神埼親子のアレコレ
私のママはままならぬ(前編)
——ママが再婚した。
「ユキ、怒ってる?ママが再婚したの、嫌だったりしない?寂しかったりしない?」
「んーん、へいき。みぞれママが幸せなら私も嬉しいよ」
再婚に関しては特に異論はない。色々あってパパと別れ、それでもめげずに私を懸命に育ててくれたんだ。私が大きくなり、それなりに手がかからなくなった今。自分の幸せを考えたいと願うママを、人生のリスタートを願うママを……一体誰が否定できようか。
「忘れないでね。私が誰と再婚しようとも、ママにとっての一番大好きな人はどこまでもユキだから」
「ママ……そこは二番目で。一番はママの再婚相手にとっといてあげて」
それでもまあ。『ユキさえいれば、あたしは何もいらないわ』とか『ユキだけが頼りよ』とか言ってたのに、妙にあっさり再婚したこととか。あと大好きなママが他の誰かに取られちゃうっていうのは多少……うん、ホントに多少思うところはあるけど。
それでもママが幸せならそれでいい。寂しい気持ちは心の中にしまいつつ、娘として心から祝福したいと思ってる。
——再婚相手は女の人だった。
「これからよろしくねユキちゃん」
「はいこちらこそ。ママ共々、よろしくお願いしますかすみさん」
……それに関しても、まああんまり異論はない。再婚相手が女の人だって聞いた時は……流石の私もちょっぴりビックリしたけど。でも、最近じゃそういう女の人同士での恋愛とかも普通な感じだし。当人たちが幸せならそれで何も問題ないもんね。
実言うと私もどっちかというと……そっち寄りな恋愛観を持ってるし。
「もうユキちゃん?かすみさん、じゃなくて……かすみママって呼んでちょうだい。それとそんな他人行儀な言葉遣いはやめなさいユキちゃん。私たち、もう本当の家族になれたのよ?」
「え、えっと……でもその……い、いきなりそんな呼び方はちょっと……」
「ハードル高い?あ、だったら『かすみ』って呼び捨てでもOKよ。その方がより親密に感じちゃうし♪」
「……すみません、ハードルが逆に上がってますかすみさん。棒高跳びくらい上がってます……」
そんなママの再婚相手である……神埼かすみさん。この人の事だって……決して嫌いってわけじゃない。なにせ彼女は私たち親子を助けてくれたわけだから。
女手一つで娘を育てる……一言で言えばそれまでだけど。当然と言えば当然だけど相当にママは苦労したらしい。専業主婦していたママは、パパと別れたら当然働かなきゃいけなくなって……仕事先は勿論、住む場所のアテも何もないまま途方に暮れていて。
そんなママに手を貸してくれたのが、他でもないかすみさんだった。中学時代からママと友人関係だったかすみさんは、私たち親子に自分が管理するマンションを貸してくれた。ママに仕事先を紹介してくれた。ママが忙しい時はママの代わりに私の面倒まで見てくれた。
だから彼女がママの再婚相手だって聞いた時は……結構すんなり納得できた。ママと昔からの親友でお似合いだったし、私たち親子にとっての恩人で、私にとっても物心ついた時から私を育ててくれてた第二のママって感じだったから。
……それに。ママの手前大きな声じゃ言えないけれど、昔からかすみさんは私のあこがれの人だったし……綺麗で、料理上手で、大らかでとても優しくて……かすみさんが家族になってくれるのは、本音を言うと小躍りしたくなっちゃうくらい嬉しく思う私がいる。
そう、だから彼女が義理のママになる事自体は概ね不満はないんだけど……ただ一つだけ、不満を言わせて貰えるなら——
「——ユキちゃん、お洋服とか欲しくない?このお店のお洋服、ぜぇーったいユキちゃんに似合うって思うのよね。かすみママが買ってあげるわよ」
「い、いえ……お気になさらずに。お洋服ならこの前もたくさん買って頂きましたし……」
「こーら。家族なんだし遠慮はダメよ。欲しいものは欲しいって言いなさいユキちゃん」
——義理の娘になった私に対して、めちゃくちゃ構ってくるところが……不満と言えば不満だろうか。
前々からかなり私に対して甘々って言うか……過保護だったけど。ママと再婚してからはたがが外れたようになったかすみさん。今日も私を連れ出しては、何か理由を付けて私にプレゼントしようとしてくる。
贅沢な悩みと思われるかもしれないけど。これが結構しんどい。この前も高級ブランド店に連れてこられて……着せ替え人形みたいにいっぱい試着されて。そんで、サイズが合ったお洋服は色違いも含めて全部買い占めちゃって。服だけじゃなくて靴とかリボンとか鞄とか……とにかくお店中の私に似合いそうな物を手当たり次第に買って、私にプレゼントしてくるのである。着るどころか封すら開けてないお洋服もまだいっぱいタンスの中に眠っているのに……
……かすみさんが、こんなに私に良くしてくれる理由……私はなんとなくわかってるつもりだ。
「(多分、かすみさんは……私に気に入られたいんだ)」
この間、本で読んだ。子ども連れと結婚しようとする人は……普通に結婚するよりも色々と難しいんだってさ。突然の人間関係の変化に子どもが戸惑って、再婚相手と衝突することはよくある話。それが思春期の子どもならなおさらで、些細な事で家庭内が荒れてしまうことだってあるんだとか。
「いえ、ホントに遠慮とかしてるわけじゃないんです。ただその……あんまり私に、気を遣わなくても良いんですよ。もう十分すぎるくらい、私はかすみさ——コホン。かすみ……ママ……には良くして貰ってますから」
「もっとユキちゃんは私に甘えて良いのよ?ワガママ言って振り回していいのよ?」
「そう言われましても……」
かすみさんは……きっとそれを恐れている。ただでさえ連れ子ありの、まして女性同士による結婚だ。相当私に気を遣ってるんだろう。無理してるって感じがヒシヒシと伝わってくる。
そうじゃなきゃいくら義理の娘になるとはいえ、普通こんなに大量にプレゼントを用意したりするかな?私は……しないと思う。
「み、みぞれママ……どうしよう……」
「大丈夫。任せて。ママからちゃんと言ってあげる。……かすみ、そんなにユキを甘やかさないでちょうだいな」
「うんうん、そうだよ。もっと言ってあげてママ」
「ユキを甘やかすのはママの仕事よ。今日はあたしがユキにキュートなお洋服をプレゼントしてあげようと思ってたのに酷いわ。あたしだってユキにプレゼントしたいのに、かすみばっかりずるいじゃないの」
「……ママ、話聞いてた?だからお洋服はもう良いんだってば」
ママもママだ。折角自分の幸せな第二の人生を歩めると言うのに。まるでかすみさんに対抗でもしているみたいに、前にも増して私に構おうとする。『再婚のせいで、ユキが寂しい思いをさせちゃわないように』とかなんとか言って。親子のスキンシップは昔以上に過剰になってる。隙あらばお風呂にも寝床にも勝手に侵入してくるし……
二人とも私に構う時間があるなら。その時間を有効活用してもっと二人の愛を育むべきだ。そうじゃないと何のために再婚したのかわからなくなるじゃない。
「(……このままじゃ、だめだよね)」
今はママとかすみさんの二人にとっての大事な時期。そんな時期に娘である私に構い過ぎた挙げ句、すれ違いを起こして……結局破局。このままじゃそんな未来も大いにあり得る。
私の大好きな人たちが、私のせいで幸せになれないなんて……そんなの絶対嫌だ。
「(私が……私がなんとかしないと)」
◇ ◇ ◇
その日の夜。一大決心した私は……お休み前にママたちの寝室の扉の前に立っていた。
「(……ちゃんと言おう。もう私に構わなくていいですって。ママにも、かすみさんにも……言ってやろう。私がママ離れすることが……きっとママたちの為になる)」
そう覚悟を決めて深呼吸。いざ扉をノックしようとして……
『――ごめん。もう……ダメなの。ねえ、みぞれ……私、もう耐えられない……』
『かすみ……貴女……』
「ッ!?」
寝室からそんな悲痛な声が聞こえてきた。慌ててノックしようとした手を引っ込めて、扉を少しだけ開けてから中の様子を覗き込む私。
『……あの子に、ユキちゃんに嫌われたくなくて。私今日まで我慢してきたけど……でもね、みぞれ。もうだめ……私限界なのよ』
『……何言ってんのよかすみ。ここまでユキに悟られないように隠してきたんでしょ。もう少し我慢できないの?あたしだって……ユキのために頑張って辛いのを我慢していたってのに』
『もう、無理よ……無理なのよ……』
ママに向かって見た事もない険しい顔でそう漏らすかすみさん。ママはかすみさんを宥めてはいるけれど。そのママもかすみさんと同じように険しい顔を見せていた。
……今、ママとかすみさんはなんと言った?私に嫌われたくなくて我慢してた?我慢してた?そんな、それって……つまり。
『どうしようみぞれ……このままだと私……私……』
「(やっぱり……無理してたんだ……)」
薄々は気づいていた。それでも本人たちの口から直接拒絶の言葉を聞くと……ちょっとだけ……いいや、正直かなりショックだった。ああ、そんなにも私の存在は……二人にとって重荷になっていたのか……
「(…………だったら、なおさら……言わないと。ちゃんと……構わないで良いって、二人に言ってあげないと……)」
……落ち込んでる暇はない。本音を聞けて、ある意味すっきり出来た。これで……思い残すことなく言える。
もう一度だけ私は大きく深呼吸をして。いざ、扉を開け——
『このままだと私……ユキちゃんのこと、めちゃくちゃにしちゃうのよぉおおおおおお!!!』
「…………ふぇ?」
——ようとしたところで。またもすんでのところで思いとどまる。かすみさんのその衝撃の一言に固まり、その場で動けなくなる私。
……え?いや、なに……なに?今、あの人……なんて、言った……?
『どうしよう……どーしようみぞれぇ!ユキちゃん可愛すぎるよぉ……!ここまでどうにか我が子のように育ててきたけど、もーむり!もー限界!ユキちゃん好きぃ!日を追うごとに、年を重ねるごとに可愛くなりすぎだしぃ……どーにかなっちゃいそうなのよぉ……!!!』
「…………」
かすみ、さん……?誰この人……知らない。こんな、こんなこと言う人……私しらない……
『はぁあああああ……ハァアアアアアアア!!!も、もー我慢できないわ……い、いいい……今からでも、ユキちゃんを抱きに……』
『……やめれ。何度も言ってるけど。あたしのユキに手ぇ出したら……コロスわよ。つか、あんた義理とは言え正式にあの子の母親になったんでしょうが。自分の娘を変な目で見るのはやめなさいよ』
かすみさん(?)のそんな危険な発言に、ママは静かに怒りながらそう牽制する。ま、まあ……実の娘をそんな目で見るような変な人がいたら、そりゃママだって怒るよね……
『うー……それこそ義理なんだし……ヤっちゃ……ダメかしら?』
『ダメに決まってんでしょうが。ったく…………あたしだって、可愛いユキに手を出したいのをあの子が産まれた時から必死に我慢してるのよ?抜け駆けなんて許さないわ。あの子を抱いて良いのは、このあたしだけよ』
「(…………ママ!?)」
実の母まで、そんな目で娘を見ていた……だと?
「(……え、ちょ……ちょっと……待って。まって、理解が追いつかない……あの二人は、何を言ってるの……?)」
ど、どういう……事?二人は、恋人同士で……愛し合っていて……再婚して……パートナーになって。
……そんな二人が、私を狙っている……?ちょっとアレな目で見てる……?
「(あ……だめだ、ぜんぜん整理が……理解が追いつかな……)」
あまりの衝撃の二人の発言に。脳が理解を拒んでいる。脳内がショートして、クラクラって目眩がおきる。
そんな動揺していた私は。微かに開けていた扉に、ついうっかりもたれかかってしまい……
きぃい……
「……あっ」
「「……あっ」」
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