



 * * *



「敬虔なシルマリア教徒なら誰でも知っていましてよ。シルマリア様は女性の出産によるダメージを憂い、サンドベリでは出産システムの導入が見送られた。代わりに導入されたのが祈りのシステムなのですわ」

「おまえが以前言っていた、礼拝堂で祈りを捧げると卵を授かるというアレか!?」

「そうですわ。以前教えて差し上げましたのに、もうお忘れになったの?」


「祈りシステムの利点は、同性であっても卵を授かれる点にあります。ですからお兄様、後継者問題など過去の遺物でしかないのですわ!」


 ああ、そうか…。

 ここは異世界、前世の常識は通用しないんだ。

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