その大きな胸と愛に抱かれて(中編)
「――さて。話の続きをしましょうか愛ちゃん。確か授乳の話だったわよね?」
「……あの、母さん。授乳って……母さんはどうしてそんなわけのわからない結論に至ったのか……聞いてもいいかな?」
決死の抵抗も虚しくリビングに強制送還された私。ソファに無理矢理座らされた私は、あまり聞きたくないけれど渋々……母さんの真意を問うことに。
授乳って……おっぱい吸えって……やはり怪しげなセミナーか?セミナーのせいなのか?それとも参考にしたという書物が、エロ小説だったとかそういうオチか?
戦慄しながら尋ねる私に、母さんは自信満々な顔でこう答えてくれる。
「ある本の中にはね、こう書いてあったわ。人間的な結びつき、そして親子の絆を取り戻すには。温もりを伝えることが大事だって。要するにスキンシップが大事って事ね。別の本にはこう書かれていたわ。母親の心音を聞かせ、母親の匂いを嗅がせると……赤ん坊の頃を思い出して子どもは素直になるんだって」
「うん、まあ言わんとしてる事はわかる。……で?」
「お母さんは考えたわ。母親の温もりを伝えて、母親の心音を聞かせて、そして母親の匂いを嗅がせる。これを全ての条件を満たす、何か良い方法はないかって。考えて考えて……そして思いついたの。——授乳が、それに最も適した行為だって」
「いや……温もり伝えて、心音聞かせて、匂い嗅がせるだけならハグだけで良くないかな……?」
何故よりにもよって『授乳』というトンデモ結論に至ったんだ……?そもそも母さん、今はもう母乳なんか出ないでしょうに……
「ハグだけじゃ足りないって、セミナーで教えられたのよ。ねえ愛ちゃん。愛ちゃんはフロイトっていう昔の精神分析学者のことは知ってる?その人曰く、人間は生まれてからいくつかの性的発達段階を経て大人に成長していくんだけど……」
「……はぁ」
「その中の一つに、口唇期っていう最初の発達段階があるんだけど。フロイト曰く授乳による母親の乳首を吸うっていう赤ちゃんの行為は、人がこの世に生まれて初めて知る快楽なんだって。これが十分に得られないと……他者に不信感を持ちやすくなったり攻撃的になったり、親に反抗心を持ちやすくなったりしちゃうんだとか」
「……そうなんだね、勉強にになったよ。……それで?それと今授乳する事に何の関係があるのかな?それってあくまでも赤ちゃんの頃の話じゃないの?」
「……お母さん、反省したの。卒乳の時期は……ご近所のママ友たちの話に合わせてさせたんだけど……聞くところによると。日本の卒乳の時期って海外から見るとかなり早いんですって。……もしかしたら、愛ちゃんは……もっとお母さんのお乳を飲みたかったんじゃないのかって。母親の愛を求めていたんじゃないかって。それなのに、無理矢理乳離れをさせてしまって……だから今になって、愛ちゃんの反抗期がこんなにも強いものになっちゃんじゃないかって!」
名推理、みたいな顔をして説明する母さんには悪いけど……大分違うと思う。私のは反抗って言うか……行きすぎたマザコンを自粛するためのものだったわけだし……
「今からでも遅くはないわ。……愛ちゃん、私のおっぱい。吸ってちょうだい。そしたら……今度こそ、貴女にめいっぱい愛情を与えられるから」
端から聞いてるとトンチンカンな話だけど、本人はいたって真剣そのもの。母さんは本気らしい。本気で私に授乳する気満々らしい。
一方の私は、ただただ困惑し……心の中で葛藤していた。
「(母さんのおっぱいを?吸えと?この私に?…………無理だよ、そんなの……)」
吸いたくない、からではない。ぶっちゃけるとめちゃくちゃ吸いたい。赤ちゃんに、あの頃に戻った気分で思い切り愛する母さんの胸に飛び込んで、その匂い立つ母性ごと思い切り吸い付きたい。
けれど無理だ……欲望に負けて、そんな事をしてしまったら……私は今度こそ、自分で自分を抑えられなくなる。母さんへの歪な想いを、歪な欲望を込めたままぶつけて……母さんを今以上に困らせる事になる。
「……愛ちゃん。どう、かしら。……ダメ?」
「……」
「答えてくれないのね。……いいわ、なら私も勝手にする」
「……ッ!?母さん、なにを……!」
母さんの問いかけに黙秘する私に業を煮やしたのか。母さんは静かに立ち上がり服を脱ぎ始める。ダウンを脱ぎ、ニットのワンピースを脱ぎ。とうとう下着姿になって……私の前に立っていた。
「…………」
見ちゃダメだと思いながらも目が離せない……私は言葉を失い、ただその光景に見入るほかなかった。……母さん。なんて、なんて綺麗なの……
子ども一人産んだとは思えない程、全く崩れていないそのプロポーション。透き通るような肌とそのツヤと張り。形良く豊満な乳房、ブラ越しでも微かに見えるツンと立った突起……
「ほら、愛ちゃん。来て。……ギュッてしてあげるから」
「い、や……でもあのその……」
「もう……お母さんに恥をかかせないでよ。ほーら、ね?」
「ひゃぅ……!?」
食い入るように見つめていて。回避がおろそかになっていた私。その隙に母さんは私を目一杯抱きすくめる。
「か、母さん……離して……!?」
「いーや。離してなんかあげないわ。愛ちゃんが素直になるまで、抱き続けちゃうんだから」
これは、本気でマズい。恐れていた色んな意味で取り返しがつかない自体になりかねない。慌ててジタバタと胸の中で暴れる私。そんな私にお構いなしに、母さんは抱きついてくる。
「んー……うふふ♪久しぶりの愛ちゃん……良いわぁ。温かいし、柔らかいし、良い匂いもするし。抱き心地とかホント最高よね」
それはこっちの台詞だよ……と言いたくなるくらい。母さんの胸は温かくて柔らかくて良い匂いで、抱き心地最高だった。私と母さんを隔てる邪魔な服は取っ払っているから、顔いっぱいに胸の感触が伝わってきて。圧倒されて……胸の中で溺れちゃいそうになる。
「ほら、愛ちゃん。どうかしら?お母さんのおっぱいよ。愛ちゃんが望むなら、愛ちゃんが素直になりさえすれば。好きなだけ吸って良いんだよ」
「ぁ……あ、あぁ……」
とどめを刺すように、私の後頭部を優しく撫でながら。母さんは私を蠱惑的に誘う。おっぱいを吸えと銘じてくる。求めてやまなかったものが手の届くとこにある……
その招きに私は誘蛾灯に誘われるようにふらふらと、震える手を母さんへと伸ばして——
「——やめて、母さん」
「……愛、ちゃん……?」
胸に伸ばしかけた手を引っ込めて。母さんの肩を押さえ、密着していた母さんを突き離す。ポカンとする母さんに、ソファに置いてあったタオルケットを掛けて。下唇を思い切り噛み、なけなしの理性をフルに使って。私は身を切る思いで母さんを拒絶する。
ダメ、それだけは……ダメ……
「……こういうこと、しないで母さん……お願いだから……私を、挑発しないで……」
「あの……愛ちゃん……?ごめん、嫌だった……?」
「……」
「そ、そうよね……嫌よね。ごめんなさい、調子に乗りすぎたわ。年頃の女の子に、今更母親のおっぱい吸えとか……嫌に決まってるよね……気持ち悪いわよね……」
落ち込んだ表情をして俯く母さん。……そう言う顔を、させたかったわけじゃないのに。なんだか私まで悲しくなってしまう。その顔を見たら、もはや黙っているわけにはいかなくなった。
「それは……違う……違うんだよ母さん……嫌じゃないの」
「愛ちゃん……?」
「……嫌じゃないから、困ってるの……」
「……どういうこと?」
「母さんの事を、嫌だと思った事なんて……私一度も無いんだよ」
…………ああ、もう良いや。ここまで来たらもう……良いや。どのみち後には引けないんだ。開き直って、自分の思ってる事ちゃんと言おう。母さんに嫌われても良い。ちゃんと、最初から自分の気持ち、伝えよう……
「ホントはね、私……もっと母さんに触りたい。母さんにもっと名前呼んで欲しい。母さんにもっと甘えたい。ずっと側に居たい……母さんのおっぱいだって、吸いたいよ。でも……それはダメだから。ずっと我慢してきたんだよ」
「……なんで我慢するの?遠慮しないでも……お母さんは全然良いのに」
「母さんを、傷つけたくないから。……嫌われたくなかったから」
「……待ちなさい。本気で意味がわからないわ。お母さんが愛ちゃんの事を嫌いになるはずないでしょう?」
ちょっと怒った様子で母さんはそう尋ねてくる。嫌いになるはずがない?いいや……母さんは知らないからそう言えるんだ。私の気持ち、知らないからそう言えるんだよ。
「……嫌いにもなるよ、きっと。だってさ……私……母さんの事、好きなんだよ?」
「どうしてよ。お母さんだって愛ちゃんの事好きよ」
「……母さんのは、家族愛。でも私のは全然違うの。…………よく聞いて、母さん。私は……木暮愛は……」
こんなところで伝えるつもりは無かった。この想いは一生背負い、墓場まで持って行くつもりだった。だって伝えたとしてどうなる?百害あって一利なし。母さんを困らせるだけでしょう?
でも……この時の私は、色々と吹っ切れていた。開き直ってしまっていた。堰き止めていた思いが、一気に溢れて決壊した……
「一人の女として、母さんの事が……好きなの。どうしようもなく、好きになっちゃったの……!」
「……え」
……言った。あーあ。とうとう言っちゃったよ私。はは、もういいや……どうにでもなれ……
「物心がついた時から、ずっと好きだった。私の初恋の相手は母さんで。今でも母さんの事しか好きになれないの。母さんよりも素敵な人は、他に居ないって思ってる。母さんの事で、いつでも頭がいっぱいになる。……変だよね?でも、好きなの。どうしようもなく好きになっちゃったの……!」
「好きって……お母さんを?」
「そうだよ。……私、女の子なのにね。それも、よりにもよって恋慕してるのが実の母親……母さんの事、私いつも良くない目で見てしまってるんだよ。……肌に触れたい、抱き合いたい。キスをして……それで、その先の事もしたい……歪で、汚れた、酷い気持ちを。産み育ててくれた母親に対して向けてるの……!最低だよね!こんなの娘失格だよね……!?」
「……」
「……私は、自分自身が怖い。ふと気を抜けば……母さんに手を出しちゃいそうになるそんな自分が怖いの……大好きな母さんに、そんな気持ちを向けるなんて嫌なの……だから、母さんの元から離れたの。母さんを襲わないように。この叶わぬ恋を……諦めるために」
積年の想いをつらつらと語る私。母さんは私の話を静かに聞いてくれていた。
「……だから、お願い母さん。私を……安易に挑発しないで……」
「…………ハァ」
私のそんな醜いカミングアウトに。母さんは心底呆れたようにため息を吐く。……あはは。呆れられるのも無理ないよね。いくら温厚な母さんも、私みたいな危険人物とは一緒にいれないよね。このまま絶縁されちゃったりするのかな?
諦めと絶望で顔を伏す私。そんな私に母さんは、両の手を私の頬に添えて。
「……愛ちゃん。あのね……お母さんね」
「……はい」
俯いていた顔を上げさせて、死刑宣言を待つ私に……こう告げた。
「——知ってたわよ、そんな事くらい」
「…………え?ん、ンむ……ッ!?」
——母さんのその一言が発せられると同時に。柔らかな何かが、私の唇に触れた。
それが母さんの唇だと気づくのに、数秒時間がかかってしまった理由は……あまりにも現実味がなかったから。……母さんに、キスされたという事実が。あまりに現実味がなかったから。
数秒ポカンと固まって。唇に残った甘い感触と香りで……徐々に母さんに何をされたのかを理解して……理解した途端に顔面が、脳内がボンッ!っと茹だった。
「か、かぁ……かあさ、母さん……?今、何を……」
「愛ちゃんの『好き』ってさ、要するにこういう『好き』でしょ?……勿論知ってたわよそれくらい。待ちくたびれたわ。やっと愛ちゃん本心を語ってくれたわね」
「はぇ!?」
母さんはあっけらかんとそう言ってくる。一方の私はただただ困惑するばかり。夢にまで見た……キスをされた事も。私の気持ちに気づかれていたと言う事も。あと未だに下着姿な事も。情報量が多すぎて、処理し切れてない……錯乱状態だ。
それでもどうにかフリーズしかけている頭を動かして母さんに問いかける。
「し……知ってたの!?母さん、私の気持ち……気づいてたの……!?いつから……!?」
隠し通せていると思っていたのに。わからない、一体いつから……?いつから気づかれていたの……?
「母親を舐めないでちょうだい。娘の事なんて丸わかりよ。愛ちゃんって隠し事とか苦手だし。ぶっちゃけお母さんに対する好意が露骨すぎだもの。……愛ちゃんがずっと昔から。物心ついたであろうその時から。母親に対しての家族愛とはまた別の好意を私に向けてた事くらい、ちゃんとわかっていたわよ」
「それって、最初からじゃないの……!?」
思わず頭を抱える私。バレバレだったとか恥ずかしすぎる……そ、そんなにわかりやすかったの私……!?地味にダメージを負った私の頭をよしよしと撫でながら、母さんは続ける。
「……特に、去年くらいだったかな?私への好意とどう向き合えば良いのか、相当愛ちゃん悩んでいたわよね。わかってたわ。あの頃の愛ちゃんは……戸惑って、苛立って、苦しんで。誰に相談する事も出来なくて。……当然私に相談する事も出来なかったわよね。『お母さんが好き』って事、本人に言えるわけないものね」
「……うん」
「よく頑張ったわよね。……ごめんね。本当は、私ももう少し早くこういう話が出来てたら良かったんだけど……愛ちゃんが悩んでいたのと同じくらい、どうしたら良いか悩んだわ。気づいているよ、だから隠さなくても良いんだよって言ってあげるべきだった。……でも、結局言えなかった。母親としては情けない限りなんだけど。あの時は……愛ちゃんとどう向き合えば良いのか、私もわからなかったの。気持ちに整理がつかなかったから」
……そりゃそうだろう。自分の娘が母親を良くない目で見てるとか、反応に困るのも当然だ。
「それでも母親として好いてくれる事は勿論。愛ちゃんは私を一人の人として——木暮愛菜として好きになってくれた事が本当に嬉しくて。どんな形でも良いから、ちゃんと愛ちゃんと話し合って、一緒に答えを出して。愛ちゃんと向き合いたい……そう思ってたの」
「……母さん」
……どうしよう。嬉しい。その母さんの気持ちを聞けただけで、それだけで私は報われたような気分になれる。泣きたくなるくらい嬉しくなる。
「…………それなのに。愛ちゃんとしっかりと向き合おうって決心したのに」
「へ?」
「決心したタイミングでその当の本人の愛ちゃんは、私に黙って県外の学校で寮生活なんか始めちゃって」
「あっ……」
「しかも愛ちゃん、一年経っても一度も帰る気配がなくて。お陰で話し合う時間も向き合う時間も全然取れなくなっちゃってさ。……これには流石のお母さんも……ちょーっとだけ怒ったわ」
「ご、ごめんなさい……」
鈍い私もやっと理解した。母さんがあそこまで私の寮生活を反対していたわけも。私が寮から一度も帰らなかった事に相当ご立腹だったわけも……全て理解した。
ああ、うんそうだね……折角腹を括って娘と向き合おうとしてくれた矢先に。その娘が向き合うチャンスを棒に振って逃げ出したなら……肩すかしも良いところ。そりゃ怒って当然だよね。ごめんよ母さん……悪気はなかった。母さんがそんな事を考えていたとか思いも寄らなかったんだよ……
「あ、あの……母さん。本当に、悪いと思ってる。で、でもあの当時は私にとっても、母さんにとってもそれがベストな方法だって思って。母さんを避けたくて避けてたわけじゃないの。私も凄く辛かったの。でも……そうしないと母さんに手を出しそうで私怖かったから……」
「そうね。愛ちゃんのその気持ちも、勿論わかる。実の母に恋をしたその葛藤もわかるわ。悩み抜いた結果……私の為に自分の気持ちを押し殺してまで、距離を置いてくれたのよね。愛ちゃんは本当に優しい子よ。…………でもね」
そこまで言って母さんは、頭を振って真剣な顔でこう告げる。
「そんな気遣い無用よ。愛ちゃんは……もっと素直になって良いのよ。自分の気持ちに、素直になって良いのよ」
「素直、に……?」
「ええそう。素直に。我慢しなくて良い。我が儘になって良い。自分の気持ちに素直になって、私に遠慮無くぶつけて良いのよ。……実の母親にまで、遠慮する必要がどこにあるっていうの」
「い、いや……それは、流石にちょっと……」
それとコレとは話が違う。考え無しに気持ちをぶつけて良い理由にはならない。母さんは、実の母親にまで遠慮する必要ないって言ってるけど……私のこの気持ちに関しては……寧ろ実の母親だからこそ。素直にぶつけちゃいけないと思う。
「ほらまた遠慮してる。……もう、仕方のない子ね。良いわ、だったら……無理矢理にでも、愛ちゃんを素直にさせてあげるんだから。と言うわけでぇ……えーい!」
「ま、またぁ!?」
尻込みする私に、母さんは本日二度目のハグを仕掛けてきた。
「や、やめて母さん……!何やってるのよ……!?私の気持ち、知ってるんでしょ!?母さんを良くない目で見てるんだよ私……!?不用意にスキンシップされると、私……何をしでかすかわかったものじゃないんだよ……!?」
「いいからいいから。とりあえず騙されたと思って3分だけで良いからこうさせてよ。3分経てばきっと愛ちゃんも……大人しくなって、素直な良い子になれるからね」
「カップラーメンか私は!?」
母さんの胸の中で。再びジタバタと暴れる私。着替える時間も機会も、ついでに着替える気もない母さんは。当然先ほど同様に……えっちな下着姿。そんな状態で大人しくなれるわけがない。素直な良い子になれるわけが——
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