第3話 神童の付人【原案】


 癒しの力、それは8歳前後の少女のみが覚醒する稀有な力で、神様からの祝福とも呼ばれていて、力に目覚めた少女たちはこのカルメディ王国の庇護のもと管理下に置かれ各地の教会でその力を振るっていました。




「早く腕を出してください。そのままでは皮膚に服がくっついてしまいますよ? ―――エリス、聖水をください」

「わかりました。―――どうぞ」


 このスタック町の教会で治療にあたっているのは《治癒の神童》と呼ばれているディア様で、私はその付人をしています。火傷を負ったという女性が服を捲って腕を露出させると大きな水膨れができており、治療を施さなければ痕が一生残ると私が見ても分かるほどの火傷を負っていました。


「沁みますけど我慢してくださいね」

「―――っ!」

「大丈夫ですから。力を抜いて―――」


 ディア様は患部を聖水で清めてから両手を女性の腕に触れるか触れないかの位置まで持っていき、女性に声を掛けてから癒しの力で治療を始めます。手のひらから淡い緑の光がじわりじわりと広がって周囲の赤みが次第に引いていき、数分後には水膨れも消え去りました。


「はい、これで終わりです。もう火傷をしないように気をつけてくださいね」

「はい! ディア様がいなければ一生を長袖で生活するところでした。本当にありがとうございました!」

「女性の火傷痕は特に痛々しいですからね……。すぐに治療すれば痕も残りませんから、周りの方にも火傷を負ったらすぐに私の元へ訪れるようにお願いします。時間が勝負ですから優先的に診させていただきます」


 臨機応変、優先順位は付けるが訪れる全ての者に等しく癒しの力を振るう姿にディア様を聖女と呼ぶ者さえいましたが、聖女と呼ばれるほどではないと本人はそれを否定し《治癒の神童》という呼び名が定着しています。


「お疲れ様でした、ディア様。さすがは《治癒の神童》と呼ばれるだけはあります」

「ありがとう、エリス。けど、それは皮肉かしら? 私は聖水の力を借りなければあの程度の火傷も直せないのよ?」

「治ってしまえば同じですよ、患者は気にしません。それに、もうすぐ《聖女》と呼ばれるようになるかもしれないのですから最後の戯れだと思ってください」


 4年に一度、聖女選抜試験というものが行われ、国の威厳を示すための御旗となる《聖女》の称号を得る機会が訪れます。ディア様は《治癒の神童》と呼ばれながらも本人の言うように力自体は普通より少し下のようです。けれど、ディア様を知る人間は誰もが《聖女》となられることを信じていました。


「ディア様、本日もお疲れ様でした。こちら炊き出しの南瓜スープになります。よろしければどうぞ」

「ありがとうございます。セシリアさんもお疲れ様です」


 診療時間も終わり、セシリアさんが私たちの元へとやってきてディア様を労ってくれます。国から派遣されてきているセシリアさんはこの教会の最高責任者であり、ディア様のお目付け役のような人でした。


「―――何人も祝福持ちの方を見てきましたが、大半は今の生活のために嫌々でしたからね。身の入らぬ治療など雑としか言えませんでした。その点、ディア様は十分すぎるほど頑張られておられます」

「え?」

「先ほど、エリスが言っていた話です。力の大小など治ってしまえば患者にとっては関係ありません。《聖女》となられる方に大切なのはディア様のような丁寧な仕事と心遣いだと私も思います」

「……そう言ってもらえるなら少しは報われますね」


 そんなセシリアさんからの言葉はディア様に響いたようで、南瓜スープを口へと運ぶディア様からは安堵した表情が見て取れて、本心でそう思っているのだと感じました。


「私はまだ仕事があるので失礼しますが―――、ディア様はいつもの図書館へ行かれるのですよね?」

「はい。今はなんとかなっていますけど、もっと学ばなければいざという時に役に立てませんので。それに聖女選抜試験も近いですから……」

「そうですか。―――エリス、これを。ディア様をお願いします」

「わかりました。お疲れ様でした」

 

 私に聖水の入った瓶を一本渡して教会の奥へと戻っていったセシリアさんは、恐らくこれから書斎に籠って事務仕事を始めます。昼間は表に出て炊き出しを指示していたはずなのに休みなしで働き続けるあの人も、ディア様同様に少しは休んでほしいと私たち教会で働く人間は願っていますが無理なのでしょうね。




 夕方、閉館となった図書館にやってきた私たちは、管理人のジョゼに付き添ってもらいながら中へと入っていきます。


「では、鍵は施錠後にいつもの場所に置いておいていただけたら後で回収しておきますので」

「わかりました。いつもご無理を聞いていただきありがとうございます。こちらをよろしければ受け取ってください」

「ふふっ、ありがたく受け取らせてもらいます。役得ですなぁ」


 ジョゼさんから私は出入口の鍵を受け取り、代わりにセシリアさんから預かった聖水を渡しました。無精髭を生やした見た目は少し怖いおじさんですが、気が利く優しい方だと付き合っていく中でわかり、今では無理を聞いてもらう代わりに晩酌の二日酔い対策で聖水を渡すような関係になりました。


「いえいえ、ディア様の頼みでしたら町の誰もが大歓迎ですよ。なんなら自慢したいところですが……、ディア様がこちらにいらしていることは秘密なんですよね」

「はい。読書に集中したいのでそうしていただけると助かります」

「言いませんよ、聖水もいただいてますからね。―――では、ごゆっくりどうぞ」

「ありがとうございます。ご配慮、感謝いたします」


 ジョゼさんは必要最低限の明かりだけを残して聖水の入った瓶を大事そうに抱えて帰っていきました。ディア様は癒しの力が目覚めてすぐに図書館で様々な本の読み漁りを始め、その時からジョゼさんとのこのような関係が続いています。


「それではエリス、始めましょうか」

「はい、ディア様」

「―――今は私たちだけですよ? 言いたいことはわかるよね?」

「……そうね、ディア」


 広い図書館で二人きりになった途端、長い緑色の髪をクルクルしながら甘えるような目つきで懇願してくるディア様は反則的に可愛いくて、私も接し方を友達としてのものに変化させます。


「それじゃ、今日は薬草について調べようと思うんだけどどう思う?」

「いいんじゃない? 人体についての教本とかよりは」

「体の構造を知るのも効率的に人を癒すのに必要なことなんだけどね」

「子供の読むような内容じゃないって言ってるのよ……」


 私の言葉に愛想笑いする彼女は先ほどとは打って変わり、言葉も態度も少し砕けました。普段は公私混同はしないように毅然と振舞ってはいますが、私たちは幼馴染で力に目覚める前からの友達です。小さな背の彼女とは二人きりの時に限り、昔のような関係に戻るという暗黙のルールがありました。


「それにしても最近は治癒の力について調べてないんじゃない?」

「ここに置いてある論文はもうほとんど読んだしね。それに力は井戸水みたいなものだから浅井戸の私には用途を選べるほどの力を引き出せないから」

「水があるなら大きな桶で汲めないの?」

「大きな桶を使っても井戸が浅いと逆に水は全く汲めないから。私ならどうやって一度に大量の水を汲むかを考えるより、都度汲んだ水の使い道を考えた方が効果が見込めると思う」


 治癒の力が国に管理されている理由の一つに効果の個人差が挙げられます。治癒の力を持つからといって全てを癒せるわけではないのです。力の弱い者では重篤な患者の治療にあたっても助けられないばかりか遺族から恨まれる恐れもあるため、そのような事態を避けるために国が間に入っているのでした。


「この石蛇草、食べると石になるって書いてあるけどどう思う?」

「どうってそれ毒草よね? 薬草を調べるんじゃなかったの?」

「エリス、毒も薬も使いようだよ。もし一刻を争うような人が私の前に現れて、対応できませんと他の教会を紹介したとしたらどう? そこに辿り着く前に死んでしまうとは思わない?」

「……つまり、病気や怪我での延命処置に使えないかってこと?」


 彼女は私の回答に満足げに頷きます。セシリアさんと初めて会った時に彼女が言われていた「チカラは並ですね。貴女に無理そうだと私が判断したら別の教会を紹介します」という言葉を思い出しました。


「けどディアはみんな治してきたじゃない。セシリアさんもさっきそれを認めてくれてたよ」

「うん、それに関しては嬉しかったよ。こうやって色々と調べたことが役に立ってて報われたと思ったし。───けれど、いつかはそんな事態に遭遇すると思うんだ」


 ディア様としての彼女はセシリアさんが言っていたようにすでに十分すぎるほど頑張っています。ディア様に救えないならそれ以上は教会の管轄なので任せておくのが正しい在り方のはずなのです。


「そこまでする必要はないと思うけど……」

「私は自分の力不足でその時に救えなくて、無力なりに最善を尽くして救える道を探したい。後悔したくないの」

「後悔したくない……か。よしっ! 私もディアに後悔させたくないし、教会に戻ったらセシリアさんにその草を取り寄せられないか聞いておいてあげる」


 けれど、それでも人を救いたいと彼女が言うのなら、私はその願いを叶えたい。そう思う理由になっている左腕を掴んで私は彼女のためにその石蛇草とやらを取り寄せてもらうことを決めました。




 その後も図書館で様々な薬草や毒草について調べ、夕飯時になる頃に私は教会へと戻り、ディア様は両親の待つ家と帰っていきました。


「⋯⋯あれから6年。今日いらした女性への対応を見るに、まだ火傷はトラウマなのですね」


 ディア様が力に目覚めたばかりの時に私の家が火事になり、両親は死に、私は左腕に大きな火傷を負いました。


「あの程度の火傷に聖水は過剰すぎですし、今のディア様ならなくても治療できたはずですから⋯⋯」


 あの火傷は見た目は酷いが表面の皮膚しか焼けていませんでした。私のように痕が残る可能性を恐れ、聖水を使われたのです。


「⋯⋯私も後悔してます。残ってしまった火傷の痕も、両親に助けられて私だけ生き残ったことも」


 深夜、暖炉の残り火が燃え移り、寝ている間に家は炎に包まれました。出口は押し潰され開かない状況の中、僅かな隙間から私は両親によって押し出されたのです。


 脱出してきた私を見つけたディア様はすぐに癒しの力を使って下さいました。けれど、あの時の彼女はまだ力に慣れておらず、擦り傷程度を癒すのが精一杯で、今でも左腕に残り続ける火傷の痕が彼女を苦しめているように思えるのです。




「セシリア様、少々よろしいでしょうか?」

「あぁ、───入れ」

「失礼します。本日、ディア様が図書館で調べられていた内容についてです。こちらをご覧下さい」


 自室でディア様が調べていた内容を復習し、毒草として知られる石蛇草の新たな用途、群生地とその周辺の街をまとめた一枚の紙をセシリア様に渡しました。


「なるほど。確かにその使い方なら救える命も増えるかもしれないな。手配しておこう」

「ありがとうございます」


 毒草のため市場では恐らく入手できません。砂利のような食感から暗殺にも向かないため闇市などにも出回らない、そんな品なので群生地の近い街に教会から採取依頼をかけてもらう事にしたのでした。




 それから二ヶ月ほどの月日が流れました。町では《治癒の神童》ディア様の激励会が開かれていました。


「これは⋯⋯どう考えても壮行会ですね」

「確かに町長の挨拶など酷いものでしたけど、それはディア様が《聖女》になられると皆が信じているからなのではないでしょうか」


 呆れたように騒いでいる人たちを見ながら私たちは焚き火のそばで暖を取ります。季節は冬に差し掛かりいよいよ明日、ディア様は聖女選抜試験へと向かわれるのです。




 早朝、見送りはディア様の両親と教会関係者の数名によって慎ましく行われました。これは壮行会を昨夜、盛大に開く見返りにディア様が要求されたことでした。


「それでは行って参ります」

「ディア、無理だけはするんじゃないよ」

「そうだぞ。私たちにとっては何よりも大事な娘なんだからな」


 両親に抱きしめられるディア様は誰が見ても愛されている子どものようでした。


「エリス、王都まで馬車で丸一日かかると思います。もし道中で足りないものがあればこれを使いなさい」

「───多くはないでしょうか?」


 セシリア様に握らされたのは金貨5枚、一般的な家庭で3ヶ月ほどは暮らせるお金でした。


「ディア様を頼みますと仕事柄言いますが、エリス、あなたも自分を大切にしてやりたいことを見つけてきなさい。余ったお金は好きに使って構いません」

「それは⋯⋯」

「もしディア様が《聖女》となられたら、あなたが側にいられるかわからないでしょ? 知見を広げるいい機会です。親でもない私があなたにしてあげられるのはこれくらいです」


 両親を亡くし、家も失った私を引き取り育ててくれただけでも私は返しきれない恩があります。それをこの方が望むのであればと私は返そうとした金貨を大切に懐へと仕舞いました。


「ありがとうございます。───セシリアさん、いってきます」


 お互いに親との挨拶を済ませてから、私たちは町が所有する馬車に乗り、護衛の親子と共に町を発ちました。





 王都に向かう道中の最後にある村ではディア様の治療ににより病が治った人がいたらしく、熱烈な歓迎を受けました。


「ディア様、そろそろ⋯⋯」

「そうですね。ご馳走していただきありがとうございました。とても美味しかったです」

「お待ちください」


 日が暮れる前に王都へ向かう、そのために私たちはお礼を言って切り上げようとすると案の定、村長だという方に呼び止められました。


「この付近ではコボルトの群れによる作物の被害が酷くてのぅ。間引いてはおったのじゃが最近では食糧庫が被害に遭い、今夜、清掃戦を仕掛ける予定なのですじゃ」

「犬畜生とはいえ石で武器を作り人も襲う魔物、怪我人が出ると思う」

「……ディア様は明日の朝から聖女選抜試験に臨まれるのですが」


 話の流れから、今夜決行されるコボルト討伐にディア様も同行して欲しいということはすぐにわかった。私は先手を打ち、そんな時間はないと釘を刺すが村人たちは引き下がる様子はなかった。


「エリス、確かに私はスタック町の期待を背負っています。けれどこの方々が困っているのも事実。どうにかなりませんか?」

「ディア様は甘いです。治癒の力を使用するのは教会からの許可が原則必要で、あくまで個人的に緊急に使うならともかく、このようなケースは教会を通さなければ問題になります」


 私は村長たちが無理にディア様を働かせるなら管理している教会、ひいては国が動くとディア様に説明するように聞かせます。―――ディア様は当然そんなことは承知なので演技半分ですが、もう半分はどうにかしてあげたいという本心といったところでしょうか。


「なぁ、ちょっといいか?」

「誰ですかあなたは!」

「そこの《治癒の神童》さまの護衛を請け負ったガラクってもんだ」

「オレはホープな!」


 護衛の親子、ガラクとホープは私たちの間に割り込んで話に入ってきます。ここまで特に会話も不満もなく護衛をしてくれた二人なので人柄がわからず、変なことを言わないか身構えることにしました。


「話を聞いていたんだがよ、それだと俺たちの仕事に支障が出るんだわ。一応は王都までの護衛だからな、その途中で余計なリスクを負って怪我でもされたらたまったもんじゃない。わかるだろ?」

「そ、それは……」

「おたくらがオレたちに別でコボルト退治の間の報酬を支払う、それとそれから王都まで夜中の移動だ。危険度も上がるし、こちらの上乗せ代金も支払ってもらう。嬢ちゃんが引き受けた場合、その分は俺たちの報酬を請求させてもらうぜ」

「もらうぜ!」


 ガラクの要求は正当なもので町長は言い返せなかった。なんとかしてくれとディア様に何度か目を向けてもオロオロしている彼女を見て諦めてくれたようでした。


「……ふぅ。下手にケガ人を出すよりも神童さまに同行してもらった方が良いだろう。幸いにして帰り道、それまで教会の許可を取り耐えるとしよう」

「けどよ村長、もし次に食糧庫が襲われたら俺たち食うものが……」

「祈るしかない。なあに数日の辛抱なら村人全員で警戒にあたればなんとかなるはるじゃ」


 とりあえず話はまとまったようで、私たちはこの村を出て無事に陽が沈む前に王都へと辿り着くことができました。




 翌朝、宿屋で身だしなみを整えたディア様と共に、試験の行われる大聖堂へと向かいました。


「エリス、あの村のことは任せました。この手紙を出せば対処してくれるはずです」

「よろしいのですか? このお金はディア様の……」

「人のために使えるのならそれが良いのです。ああは言いましたが一刻も早い解決が必要でしょうし」


 手渡されたのはディア様が昨夜、書かれた書簡と金貨の入った袋。王都には《祝福持ち》もいますが大抵は《聖女》が対応するため、人の死や血に慣れていないとディア様が判断して《聖女》に依頼をすることを決められたのです。


「ディア様、―――ご健闘をお祈りします」

「ふふっ、健闘なんですか? 私が《聖女》になれないとでも?」

「まったく強がりですね。あれだけ自分は力が弱いと言っておいてそれですか」


 私は《治癒の神童》の付人つきびと、こんな関係も彼女が《聖女》になれば終わってしまう。だから、―――私は彼女に《神童》のままでいて欲しいと思っているのかもしれない。それが健闘したならそれで十分という言葉になったのかもしれないと思いました。


「あとは私がやっておきますのでディア様は集中して試験に挑んできてください」

「わかりました。エリス、頼みましたね。それでは参ります」

「いってらっしゃい。ディア様」


 ディア様を見送り、私は大聖堂横にある一般依頼受付へと向かい業務開始時間まで待機します。


「あら、あなたは……」

「っ! マリアンヌ様!!!」


 ふいに声をかけられ振り向くと、そこには王都で一番の腕と言われている《聖女》マリアンヌ様がいらっしゃいました。


「たしかセシリアのところの子ね。どうして一般依頼を出そうとしているのかしら? 《治癒の神童》がいるのだから必要ないでしょ?」

「急ぎの案件がありまして、ディア様がこれから聖女選抜試験で動けないのでそれで依頼をと」

「……いいわ。その依頼、私が引き受けましょう」


 マリアンヌ様とは教会に足を運んでいただいて時に何度か顔を合わせており、私の顔とディア様を覚えていてくれたようです。私の話を聞いて思案し、その場で引き受けると宣言してくださいました。


「あの、よろしいのでしょうか? 正規の手続きを踏まなくても」

「大丈夫よ。私が引き受けると言えば手続きなんて後からどうとでもなるもの。……それよりも、あの《治癒の神童》が急ぎの案件という依頼が気になるわね」

「ありがとうございます! こちらがディア様が書かれた書簡になります。それとこちらが依頼料です」


 ディア様は食糧が森で普通に採れるはずなのにコボルトが食糧を求めて人里を襲っている状況は異常で、何かしらの原因があると考えられているようで、清掃戦でコボルトの生息域に踏み込んだ村人がその何かに襲われる可能性を考慮して《聖女》に依頼を出したのです。


「なるほどね。私の護衛も精鋭を連れていきましょう。その何かに遭遇した時にその場で駆除できれば脅威も去り、被害の拡大も防げますから」

「私が言うのもなんですが、それはあくまでディア様の推測ですよ? 何もないかもしれませんけど……」

「なら楽な依頼だったとありがたくお代をいただくだけね。そうであればいいのだけれど……」


 とりあえずは内容も確認し、引き受けていただけるようなので私はディア様の試験が終わるまで大聖堂を離れて知見を広げるために王都の観光を始めようとしました。ですが問題が起こる時は重なるようで悪い知らせがすぐに届きます。


「おい! 開けてくれ! スタック町で大火災が起きた!」

「―――ちょっと話を聞かせてもらえませんか?」


 私たちの町で火災と聞けばディア様が試験中だからこそ、私も動かねばという使命感にかられます。話を聞けば教会から出火し周囲の建物に何件か燃え広がったのは確実のようです。残念ながら男は急ぎ早馬で駆けてきたのでその後はどうなったか知らないようですが、教会が燃えておりディア様も不在のため一番近い教会が王都ということでここへとやってきたようでした。




 教会からの出火ということでセシリアさんを心配した私は、早馬を駆りてスタック町へと急いで戻ることにし、聖女選抜試験が終わった後の帰りの護衛を再びガラクたちに頼んで、私は自由に使うようにと渡された金貨3枚を先ほどの男が助けを求めた《聖女》への依頼に金額を上乗せをしておきます。


「すみません、ディア様をお願いします」

「金さえもらえれば俺らはそれでいいさ」

「いいさ!」

「そういう人の方が信用できます。では私は先に……」

「おっと待ちな」


 二人にディア様を任せて私は一目散に町へと戻ろうとすると待てと止められました。


「あの、急いでいるんですが」

「あの嬢ちゃんに護衛を頼んであんたはなしか? コボルトも増えてるらしいしな、ホープを連れていけ。これでもコボルトくらいなら一人で倒せる」

「オレがお前を護衛してやるよ!」


 親子で護衛の仕事をしていますけどホープがまったく戦えないわけではなく、背中を預けられる信頼できる者だから組んでいるようです。コボルトが群れになっていようが相手にしようとしたガラクがディア様に付いてくれるならわたしとしてはどちらでもよいので提案を受け入れることにしました。


「ガラク殿が腕に自信があるのはあの村でわかりましたし、ありがたくお願いさせていただきます」

「じゃあ、オレも馬借りてくる! それじゃいってくるな、とーちゃん」

「ああ。気をつけてな」




 私たちは馬で街道を駆け抜けていきます。立ち寄ったあの村にまずは着くと違和感を覚えました。


「……血の匂い」

「まだ襲われたばかりのようだぜ!」


 地面に残る血痕が乾ききっていないことからそんなに時間が経っていないようなので、急いではいますが助けられる人がいないか探すことにしました。


「姉ちゃんこっちだ! まだ生きてる!」


 ホープに呼ばれて駆け寄るとそこには腕に斧が刺さったまま倒せている血まみれの男がいました。


「意識はありますか? 一体何が……」

「あ。……う、……逃げろ」

「―――まずはこれを飲んでください」


 意識が朦朧としているようなので手持ちの聖水を飲ませます。斧は引き抜くと出血がひどくなりそうなので可哀想ですがそのままにさせてもらいました。


「はぁはぁ……、ありがとう。助かった、だがお前らも逃げろ。見たこともない巨大なコボルトに襲われたんだ。あいつは俺を襲って食料を奪うと去っていったがまだ近くにいるかもしれない」

「ディア様の予想通り、何か起こったみたいですね。……とりあえず、あなたは治療を。マリアンヌ様がもう少ししたらいらっしゃるのでそれまでなんとか生きてください―――」


 男が話せる程度まで体力が回復するのを待って何が起こったかを聞きました。そして私は彼を励ます中でディア様が言ってた言葉が頭をよぎりました。


『エリス、毒も薬も使いようだよ。もし一刻を争うような人が私の前に現れて、対応できませんと他の教会を紹介したとしたらどう? そこに辿り着く前に死んでしまうとは思わない?』


 まさに今そういう状況なのではないか? そう思うと自然に体は動き、鞄の底にしまい込んだ薬を探して取り出していました。それは石蛇草という毒草からつくられた毒の軟膏、塗ると石化してしまう毒物でした。


「斧を抜いて止血します。命も腕も、失ってさえいなければ《聖女》のあの方なら直せるはずです」


 このまま斧が刺さったままでは移動もできず、ただのコボルトにでも襲われたら殺されてしまう。それどころか、出血によりもっと早くに死んでしまうかもしれない。そう思うと覚悟は驚くほど速く決まり、ホープに腕の斧を抜いてもらい軟膏を塗ります。すると次第に効果が表れ、傷口から石化が始まり肩まで石となっていきます。


「おいっ! 腕が石になってきてるけど薬を間違えたんじゃないのか!?」

「問題ありません。ディア様と実験を行い安全性は確保されています」


 塗布する量も問題なかったようで、きちんと腕が固定され血も出てこないことを確認して包帯を巻きました。


「このような事態まであなたは見越していらしたのですね。……ありがとうございます」


 ディア様の慧眼に私は感嘆し、彼を無事に助けられそうなことに安堵します。―――それは私が誰かを見殺しにして後悔するという事態を回避させてくれたことも意味し、ディア様に感謝しました。




「もう村には人もコボルトもいないようだぜ?」

「そうですか。ならこの方を放置するわけにもいきませんし移動しましょう。他の村人たちはどちらへ避難されたのですか?」

「離せ! 助けてくれようとしている事には礼を言う! だが、オレはここで村を守らなければならんのだ!」

「先ほども申し上げましたが、もう少ししたらマリアンヌ様がいらっしゃいます。そしてその護衛に腕利きの騎士を連れてくるとおっしゃっていました。あなた方の話していらしたコボルト清掃戦、それに参加するために」


 私が清掃戦の話をすると《治癒の神童》と共にいた付人だと思い出したようで、《聖女》が来る目的を話したところで男の目に光がようやく宿りました。


「そうです。あなたが命をかけて守らなくてももういいのです」

「そう……、なのか……。だが、なぜあの少女ではなく《聖女》様が……」

「その話は村を離れてから道中でお話します。ここはまだ危険ですので」


 ディア様の素晴らしさとともに、彼女がこの村を助けてほしいと《聖女》に対して依頼を出したことを伝えると、昨日の無理な引き留めを悔いているようでした。もし村の方が清掃戦を強行した場合、ディア様は恐らく同行されたでしょう。けれどその場合、聖女は動かず、コボルトたちも徹底抗戦となるため犠牲も大きかったはずです。


「今は命の無事を喜んでください。その方がディア様も喜ばれます」


 男を村が見渡せる小高い丘へ連れていくと、避難していた村人に引き渡しました。そして、男にした説明と同じ内容を村長に伝え、再び馬を走らせてスタック町へと私たちは向かったのでした。




 着いたのは日の沈んで数時間ほど過ぎた頃で、―――私の目の前に広がる光景はまさに火の海でした。


「……数件ではなかったのですか? これはあまりにも酷い」

「町の半分以上はいってそうだな」


 早馬で半日、大聖堂で大火災の報せを聞いてからなので恐らくは丸一日は経っているはずなのに、火は家屋を焼き燃え広がり続けていました。


「エリス!? どうしてお前がここにいる! ディア様の選抜試験はどうした!」

「ディア様を大聖堂に送り届けた後、この町の火災を知り戻った次第です。ディアさまはまだ聖女選抜試験を受けられているかと」


 私を見て怒り狂う町長にうんざりしながら事務的にディア様のことを伝えます。宥める町民をよそに会話が出来そうな人物を探すとディア様のご両親を見つけました。


「エルデさん、ケイトさん、ご無事で何よりです」

「ええ、ありがとう。あなたはセシリア様を心配して戻ってきたのかしら?」

「はい。教会が火元だと聞き居ても立っても居られませんでした」

「あの方ならあちらのテントでケガ人の救護をされてますよ」

「ありがとうございます。ディア様には護衛のガラクが付いています。試験が終わったらすぐに戻ってこられると思います。失礼します」


 私は二人に礼を言って教えてもらった場所へと向かうと、簡易なテントでせわしなく働くセシリア様を見つけました。


「よかった。無事だったのですね」

「ええ、私は大丈夫ですが町は酷い有様です。消化と救助にあたっている人たちが負傷しています。あなたはそちらへ応援をお願いします」

「そちらの救急箱は持ち出してもよろしいですか?」

「問題ありません。それは予備です―――」

「わかりました。では行って参ります」


 大切な人の無事を確認し、私はすぐに自分の為すべきことをするために行動を開始しました。ここにディア様はいない。小さな傷ですら簡単には治らないのです。


「あなたが無事に試験を終えて戻られた時には全てが終わっているように私が……」


 そんな決意を胸に、可能な限り最小限の被害で抑えるために消化活動の状況を見ながら町民から逃げ遅れた人がいないか尋ねながら町中を駆け回ります。


「―――強くなりましたね」


 そんな言葉が去り際に聞こえた気がした。けれど、本当に強いのはディア様だ。彼女は常に最善を探し、その結末に辿り着けるように日々努力している。私は彼女の横に並べるような人でありたいと、今の自分にできることを必死にやっているだけなのだから。


「姉ちゃん! あっちの家に子どもが残ってる!」

「ありがとう、ホープ。すぐに行くわ。―――これでよし。すみません! あそこのテントでもっとちゃんとした治療をしてもらえるのでどなたかこの方を連れて行っていただけませんか!」


 助け出されたばかりの動けない人に消毒をして包帯を巻く。もうすでに何度この作業を行ったかわからないが、それでもやらないよりはマシだと自分に言い聞かせて丁寧に処置を行う。声を張り上げて助けを呼び、応急処置をした女性のあとのことを近くの人に任せてホープの指さした方へ走り出します。


「それで、その子どもはどこ?」

「一番奥の部屋だと思う! 裏手に回った時に中から微かだけど声が聞こえたから!」

「消化は待てなそうね。私が行くからホープは誰か呼んできてから出口の確保をしておいてもらえる?」

「わかった!」


 もう何時間経ったかもわからない持久戦、疲労に鞭打ちを打って気合を入れ直す。どうやらこの家は燃え移ってまだ時間が経っていないようで、火災が広がっている大通りから少し離れているせいで周りの人たちは気付いていないようでした。


「だいじょうぶ、大丈夫……、火に飛び込むのは怖いけど、後悔するほうがもっと怖いから」


 自分に言い聞かせて火傷痕のある左腕を握りしめます。ディア様は私を救ってくれました。それは命をではないけれど、それと同等に大切な人生をでした。《治癒の神童》と言われ天狗にならず、その力でもっとたくさんの人を救いたいという彼女の想いを私は共有しているのです。


「よし、―――いこう!」


 木造の家は燃え広がるスピードが速く、中はすでに炎に包まれていました。私は鞄からタオルを取り出して口を覆い、できる限り煙を吸わないように低い姿勢でホープに教えてもらった左奥の部屋を目指します。


「っ!!!」


 途中で燃えた木片が落ちてきて私の左腕を掠めました。思ったよりも時間がないことを心に留め、慎重に周りを見ながら歩みを進めます。


「あっ! エリスお姉ちゃん!」

「ほんとだ! エリスお姉ちゃんだ!」

「―――リッドにソラ、無事ですか?」

「うん! お姉ちゃんは助けに来てくれたの?」

「そうだよ。怪我とかはしてない?」


 そこにいたのは教会で働いているクロードさんの息子たちでした。二人は私の姿を見て安心したようです。


「お父さんは外で頑張ってるからお留守番してた」

「うん。外は危ないって!」

「そうなんだ。けど、ここはもう危ないから私と一緒に家を出ようね」


 私はドアの外を指さして見せると二人は泣き出してしまいます。なぜならリビングの中が見渡せないほど火の勢いが増していたからです。泣き喚く子どもを二人も連れて火の中を進むのは自殺行為だと考え、抱えて走るしかないと腹を括ります。


「……ディア様、ごめんなさい。後のことはよろしくお願いします」


 私は覚悟を決めて石蛇草の軟膏を手足に塗り、丸薬にしたものも一気に聖水と共に飲み込みました。これで火の中で何が起きても私は平気なはずです。その後、全身が石になるでしょうがマリアンヌ様が治してくれることを信じることにしました。





 ―――それからの事はあまり覚えていません。目が覚めた時にはディア様が私に泣きついていたのだけは覚えているのですが、その前後の記憶が曖昧で、ここからは色々な人から聞いた内容となります。


 ディア様は聖女選抜試験の一日目に行われた学科、実技ともに優秀な成績を残されたらしいです。―――けれど、この町を支えてきた大聖堂が燃えていることを知ったディア様は二日目の最終面接を辞退してガラクと共にこの町へと戻り人命救助に尽力されたようでした。




「……ディア様! ―――ディア様!!!」


 体力が戻り、私が動けるようになったのは火災発生から三日目、完全鎮火した直後でした。そして、同時にディア様が倒れたという話が町中に流れ、軋む体でディア様の元へと駆けつけました。



 火事はあれからも広がり続け、彼女は動けぬ者がいると聞けば火の粉の中にも飛び込んで治癒を施していたようです。急患で運び込まれる患者の対応も寝ずに行い、誰一人死なせることなく、火傷も残さない治療をし続けた彼女の体はボロボロで、至る所に火傷の痕が残り、精神力が尽きて―――ついには倒れたのでしょう。


「多くの命を救ってきた貴女がここで死んでしまっては救われた者たちは、―――体は救われても、心は一生救われないではないですか!」


 ―――けれど、彼女を助けられる者はこの場に誰もいません。多少の知識を付けた程度ではどうしようもない現実に、私は無力を呪いました。


「そうです! 石蛇草で石化させれば!」

「やめておきなさい。この子を殺す気ですか」


 私は明暗だとばかりに鞄から毒草を取り出そうとすると背後から腕を抑えられ止められました。


「まったく。あれほどの代金を受け取ってしまったのに何もせずに帰っては《聖女》の名折れ。これくらいは私にさせてください」

「マリ……アンヌ……様?」

「はい。この私、《聖女》マリアンヌが来たからには安心なさい。というより、来るように仕向けたのはエリス、あなたですよ?」

「夢でも何でもいいのでディアを、ディアを助けてあげてください!」


 《聖女》マリアンヌ様が都合よく現れたという目の前の現実を私は理解できず、私は必至で縋りつくことしかできませんでした。マリアンヌ様の力により傷も消え、健やかな寝息を立てるディア様を見てようやく私も落ち着きます。


「ディア様を助けていただきありがとうございました。それと、さきほどは大変失礼しました」

「大切な人なのでしょ? これからもこの子と変わらぬ関係でいてあげてくださいね」


 マリアンヌ様のその言葉を聞いて、聖女選抜試験を途中で抜けてきたディア様は間違いなく不合格となっているだろうということを思い出しました。


「やはりディア様は《聖女》にはなれないのでしょうか……」

「あなたのせいではありません。このディアという少女が選んだことです。それに、試験など私の権力でどうとでもなりますし、そういう話ではないのです」

「……それは一体どういうことですか?」


 言っている意味を理解しようとしても理解できず、マリアンヌ様に訊ねます。


「すぐにわかります。それと、あなたに貰った金貨3枚、そのうちの2枚は保留としておきましょう。まったく、―――この者に《王都の聖女》の座を与えたかったものです」


 去り際のマリアンヌ様の言葉の意味を知ったのはその数日後でした。あの大火事で無理をしたためか、ディア様から治癒の力が消え失せていたのです。―――この日から、彼女を《治癒の神童》と呼ぶ者はいなくなりました。





 それから数十年の月日が流れました。


「大丈夫ですよ、エリス。治癒の魔法がなくても人を救うことはできます」


 治癒の力を失ったディア様はそう言ってすぐに薬学を本気で学び始めました。『これはあの時の金貨2枚分よ』と書かれた手紙がマリアンヌ様から届き、王都にある国立アカデミーへの私たち二人への推薦状が一緒に入っていました。そこでディア様は功績を残したことで国の援助を受けるようになり、ついにはディア様は国一番の薬師として人々を救う存在になられたのです。


「あ、ディア様。そこの石蛇草取ってくれます?」

「……この草も懐かしいですね。エリス、私は《聖女》になれなくて本当に良かったと思います」

「なぜです? 最終面接まで残られたのですよね?」


 聖女になれはせずとも、難関とも言われる筆記・実技試験を突破し、町の人の命を全て救いました。その実績だけで例え治癒の力を失おうとも、十分に聖女と呼ばれてもいい実績だと私は思います。けれど、彼女は自虐的な笑いを浮かべながら当時のことを話し出しました。


「ええ、ですが実技試験で明らかに私よりも凄い力を見せられて、やはり私は《聖女》と呼ばれるような器ではなかったと知ったのです。私は町の火災を知り面接を辞退したのは、一刻も早く駆け付けたかったのもありますが、《聖女》という不相応な称号から逃げたかったのです」

「……どうであろうと私はディア様を尊敬しています。憧れています。だから―――、いくらあなたが嫌だと言ってもプレイベート以外ではディア様と呼ばせてもらっているのです」


 もう何度目になるかわからない政府を私が言うとディア様は諦めて私に石蛇草を渡して自分の作業を再開しました。


「……大人になれば只の人になるような私には元神童という言葉が相応しいのだと思います。それにあの時の私には力がありましたが、エリス、あなたにはありませんでした。それなのにあれだけの大立ち回りは……、私を《聖女》と言うならあなたは《英雄》ですよね?」

「いや、あの時はディア様の付人として恥ずかしくない立ち振る舞いをするのに必死で……」

「ふふっ、冗談です。ただの思い出話ですよ」


 時は経ち、私たちはもう子どもと呼べるような歳でもなくなりました。あの頃にディア様が呼ばれた《治癒の神童》という呼び名は名実ともに元神童へとなり果て、その付人だった私は《ディア様の付人》として今もともに人々を助けたいという彼女の想いと共にあります。


「そうですね。これも思い出話なのですが。ディア様、けれどあなたは確かに治癒の力を持ち、その力で多く人を救っていらっしゃいました。私もその救われた一人です。―――《治癒の神童》に確かに救われたのですよ」


 神童、その期待を込められた言葉を背負わされた彼女は立派に責務を果たしたです。元、と付こうがその当時は町中が彼女が《聖女》になることを期待し、それに応えようと頑張っていたのを私は隣で見てきました。そして、その努力によって救われた命も確かに存在するのです。


「ちなみに今、貴女がなんと呼ばれているかご存じですか?」

「知ってますよ……、《治療の神》ですよね? 《聖女》ですら直せない難病すらも完治させるとかなんとか言われてますけど今代の聖女様が知識不足なだけでしょうに」


 当たり前のようにいう彼女は治癒の力が使える時から勉強を怠らりませんでした。知識がなければ効率的に癒せないと神童の時から言っていました。そして、治癒の力すらも不要な医薬技術を確立させたのです。


「今なら貴女が《聖女》を名乗っても文句は言われませんけどどうです?」

「冗談を。私はただの薬師、それで充分です。それに薬ならほとんどエリスも作れるではないですか」

「……それもそうですね」

 

 只の薬師となった元神童と、只の人だった薬師の私は共に薬を続ける。


「ディア、あなたの付人で私は充分なんですよ。神童の付人でなくなっても、高名な薬師でなくても、一緒に同じ景色を見たいだけなのですから」

「知っています。―――貴女も誰かを救っていますよ。少なくとも私もエリス、あなたに救われていますから。そのことは覚えておいてくださいね?」


 ディア様はしてやったりという言葉が聞こえてくるような笑顔でウインクを私に投げます。


「まったく、貴女は傷や病気だけでなく、無力を嘆いていた私の心まで救ってしまうのですから大した元神童ですよ」




 ディア様と《神童の付人》、のちに《神の付人》と呼ばれる私の物語はこれからも続いていくのでした―――。

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