第45話冷たい雨 sideフルール

「え?クロードが平民になる?」




何を言っているの?信じられない言葉が耳に飛び込んできて、私は、現実感を失った。頭の中で何度も繰り返すけれど、その意味を理解できない。まるで悪夢の中にいるかのようだった。




大事な話があるとコルホネン伯爵の執務室の呼ばれたが、まさかこんな話だとは思いもしなかった。伯爵の厳格な表情と重々しい空気が、その予感を裏付けていたのに、私はそれを受け流していたのだ。





クロードが本当は息子じゃない?



母親が息子を呪う?



コルホネン伯爵から離れれば、いえ、愛を受けなければ、黒い靄は消える?





な、なによそれ。意味が分からないわ。伯爵の言葉が、次々と私の心に突き刺さる。信じられない思いと、混乱が頭をかき乱す。クロードが平民になるなんて、そんなこと、いったいどうして?なぜ?




「クロードを産んだ、故コルホネン伯爵夫人の実家、そう…公爵家で引き取ってもらうことはできないのですか」



私は、必死で考えた。クロードが貴族でなくなるなんてありえない。彼は私にとって大切な人であり、彼の未来が潰されるのを黙って見ているなんてできない。私のためにも…。公爵家に引き取ってもらえれば、そうすれば、貴族のまま、ううん、身分がもっと上がるわ



「残念ながら、妻との結婚も反対を押し切ったものだった。妻は縁を切られていなかったが、子供を産んで死んだんだ、私は公爵家には恨まれている。交流もない」



その言葉に、希望が一瞬で砕かれる。公爵家からも見放されているのなら、クロードを助ける術はないというの?じゃあ、助かるには、平民?




「わ、私もう一度頼みに、いいえ、お姉さまのような魔法を使える人を探せば…」



「誕生日は、来週だ。なんにしても時間がない…それに、これはクロードが選択したことだ。私の息子でなくなっても生きたいと」



伯爵の言葉に、私は言葉を失った。クロード自身がそう望んだなんて。それでも、私はどうしても納得できない。




「クロードが平民として生きるには、支えが必要だ。婚姻を望んでいただろう。結婚してやってくれ」


「私に平民になれってことですか?」




絶望感が押し寄せる。私が彼と結婚することで、私もまた平民になってしまうということだ。そんなこと、受け入れられるはずがない。




「お前の母は、実家から縁を切られた。どうせ、お前はもうすでに平民だ」




伯爵の言葉が冷たく響く。貴族じゃない…学院は?生活はどうしたらいいの?




「エミリアから奪い取るほどに、愛しているんだろ。なに、お前は、学院では優秀だと聞いた。語学も堪能なそうだな。働き先はたくさんあるだろう」



反論できず悔しくてたまらない




「私が、クロードに直接生活を支援してしまうことでさえ、呪いの発動条件になるやもしれぬ。だから、クロードと結婚したのなら、一緒に暮らす家をお前名義で用意しよう。生活費もお前にまとめて振り込む。それに、お前の学院の成績に見合った職も用意しよう。例え平民になったとしても、不自由なく暮らせるはずだ」




迷いが心を支配する。貴族として生きてきた私が、平民として生きる覚悟ができるのか。クロードと共に頼る人もなく暮らしていけるのか、確信がもてなかった。




「…結婚しなくてもいいんだぞ。別に、お前じゃなくてもいいんだ。平民の母と一緒に賠償金の支払いのために死ぬまで働いてもらっても私は構わない」



その言葉に、私は背筋が凍る。私名義の家、お金…




「…わかりました。引き受けます。」





***********






まだ体調の戻らないクロードを支えながら、馬車に乗り込む。




「父上、今までお世話になりました…」


クロードが最後の挨拶をする。伯爵は寂しげに目を伏せた。




「ああ、お前に父と呼ばれるのは、これで最後だな…万が一…やはり、呪いが解けなかったら連絡しろ、すぐに迎えに行ってやる。解けたら、二度と連絡してきてはいけない。それがお前のためだ。」



「…はい、父上。」




住み慣れた伯爵家を後にする。ああ、今日も鬱陶しいくらい雨が降る…新しい人生の幕開けが、この冷たい雨と共に始まるのだと感じながら、私はクロードと共に馬車に揺られた。


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