第41話選択 sideクロード

よろめく体をフルールに支えてもらいながら、邸にたどり着く。体は鉛のように重く、足元はふらつく。フルールの助けがなければ、倒れていたかもしれない。頭の中は混乱し、視界は霞んでいる。誕生日までは、まだ日があるはずなのに、なぜこんなにも体が言うことを聞かないのだろうか。




邸の扉が開き、父の姿が目に入った瞬間、急に視界が暗転し、意識が途切れた。気が付いたときには、ベッドの中にいた。柔らかなブランケットでさえも、重たく感じる。耳鳴りが続き、頭痛が鋭く襲いかかる。



ベッドの傍らには、悲痛な表情を浮かべた父が座っていた。



「…気分はどうだ?」


父の声が、かすかに耳に届く。



「こんなに体が重くなったのは、久しぶりです。誕生日が、まだなのに…なぜ…」



声を出すたびに、喉の奥が焼けつくように痛んだ。



「エミリアは、小さい頃から少しずつお前の靄を消していた。誕生日で一気に膨れ上がるだけで、普段、全くないわけではないのだ。エミリアがいない今…わかるだろう?」



父の言葉が、胸の奥深くに重くのしかかる。そんな…



「私は、このまま…」



言葉が途切れ、未来のことを考えた。フルールとの幸せな未来…そういえば、フルールがいない。急に不安が襲ってくる。



「父上、フルールは?まさか!追い出したんじゃ」



「いや、母親のことで散々喚いていたから、部屋に閉じ込めているだけだ。今から話す話にも邪魔だからな。」



今から話す話?疑問が頭をよぎる。



「ああ、エミリアに助けてもらう以外に、お前が助かる方法が、もう一つだけある。」



「本当ですか?」



数日間、絶望の中にいた。ようやく救われるかもしれないという希望に、胸が高鳴る。





「しかし、それを教えるには、今までお前に黙っていた真実を話さなくてはいけない、…酷なことだ」



「そんな…教えてください、どんなことを聞いても…この苦しみより酷なことなど」




「分かった…」


父は深く息をつき、話し始めた。





***********



父の話は、あまりにも衝撃的で、到底納得できるものではなかった。



私が父の子ではない?そんな話を突然聞かされ、頭の中が混乱する。これまでの人生が、一瞬で崩れ去るような感覚に襲われた。




「いつかは、言わなけらばならない日が来るかもしれないと思っていた。そんな日が来なければいいとも…」




聞いた内容が、頭の中を埋め尽くし、私の傍で、なお語り掛ける父の言葉が、遠くに聞こえるようだった。




死ぬより怖いことなんて…そう思っていた。恐怖で体が震える




「…お前の母は、私のこと愛していた。いや、愛しすぎていたんだ。血のつながらないお前が、私からの愛を受け取ることに憎しみを覚えるほどに」



自分が生んだ実の息子なのに?そんな理不尽な話があるのだろうか。実の父はいったい‥いやその前に、そんなに愛していたのに、なぜ父の子ではない私が生まれる?




「こ、ここを、離れれば!私も一緒に領地へ…」


声を震わせながら、何とか解決策を探そうとする。



「お前は、移動の途中で、体調を崩したはずだ。場所は関係ない」



そんな…父の言葉が、私の希望を打ち砕く。



「しかし、邸から出て行く、それはあながち間違いではない…私からの愛を受け取らなければ、廃嫡すれば、お前は助かるはずだ。赤の他人となり平民として生きる。そうすれば…」



「父上と赤の他人!?嫌です!父上は平気なのですか?」



「そんなことはあるか!何度も考えた。生活の援助も愛情とみなすのか、心配して見に行くだけでも駄目なのか、何度も何度も…。息子でいてほしい、だが、生きていてほしい」



苦しげな表情。父の表情は、言葉にできない苦しみを物語っていた。





「そんな、もう一度、父上から侯爵家に頼むことは…」


「これは、ヴァルデン侯爵の仮説であり、提案だ。助かる可能性を提案され、それが効果あるかどうかもわからないうちに、願ったとして…」



父は、首を横に振った。



「クロード、お前に選択を迫るのは、無慈悲かもしれぬ。しかし、選ばなくてはいけない。お前はいったいどうしたい?」



父の言葉が、私の胸を突き刺す。


クロード・コルホネンとして死ぬか


クロードとして生きるか。




私は息を呑み、心の中で自問する。



「…父上、私は、生きたい。フルールと共に生きると約束したんだ。例え、父上の息子でなくなったとしても…」



私は覚悟を決めて答えた。そうか…と父は、悲し気な顔で呟き、黙って部屋から出て行った。





平民になるんだぞ?よく決心したと、なぜ褒めてくれない。私が、生きることを喜んでくれないのか?胸の中に、どうしようもない寂しさが広がった。

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