第5話 婚約者の誕生日

クロード様の11歳の誕生日。伯爵家の大きなシャンデリアが天井から光を放ち、豪華な会場を温かい光で満たしていた。美しく装飾された花瓶の花々は、今日の主役を祝うかのように鮮やかに咲き誇っていた。



ディナーが始まると、使用人たちが静かに動き回り、次々と料理をサーブしていく。スープ、魚料理、肉料理、デザートへと続くフルコースが進む中、私たちは食事を楽しみ、室内の温かい雰囲気をさらに引き立てていた。



そして、いよいよ誕生日ケーキの時間が訪れた。キャンドルに火が灯され、部屋の明かりが少し落とされると、ケーキの上の炎が静かに揺れた。クロード様は目を閉じ、静かに願い事をしてから、一息でキャンドルの火を吹き消した。


「「お誕生日おめでとう!」」

伯爵様と声を合わせて祝福の言葉を贈る。


しかし、その瞬間


「うわぁぁぁ!」


突然クロード様が叫び声をあげ、苦しそうに顔を歪め倒れた。顔色はみるみるうちに青ざめ、苦痛が浮かんでいた。ほとんど消し去ったはずの黒い靄が一気に濃く大きくなった。


さっきまでの楽しさは遠い出来事のように薄れ、私の耳に届くのは彼の荒い息遣いと、私自身の心臓の鼓動だけだった。



私は、彼の手を握りしめ、必死に祈った。


「お願い、消えて…」


その瞬間、何かが私の体内を駆け巡る感覚があった。だが、靄は消えるどころか、一層濃くなり、形を変え始めた。冷たい影が、私たちを覆うように迫ってくる。



「クロード様!!」


私は声を張り上げたが、その声は、靄に吸い込まれるように消えた。


手を離さないよう必死に握りしめ、祈り、私は意識を失った。目覚めた時には、ベットの傍で心配そうに見守るクロード様がいた。



「1週間も眠ったままだったから…すごく心配したんだよ」



そういうクロード様の後ろには、薄くなった靄がまだ揺らめいていた。



***********




それから数年、クロード様の誕生日には必ず、あの黒い靄が再び濃く大きくなるようになった。



誕生日に一気に膨れ上がる靄をクロード様が日常生活を送れるまでに小さくするには、私への負担が大きい。常に体が重くて力が入らず、気分も落ち込みやすい。すごく眠いのに睡眠は浅く、食欲もない。栄養不足もあるのだろうが、体はやせ細り、目の下には、くっきりとした隈がある。



私の闇魔法の習熟が増してきているのか、年齢を重ねるごとに、クロード様の周りの靄は、はっきりとした形を取るようになり、今では人の姿を成しているように見え出した。少し曖昧だが顔立ちもわかるようになり、私をじっと見ているようにも感じる。



「あの方は…」



ああ、間違いないずっとそんな気がしてきたが、あの方にそっくりだわ。

この事実をクロード様に伝えるべきか、それとも伯爵様に相談すべきか。


悩みは尽きなかったが、私は意を決して伯爵様のもとへ向かった。


伯爵様は、私の話を黙って聞いていた。彼の瞳は暗く、何かを考え込んでいるようだった。そして、しばらくして、低い声で言った。


「わかった、少し調べて見る」


その言葉には、不安を感じさせる響きがあった。





***********




「お姉様!聞いていらっしゃらなかったの?」


昔を思い出していると、突然フルールの声がした。



「え?いつの間に部屋に来たの?」


驚いて振り返り、そこに立つフルールの姿を見た。クロード様の瞳の色であるグリーンのドレスを身にまとい、着飾っている。フルールは少し眉をひそめて、軽くため息をついた。



「いやね、ちゃんとノックはしたわ。話しかけてもぼーっとしていたのはお姉さまよ!もう一度言うわ、お茶会よ。今日は王宮でお茶会がある日よ」


「あら、そうなの?気を付けて行ってらっしゃい」




フルールはその言葉を聞いて、唖然としたように目を見開いた。


「何を言っているの?お姉様も行くのよ!」



どういうこと?



「まだ準備ができていなったのかい?」


クロード様も行くのかしら?

すっかり準備が終わっているであろう2人が並ぶ。



「…ええ、聞いておりませんでしたから」


「え?フルールが伝えたのではなかったのかい?」


「伝えたわ!嫌だわ、お姉さま。ご自分が忘れたのを私のせいのように言うなんて」



フルールは不満げに言い返した。本当に、聞いていないのだけど…。



「とにかく、準備をしておりませんでしたので、お二人でどうぞ」


しかし、フルールはそれを聞いて引き下がる様子はなかった。


「別にそのままでいいじゃない。王女様を待たせるのも約束を破るのも失礼よ。さあ、早く立って」



約束などした覚えもないのだが…。結局、フルールに抗えず、立ち上がり、鏡の前を通り過ぎる。



着飾った2人と普段着の私。このまま王宮に?王女様、失礼だと怒りださないといいのだけれど…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る