私のママはままならぬ
みょんみょん
立石親子のアレコレ
娘がかっこよすぎて辛い(前編)
~Side Mother~
「――母さん、お帰りなさい」
「あ、うん……ただいま晶」
仕事を終え、疲れた身体を引きずって。扉の前に立ったその瞬間。鍵を取り出す間も無く、今日もまるでタイミングを見計らっていたかのようにささっと扉を開けて母親である私を出迎えてくれる愛しき我が子。
「今日もお仕事お疲れ様。大変だったでしょう?はい、鞄貸して。上着も。私が片付けておくから」
「い、いいよ。そんな事しなくても……これくらい自分で出来るよ」
「母さん疲れているでしょ。良いから任せてよ。家にいる時くらい家族に甘えなよ」
出迎えるや否やそうやって私をねぎらって、流れるような動きでごく自然に。まるでどこかの紳士のように鞄や上着を受け取る姿は実に様になっている。
「夕食もお風呂も、いつも通り準備出来てるよ。とりあえずゆっくり着替えておいでよ母さん」
「う……ご、ごめんね。ホントならお母さんがしないといけない事なのに」
自分だって学校の授業とかで疲れているはずなのに。この子は今日も一足先に学校から帰ってきて、仕事をしている私の為に文句一つ告げる事なく当然のように自ら進んで家事をしてくれていた。仕事と家事の両立は難しくて、手伝って貰えるのは正直めちゃくちゃ助かるけど。それはそれとして自分の子どもに母親らしい事を全然してやれていないもどかしさとかも感じちゃって。なんだかちょっぴり複雑だなぁとも思ったり。
「その分母さんは稼いでくれてるわけだし、おあいこでしょう?謝らないでよ。助け合うのが家族なんだしさ」
「あ……うん。その……ありがと……」
「どういたしまして。母さんも私の為にお仕事頑張ってくれてありがとうね」
そんな私の負い目を一蹴するように、優しい言葉をかけてくれる晶。やだ……なんか泣きそう。こういうの、嬉しいなぁ……
……親ばかだよねと散々言われ続けてきたけど。親の贔屓目を抜きにしてみても、我が子である晶は容姿端麗な上に文武両道で気遣い上手で。おまけに母親思いの優しい子に育ってくれた。幼少期から反抗期一つなく、全然手もかからない子。母親的には、それはそれで問題があると思うけど……ともかく母子家庭で相当苦労をかけているハズなのに、ここまで真っ直ぐ立派に育ってくれた大切で大好きな自慢の我が子だ。
どんくさい私に似ず、このように出来の良い子にすくすくと育った事に関してはとても喜ばしい話だと思う。それに関しては文句の一つもない。ないんだけど……
「(……でも)」
けれど実は最近。そんな我が子に関していくつか悩ましい事が出来ちゃって……
「ところで母さん。随分とお疲れみたいだけど大丈夫?着替え自分一人でできそう?」
「え?あ、ああうん……そりゃ確かに疲れてはいるけど。着替えが出来ない程は疲れては――」
「そう、やっぱり疲れているんだね。それは大変だ。なら……私がお着替え手伝ってあげるね」
「……い、いや。あの……晶……?」
「お着替えが終わったらどうしよっか?ご飯にする?お風呂にする?ご飯にするなら私があーんして食べさせてあげる。お風呂にするなら私が隅々まで身体を洗ってあげるよ」
「だ、だからそこまで疲れていないってば……」
悩ましい事の一つがこれ。最近……我が子の距離感がなんだかおかしい。事あるごとに私に迫ってきては、スキンシップ過剰気味に母親である私に接してくる。
なんでもママ友とかに聞いた話では。ごく一般的な思春期の子どもって、その時期になると何かにつけては親と距離を取ろうとする……らしい。年頃なんだし、心が不安定な時期だと特にそうらしいんだけど……親と一緒にいるのを嫌がるそうだ。
「遠慮しないで良いんだよ母さん。ほら……私がぜんぶ、お世話してあげるから。ね?いいでしょ。もっと私に頼りなよ。私に甘えなよ」
それなのに……母親である私を避けるどころか。逆に私に全力でべったりな我が子。いや、うん。露骨に嫌われたりするよりかは全然良いんだよ?でも……元からスキンシップ多めな子ではあったけど、ここのところそれが輪にかけているような気がしてならない。
現に今もいつものようにぐいぐいと私に急接近。迫られて、追い詰められて。ただいま私は廊下の壁にぴったりと背をつけた状態で……我が子にいわゆる壁ドンなるものをされている。
……そしてそれに関連して。もう一つ悩ましい事と言えば……
「(近くで見ると……ホントに、あの人そっくりになってきて……)」
……そう、これだ。これが現状一番困っている事だ。我が子である晶が……先立った夫に歳を重ねる度にそっくりになってきている事が、私は何よりも悩ましい。
いつの間にか追い抜かされていた、見上げなきゃいけない程の背丈も。ハーフだった夫の血が色濃く出た輝く金のショートの髪も。鋭く射貫くような凜々しい蒼の瞳も。高く形の良い鼻も。雪のような白い肌も。
日を追うごとに成長し。成長すればするほど、亡き夫の面影が色濃く見えてくる我が子。
「(…………おかしいなぁ。うちの子って……正真正銘、女の子のハズなのに……)」
本当に……どう育てたらこうなっちゃったのか母親である私にもよくわからない。気づいた時には日に日にかっこよくなっちゃって、今では晶は立派な……女子校の王子様をしているとかなんとか。
この間も親子で一緒にお出かけしていたら……客引きにカップルと間違えられたし。しばらく会わなかった旧友たちからは『あんた随分若くてイケメンな彼氏が出来たのね!?ちょっと紹介しなさいよ!』ってなんか盛大に勘違いされた挙げ句羨ましがられたし……娘だって言っても中々信じて貰えなかったんだったけ。
最近は特にそうなんだけど。晶は母である私に似ずに、亡き父にばかり似てきている。外見は前述した通りだし、趣味嗜好まで似てきているのか……服装も、髪型も、喋り方も。性格までそっくりになってきていて……本当に、我が娘ながらかっこいいんだよね……
なんか話脱線して娘自慢みたいになっちゃった……話を戻そう。そんな風にかっこよくなってきて。その上で娘の距離感が異様に近いとなると――さて、どうなると思う?
「……母さん、顔赤いよ?どうしたの?」
「な、ななな……ナンデモナイヨ!?」
…………答え、こうなる。おもむろに近づけられた凜々しい顔に思わず赤面してしまう私。キラキラエフェクトが見えちゃうくらい、こんなにもイケメンになって(女の子にイケメン扱いはちょっと失礼かな?)、それもその顔は似ているの。自分が好きになった人、もう会えない人——そんな面影がちらりと見えちゃうの。そんなの見せられたらね、色々ともたないの……心臓に悪すぎるの……
色んな意味で耐えられず、思わず目を背けようとする私に。娘の晶は更に急接近して顔を覗き込んできた。ふ、ふぇえ……近いよぅ……
「もしかして熱でもあるんじゃないの?ちょっと熱計らせてよ」
「い、いいよ!?大丈夫だよ!?だ、だからそんなにお顔近づけないでぇ……!」
「……目を背けないで。ちゃんと私を見てよ母さん。……ああ、こんなに赤くなって。それにほら……こんなに熱いよ。やっぱり熱があるみたいね。これはいけないわ。——よいしょっと」
「ひぇ……!?な、何してるのよ晶……!?」
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、何を思ったのか晶は唐突に私を抱きかかえる。……そう、お姫様抱っこだ。ただでさえ距離おかしいのに、更に急接近とかなんなの?こんなに密着しちゃって……なんなの?私を悶死させる気なのこの子は……!?
「何って……母さんをベッドに運ぶつもりなんだけど?」
「べ、べべべ……ベッドに!?ナンデ!?なんでベッド!?」
「熱があるみたいだし、母さんベッドに寝かして看病しようと思ってね。……大丈夫、付きっきりで看病してあげるから。おかゆも作るし、ふーふーして食べさせてあげる。熱のせいで汗かいちゃってるだろうから、身体拭いてあげるよ。なんなら添い寝して子守歌を歌ってあげるし——」
「い、いいから!お母さんは大丈夫だから!だから晶お願い……離してぇ!?」
「あ、ダメだよ母さん。そんなに暴れちゃダメ。危ないよ。ほら、しっかり私に掴まって」
「やぁーだぁー!はーなーしーてー!?」
晶の腕の中でジタバタ暴れながら思う。こういう強引なところまで似なくて良いのにって。容姿も、言動も。何もかも……あの人を思い出してしまう。そう言えば、あの人も私の体調とか様子がおかしかったら……こんな風に私を有無を言わさず寝かしつけてたっけ。
……あの人には勿論。晶にも失礼なことだってわかってる。母親が、守るべき存在である娘の……その娘の中の亡き夫の面影に惹かれるだなんて……良くないことだってわかってる。自分よりも一回りも二回りも下の、それも自分の実の娘にドキドキさせられちゃう私って……こんなの、母親失格だよね……
でも……
「(ああ、本当に……娘がかっこよすぎて辛い……)」
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