娘がかっこよすぎて辛い(後編)

 ~Side Mother~



 ……親ばかだって言われるのには慣れている。だからもう一つだけ、娘自慢をさせて欲しい。私の娘である晶がかっこいいって話は散々したと思うけど……それは顔付きとか背丈とかだけの事じゃない。勿論それもとってもかっこよくて、ついつい母親なのに毎日のように娘に見惚れちゃう親としてちょっとアレな私なんだけど……かっこいいのはそういう外見だけじゃないって話だ。

 私が晶の一番かっこいいって思うところは、やっぱり……強く優しいその心だろう。


 そう、あれは……確か夫が先立って、何年か経った時の事だ。


『……どうして、どうして?幸せにするって言ったじゃない……ずっと側にいるって……言ってたじゃない。どうして私と晶を置いていったのよ……』


 一人娘を支えなければならない手前。普段は頑張って気を張って、娘の前だけでも平気な顔をしている私なんだけど。……年に一回。夫の命日の時だけは……毎年たがが外れたように、涙と恨みつらみを零していた。

 愛する人を亡くしてしまった悲しみに、そして絶望に耐えきれずに。この日だけはいつもいつも声を殺して泣いていた。夫の生前の写真を虚ろな目で眺めながら……晶に隠れて泣いていた。


『……おかあさん』

『……ッ!?』


 ……けれどその年は。運悪く晶に泣いているところを見られてしまった。……晶には心配させないように。『お父さんがいないけど、でもお母さんが頑張るから大丈夫だよ』って言い聞かせ続けてきたから……そんな姿を見られるわけにはいかなかったのに……見つかってしまった。


『おかあさん、どうしたの……?ないてるの……?』

『ち、ちが……ちがう、よ……?ないてなんか……』


 慌てて涙を拭い、笑顔を作ろうとしたんだけど。決壊したダムのように止めどなく溢れる涙は拭っても拭っても拭いきれなかった。必死に歯を食いしばって堪えようとしたけれど、どうしても上手くいかなかった。それが情けなくって……恥ずかしくて悔しくて、私は晶の視線から逃げるように目を逸らした。

 ああ、最悪だ……こんな弱い母親の姿。愛娘に見せるわけにはいかなかったのに……ごめん、ごめんね晶……


『おかあさん』


 そんな風に泣き続けていた弱い私を前にして。晶はゆっくりと私に近づいて。


『いたいの、いたいの……とんでいけー!』

『ふぇ……?』


 私の頭を自分の胸に引き寄せて、ポンポンと頭を撫でながらそんな事を言い出した。


『あ、あの……晶ちゃん……?こ、これは一体……?』

『だいじょーぶ、だいじょーぶだよおかあさん。いたいの、これでよくなるよ』


 一生懸命私の頭を撫で続け、にっこり笑顔でそう私に告げる晶。いやあの……私、別に怪我をしているわけじゃないんだけど……

 そう言おうとして、はたと気づく。……あれだけ痛んでいた胸が……心の傷が。ふとどこかへ行っていた事に。本当に、痛いのがどこかに飛んでいって。痛いのが良くなっていた事に。

 そんな私に晶は、追い打ちをかけるようにこう言ったんだ。


『おかあさん。だいじょーぶだよ』

『あき、ら……?』

『おかあさんを、ひとりにはしないよ。わたしが、おかあさんをしあわせにするんだから!』

『…………ぁ』


 ……どういう意図があってそんな発言をしたのか。今となっては発言をした張本人である晶さえも覚えていないだろう。多分だけど、特に深い意味はなく。テレビか何かを見て覚えた事なんだろう。

 けれどその一言に、泣き虫な私はまた涙を零さずにはいられなかった。その涙は……さっきまで流していたものとはちょっと違っていて……なんだかとっても温かなもので……

 私は、娘のこの一言で救われたのだ。生きる希望を、娘に与えられたのだ。



 ◇ ◇ ◇



 思えば私は、あの日から……いや、それ以前から娘の晶に救われっぱなしだったと思う。こんなこと、晶にもあの人にも絶対言えない事だけど……晶がいなかったら、多分弱い私は大切な人との別れに耐えられなくて。簡単に後を追っていた事だろう。

 だからこれは、誇張でも何でもなくて。……私にとっての晶は、娘であると同時に。精神的支柱で……命の恩人で。私の全てと言ってもいい。


「——母さんは……絶対私が、幸せにするからね」


 小さかった晶もいつの間にか私の背丈を追い抜いて、凜々しく美しく逞しく……立派に育った。そんな晶から今日もまた母親をからかう冗談半分のプロポーズみたいな事を言われてしまう。図らずも、本人すら覚えていないような、あの日の一言に似た発言をしてくる。

 幸せにする、か。十分私は幸せだって言うのに……十分幸せを貴女に貰っていると言うのに……


「……もう。そんな事、気軽に言わないでよ晶」

「失礼な。気軽になんて言ってないよ。私は母さんに対しては、いつだって本気の発言をしてるってのに」

「……はいはい」


 ……晶はきっと、何の気もなしに言っているんだろうけど。私にとっては……その頼もしくてかっこいい一言は昔から劇薬だ。

 娘を一人の女性として意識してしまう。母になって、忘れかけてたドキドキを思い出しちゃう……そんな甘くて危険な私にとっての劇薬だ。


「(……ああ、もう。本当に辛い)」


 娘がかっこよすぎて辛い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る