娘がかっこよすぎて辛い(中編)

 ~Side Daughter~



 私、立石晶には父の記憶が一切ない。それもそのはずだ。だって私が物心つく頃には……もうすでに父は病に倒れ、この世を去っていたのだから。そう、だから私にとっての父親は……自分が生まれる原因となった人ではあるんだけど……正直に言うと全然知らない人だ。

 そんな見知らぬ父に対して。私は長年思い続けている事がある。


 ——父よ。私はあなたを一生許さない。永遠に恨み続けてやる。


 なんて親不孝者なんだと軽蔑されるかもしれない。自分の誕生のきっかけを作ってくれた人になんて失礼な言い草だと罵られるかもしれない。けれど……私はそう思わざるを得ないのである。どうしてかって?そんなの決まっている。……彼は、私にとっての永遠のライバルだから。最も愛しい人のハートを射貫いた憎き怨敵だから。

 父の記憶がない私は、昔の写真や残っていたビデオ。そして母さんの昔話でしか父の人物像を捉えられない。それでも……わかる事が一つある。父は……心の底から、母さんの事を愛していたんだって。そしてそれと同じくらい、きっと母さんも父の事を……


 ……突然だがここで告白するとしよう。私は実の母——立石茜の事を、お腹を痛めて私を産んでくれた母さんの事を……心の底から愛している。家族愛的な意味かって?いやいや。当然、母さんを愛している。


 だってさ、考えてもみなよ。自分の血肉を分けて……必死の思いで自分をこの世に産み落としてくれた存在なんだよ?それだけで好きになるに決まってるじゃん。母乳で育てられ、女手一つで私を養い守りつつ、『貴女は世界中の誰よりも大事な子よ』とか言われたらさ。ときめいちゃうじゃん。マザコンまっしぐらじゃん。

 それを抜きにしても、母さんは30後半とは思えないほど小動物みたいにちっさくて綺麗で愛らしいし。お仕事中はとっても凜々しいのに、普段の言動は子どもみたいでそのギャップに萌えるし。母性溢れるおっぱいは今でもまた赤ちゃん返りしてむしゃぶりつきたくなるし……世界中の何よりも誰よりも優しいし。もうね、なにもかも全てが私のドストライクなの。大好きになるの当然じゃんか。


 そんな私が、愛する母さんの口から幸せそうに――


『お父さんの事を愛していたのよ~』


 とか、


『お父さんって素敵な人だったのよ~』


 って聞かされて、平気でいられると思う?冷静でいられると思う?母さんの前だから我慢してどうにか笑顔を振りまいてはいたけれど。内心は……


『おのれ知らぬ父……!』


 って唇噛んで机の下で拳を振るわしていたわ。


 しかも学生時代からの恋人関係だったらしい父と母さん。それはもう、最高な学生生活を謳歌したのだろうね。母さんの学生時代に使っていたペンケースの中に『誰よりも愛してます』と書かれた母宛の父のラブレターを発見した時は引きちぎってやろうかと黒い感情がわき上がったし、そのラブレターのお返事の『喜んで』という母さんのラブレターを見つけてしまった日の夜は、枕を涙で濡らしたわ。


 それだけじゃない。私が産まれていると言う事は……二人の愛の結晶たる私が誕生していると言う事は。つまるところ。……要するに、アレでしょう?父は母さんとあんなことやそんなことを思うがままにしたんでしょ?母さんのハジメテを奪ったんでしょ?そんなの、そんなの……!羨ま死刑だわ……!万死に値するわ……!いや、もうすでに父は亡くなっているんだけど

 ……わ、私も母さんと肌と肌を重ね合わせたりどろっどろになるまでキスしまくったりしたいのに……!その欲望を母さんにバレぬようにここまでどうにか隠してきたというのにいぃ……!


 と、まあこんな具合に。色々と私には父を許せない理由があるのである。

 そして何よりも私が父を許せない一番の理由は——


『……どうして、どうして?幸せにするって言ったじゃない……ずっと側にいるって……言ってたじゃない。どうして私と晶を置いていったのよ……』

『……おかあさん』


 母さんの一番を奪っておきながら。母さんに永遠の愛と幸せを約束しておきながら。母さんを残して勝手に死んで母さんを泣かせてしまった事。これが、何よりも私は許せない。

 ……普段は明るく朗らかな母さんも、父の命日だけは……昔からずっと変わらずに……毎回毎回、その綺麗な瞳から大粒の水滴を零し続けて泣いている。苦しげな嗚咽と共に何度も何度も父の名を呼びながら悲しみ続けている。その度に、母さんを慰める度に私は思うんだ。絶対父を許さないって。


 ……病で倒れた人に、こんなこと言うのは理不尽だって、最低な事を言ってるんだってわかってるけど……それでもあえて言うよ。父よ。あんたズルいよ。死ぬなんてズルいよ。死ぬ事で、母さんの心を永遠に縛るなんて。彼女の心に残り続けるなんて……そんなの卑怯だよ。

 どうせなら父にはちゃんと生きておいて欲しかった。生きていた父と……愛する母さんを巡って、正々堂々と対峙したかった。それなのに……勝ち逃げなんてしやがって……これじゃ競えないじゃない。母さんを奪い合えないじゃない。


「(まあ、私は死んで母さんを寂しがらせるなんて真似……絶対にしないけどね)」


 天国の父よ。そこで指をくわえて見ているが良いさ。あんたが出来ない事を、娘であるこの私が代わりにやってやる。私が、母さんにとってのパートナーになる。父の代わりになって、母さんを永久に支え続けて……そして。

 必ず私が、もう一度母さんを幸せにしてやるんだ。



 ◇ ◇ ◇



「……母さん、顔赤いよ?どうしたの?」

「な、ななな……ナンデモナイヨ!?」


 今日も私の為にお仕事を頑張ってくれた母さん。そんな母さんを出迎えていると、母さんはぽけーっと私の顔を見て顔を赤くしていた。……ふっふっふ。見とれてる見とれてる。

 母さんが今でも死んだ父の事を愛しているのは知っている。それに関しては正直腹立たしい事だけれど……幸か不幸か。そのお陰で、私は母さんに意識して貰っている。

 普通男の子は父親に、女の子は母親に成長する度に似てくると聞くけれど……私の場合、何故か歳を重ねる度に父親の容姿に似てきているらしい。ちっちゃくてとても30代後半には見えないほど愛らしい母さんと違い。私は父の遺伝子を強く受け継いでいる。自分で言うのもなんだけど、顔つきは可愛いというよりも凜々しいし。背丈もいつの間にか170㎝をオーバーしたし。……お陰で通ってる女子校では学園の王子様だってもてはやされちゃっている。今日もちゃっかり女の子たちからラブレター貰っちゃったしね。

 ……それって、嫌じゃないのかって?女として可愛くありたいんじゃないのかって?……うーん。どうだろ。まあそりゃ私にだって一番大好きな人に『可愛いね』って言われたいと思う乙女心がないわけじゃないけど……


「…………ホント、晶って……かっこよくなったわよね……娘じゃなかったらコロッといってたかも……」


 ……でも。その一番大好きな人にこんな風に意識して貰えるなら。この顔に、この背丈に感謝かな。

 熱があるかもしれないと無理矢理母さんをベッドに寝かしつけ、ご飯を食べさせ身体を拭いて。そろそろ添い寝でもしようかと模索していたところ。私の顔をまじまじと眺めながらぽつりと呟いた母さんのその一言に、心の中でよっしゃ!と全力で叫んだ私。成長し、父に似てきた私。そのお陰で……今まで軽くいなされていた母さんへのアプローチも。ここ最近はかなり効くようになっていた。いいのよ?遠慮なく私にコロッといっちゃって、いいのよ?


 母さんは隠し通せているって思ってるみたいだけど。母さんの私を見る目は……最近は特にわかりやすい。どこかの誰かさんの面影と娘である私を重ねる——そんな視線を常に感じている。何かある度に母さんは私の顔をジッと見つめて赤面になるし、それを指摘したらしどろもどろになるし。父の昔の古着を着てみたらかなりキラキラした目でこっそり写メ取ってたし。耳元で母さんの名を呼んだら腰砕けになってたし。

 ……まあ、本音を言うと。母さんは私を見てるんじゃなくて、父の姿を見てるんだっなって……やっぱりそれはちょっとだけ悔しいけど。それでも意識して貰えない事には話が始まらない訳だし。今は誰かの代わりとして見られようが構わない。いずれ、私自身を見て貰えればそれでいい。


「そう?ふふふ、私ってば母さんから見たらかっこいいんだ?」

「あ……ご、ごめん。女の子にかっこいい、とか言われても……あんまり良い気持ちしなかったりする……よね?」

「んーん。母さんがそう思ってくれるなら嬉しいよ。……ふーん、そっか。かっこいいんだね。…………母さんも惚れちゃいそう?」

「ばっ……!?む、娘に惚れるとか……そういうの絶対ないから!も、もう!お母さんをからかわないでよね!?」


 焦ってそんな事を言ってるけど、先ほどまで私に向けていた、穴が開くほどの熱視線を慌てて逸らす可愛い姿を見せられちゃ説得力ってもんがないよ母さん。……今めちゃくちゃ惚れてたでしょ?見惚れてたんでしょ?ほらほら、you正直に言っちゃいなよ。


「(仕込みは上々。……とはいえ、まだまだこれからだよね)」


 母さんのそんな反応に満足しながらも。私は静かに決意を新たにしていた。


 母さんのパートナーになりたい。父の代わりになりたい。——そう考えるようになったのは一体いつ頃からだろうか?正直自分でもよく覚えていない。けれど……多分相当小さい時からその野望を胸に秘めていたと思う。何せ物心ついた時から『おかあさんは、わたしのおよめさんにする!』とか企んでいたわけだし。

 それほど小さな頃から母さんを狙っている私は、母さんが惚れるような女になれるように己を磨きつつ……その合間を縫っては必死になって色々と調べていた。主にどうやったら母さんと結ばれるのかとか、どうやったら母さんを嫁に貰えるのかとかを。……調べた結果、初めて『親子だと結婚出来ない』とか『女性同士も難しい』という事実を知った時はそれはもう本気で絶望したなぁ。一週間くらい寝込んだよなぁ……


 ……何が言いたいのかというと。実の親子の……それも、母と娘の恋愛というものは一筋縄ではいかないって事だ。いくら父の真似をして母さんを惚れさせようとも。世間が許してくれないだろうし、何より男女の恋愛の末に私という娘を産んだ母さんに……そういう恋愛があるって事を理解して貰うには……かなり苦労する事になるはず。


「……でも、負けられないよね」


 母さんを幸せにする。そんな最高の権利を与えられていたにもかかわらず、途中リタイアした父には……私、負けない。


「……?晶、今何か言った?」

「……んーん。なんでもなーい。ただね……」

「う、うん?」

「母さんは……絶対私が、幸せにするからね」


 待ってて母さん。いつか必ず、この手で母さんを堕としてメロメロにして。……そして。父の命日が来ようが何が来ようが、母さんがずっと笑って過ごせるように……私が母さんを幸せにしてやるんだから。

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