ご指名先は可愛い娘に(中編)

 結局チェンジもキャンセルも使えずに。引きずるように連れ込まれたのは予約していたラブなホテル。恋人たちが愛を育む場所だ。その一室のベッドに座らされ。久しぶりに会った可愛い可愛い愛娘の梶原かじわら朱美あけみから、早々に尋問を開始される私。


「——さて母さん。何か私に言うことはあるかな?」

「…………ひ、人違いです。他人のそら似です……私、貴女みたいな可愛い子を娘に持った覚えはありません……全然知らない子ですね……」


 せめてもの抵抗で、目を全力で逸らしてしらを切る。その一言に、朱美はにっこり笑顔で——額に青筋を寄らせた、とっても素敵で末恐ろしいにっこり笑顔でこう返す。


「面白い事言うね母さん。ちょっとDNA親子鑑定をさせて貰っても良いかな?」

「…………ごめんなさい」


 深々と頭を下げて謝罪する。ええそうです。私は紛れもなく貴女の母親ですすみません……ていうか『ちょっとDNA鑑定をさせて貰って良いかな』って……何そのパワーワード……


「そ、それより朱美!ど、どうしてこんなところにいるのっ!?お、お母さんに隠れて……しかも女の子同士の風俗で働くだなんてっ!は、恥ずかしいと思わないの……!?」


 気まずさを隠すために母親としての顔を出し、今度は朱美に逆に尋問を試みる私。会いたかったけど、こんなところでは会いたくなかった。母親として、ビシッと言うことは言っておかないと……!


「……母さん」

「な、何よ朱美……」

「それ、そっくりそのまま母さんにお返しするわ。どうしてこんなところにいるの?娘である私に隠れて女の子同士の風俗に通うだなんて……恥ずかしいとは思わないの?」

「グハッ……ッ!!?」


 娘に見事なカウンターを決められて血反吐を吐く私。お、仰るとおりです……はい……


「……それにしても傷つくなぁ。人の顔を見るなり即チェンジだなんて。母さんの遺伝子を受け継いだ、スペシャル可愛いこの私のどこが気に入らなかったって言うのさ」

「どこがも何も、まさしく自分の遺伝子を受け継いだ実の娘だからだよぅ……!?」


 普通に考えて、気に入る気に入らないの問題じゃなさ過ぎると思うの……


「つーかさぁ母さん。指名された時はまさかとは思ったけど……本名で予約するとかぶっちゃけどうなの?」

「うっ……」

「このホテルにチェックインした時も、わざわざ誰も書かないような宿泊者名簿に名前書こうとしちゃうしさ。正体隠す気あるの?」

「し、仕方ないでしょ!?初めてなんだから勝手がわかんないんだもん!?今日がデリヘルもラブホも初体験なの文句ある!?」


 聞かれてもいないのに思わずそんな事まで半ば逆ギレしながら暴露してしまう私。朱美曰く、デリヘルの場合予約は偽名でも問題ない……と言うか、わざわざ本名使う人って珍しいんだってさ。ラブホも宿泊者名簿に名前を律儀に書いて利用する人なんて、今日日ほとんどいないらしい。興味はあっても今の今までご利用した事なんてないから知らないよそんな事……

 うぅ、なんだこの羞恥プレイ……ただでさえデリヘル呼んだら愛娘とバッタリ出くわすってギャグみたいな事になってるのに……


「…………ふーん、初めてね。ふーん。デリもラブホも……初めてね…………ふ、ふふ……そっか、そっかぁ……私が、母さんの初めてなんだぁ……♪」


 母親の心底どうでもいい気持ちの悪い性事情を聞かされた朱美の方は、何故かこれ以上なく嬉しそうだったけどね。こんな母親のダメダメなとこ聞かされて、面白いものなのかなぁ……?


「さーてと、そんじゃ良い感じに話が盛り上がってきたところでさ」

「ごめん朱美、私は一向に盛り上がっていないんだけど……?」

「そろそろ核心に迫る事聞かせて貰おうかな。ねえ母さん……」

「う、うん……」

「女性同士で愛し合うデリヘルを予約したって事はさ……もしかして母さんって、

「…………」


 さっきまでの半ばおちゃらけた態度とは一変し。真剣な表情で問いかける朱美。……ああ、うん。そうだよね。そりゃ確認したくもなるよね……

 目を閉じて少しの間考える。私は、今の今までこのことを朱美に話した事なんてなかった。朱美がそういう事を理解出来る年齢に達していなかったから、と言うのもあるし。それ以上に……何だかんだ私は、娘に拒絶されるのが怖かったからだ。


「(でも……)」


 閉じた目を開き、目の前の愛娘を見つめ直す。状況から見て、今更嘘をついたり誤魔化しても無駄だろう。と言うか、こんなに真面目な表情の娘を相手につまらない嘘をついたり誤魔化したくなかった。


「…………そう、だね。その通り。お母さんね……朱美。女の人が……好き、なの……」


 そうして意を決した私は。恐る恐るではあったけど、自分の事を話してみる事に。自分が女性しか恋愛対象に見られない事。朱美の父親にあたる人とは親に見合い結婚させられて恋愛感情が持てなかった事。きっとそのことが原因で父親は私と朱美を置いていったであろう事……

 今まで伝えることが出来なかったあれこれを、包み隠さず朱美に話してあげた。


「——そっか。そういう事だったんだね……」

「うん。……その、今まで言えなくて……ごめんなさい」

「…………(ブツブツブツ)そうなんだ……やっぱり母さんも……良かった……そういう話なら……寧ろ好都合……」


 全て話し終えた後は、昔から滅多な事では動じない朱美も……流石に堪えているみたいだ。ブツブツと何か小声で呟いて、少しでも落ち着こうとフーッと何度も大きく深呼吸をしている。

 無理もないだろう。自分という存在が……実は両親が愛した結晶として生まれたワケではなかったという悲しい事実を聞かされて、冷静になれるはずがない。


「で、でも!でもね朱美!こ、これだけは誤解のないように言わせて欲しいの!」

「……?なぁに母さん」

「私、確かに女の人しか好きになれなくて。ぶっちゃけて言うと望まない結婚ではあったけど……愛のない交わりで生んでしまったんだけど……!それでも!それでもね!貴女を愛さなかった事なんて、私は一度だってなかったわ!」


 朱美が生まれる直前まで、私は産まれてくる娘を愛せるか……不安だった。愛のない交わりによって出来た子を自分は愛せるのか……不安でたまらなかった。

 けれど……そんなの杞憂だったよ。


 お腹を痛めて、頑張って生んで。生まれてすぐ『お母さんよく頑張ったね、ありがとう』と言っているみたいに力強い産声をあげ……差し出した指をしっかりと握り返してくれた朱美。あの時から……私は——


「誰よりも、何よりも。貴女のことを世界で一番愛しているわ朱美……!」

「ぁ……」


 思い切り朱美を抱きしめて、口下手なりに精一杯私は娘に自分の想いを口にする。自分の愛情を少しでも伝わるようにと、何度も何度も愛していると告げる。


「……大丈夫、失望なんてしないよ」


 その私の想いに応えてくれるように。私の腕の中で朱美は……私を抱きしめ返してくれて。


「どんな趣味嗜好を持とうが関係ないよ。私の中での母さんは、苦しい思いをしながら。いつでも一生懸命に私を生んで、育てて、愛してくれた……世界一の最高の母親だから」

「朱美……!」


 なんて、母親泣かせな事を言ってくれるのであった。あー……ヤバい、今の本気でじーんときた。かなり重大なカミングアウトをしたはずのに、一切揺るぎなく母親として慕ってくれる事も。梶原朱音という一人の人間を否定せずに認めてくれている事も。全部含めて……凄く救われた気分だ。


「……正直、引かれると思ったわ。嫌じゃ……なかった?」

「んーん。今日日、同性の事を好きになるとか普通の事じゃん」

「ホントに私の娘と思えない程、肝が据わっているわね朱美……全然動揺もしてないみたいだし」

「まあ薄々、そうなんじゃないかなって思ってたからね。隠していてもなんとなくわかるもんだよ」


 愛娘の懐の大きさと察しの良さに感心する私。そういうものなのか……私全然そういうのわかんないんだけどなぁ……


「…………あれ?と言うことは……」


 ホッとしたのもつかの間。ふとある事に気づく私。


 ……そういう朱美は……どうなんだろう?母親すら知らぬ間に……女の子として女の子に気持ちよくなるサービスを提供する側として働いている朱美。……男性相手、ではなくて。わざわざ女性相手の商売をしてるって事は……もしかしなくても朱美も私と同類なのでは?


「あ、あの……朱美?お母さんからも聞きたいことが……あるんだけど」

「ん?何かな母さん」

「こ、こういう事してるって事は……や、やっぱり朱美も……その。お、女の人が……好き、なの……?」


 恐る恐る気になったことを問いかけてみる私。朱美が『失望なんてしない』って言ってくれた通り、私も……例え朱美がどんな趣味を持っていても失望なんてするはずないし、する気もないけど。今後のために一応聞いておこう。

 もしかして朱美が女友達を家に呼んで……実はその女友達が彼女だった——なんて事があった時に動揺したりとか失礼とかがないようにしときたいし。


「……んー、どうなんだろ」


 なんて少しだけ身構えていた私なんだけど。当の本人はなんだか微妙な反応をする。あ、あれ……?


「……え、えっと……違うの……?」

「そうだねぇ。私の場合微妙なんだよね。同性見てムラムラしたりするとか、そういうのは全然ないからなぁ……」

「そ、そうなんだ……」


 じゃあ何故ビアン専用のデリバリーヘルスで働いてるの……?とツッコみたい……


「…………(ボソッ)だって母さんと違って……私の場合、好きになった人が同性ってだけだしなぁ……」


 同性が好きってわけでもないのに、私に内緒でこういうところで働いてる理由……も、もしかして……お金のためだったりするのかな……?大学生活って、想像以上に出費が激しいって聞くし……仕送り足りないならもっと増やしても全然良いんだけど……


「ま、まあその辺の話は……一度ここから出てから改めて話し合いましょう。さ、朱美。もうこんなところに長居する理由なんてないし……帰りましょう。今日明日大学も休みでしょう?久しぶりに我が家に帰ってゆっくりすると良いわ」


 とりあえずここにとどまる必要はもうない。金銭的な問題か、はたまたストレス解消のためか……その辺の朱美がこういう場所で働いている理由とかその他諸々の詳しい話は我が家に帰ってご飯を一緒に食べてからすれば良いだろう。


「——ちょっと待った母さん」

「ふぇ……?ど、どうしたの朱美……?わざわざ引き止めて。……あ、もしかしてお店のルールで勝手に帰っちゃマズいとか?」


 そう考えてこの部屋から出ようとした私だったんだけど。朱美はどう言うわけか私の手をしっかり掴み……そして私をベッドに引き戻す。


「……まだだよ。まだ母さんからは……半分しか答えて貰ってないよ。まだ私に話していない大事な事、あるよね母さん」

「半分……?話していない大事な事……?何の話を……」


 今更何が聞きたいんだろう?わ、私……朱美に隠していた事は……包み隠さず全部話したつもりだけど……


 そう訝しむ私に対し。朱美は最初の陽気な雰囲気でもなければ、私がカミングアウトした時に見せてくれた真剣な雰囲気でもない。何と言うか……ゾクリとするような、怪しい雰囲気を纏って——


「ねえ母さん、聞かせて頂戴。母さんはどうして——







「…………ッ!!!」


 私の心臓を鷲づかみにする、そんな強烈な一言を放つのであった。

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