第4話 タンカ・ラップでYOチェケラ【原案】
私立超道芸高校、ここは様々な分野で活躍する人材が日々、己のポテンシャルを高めて芸術と昇華すべく精進している学校である。
「お前らー! 放課後なのに集まってくれてクソありがとー! 今月も熱いバトルを見て一緒に盛り上がろうぜー!」
体育館の舞台の上でスーツを着てマイクを持った学生司会者がひたすら叫ぶ。
「じゃあ最後に問おう! 芸術とはなんだー!」
「「「ビッグバンだ!!!」」」
「「「うぉおおおおおお!!!」」」
すると静まり返っていた体育館は熱狂で大爆発した。アリーナの下にいるこれから始まる催し物を見に来た大勢の生徒が体操座りをしながらもそれに応えたのだ。最前列に座る俺は背中が震えたような気がした。
校訓である『明朗活劇』は、明るく自由に自己表現をしろという教えであり、ある教師が”自分自身が新たな表現者となれ”という意味を込めて『お前がビッグバンを起こすんだよ』と言い出したところこの掛け合いが生まれたのだった。
「そうだー! それじゃあYO! 第一試合、最初のビッグバンを起こしてくれるヤツらを紹介するZE☆」
「「「うぉおおおおおお!!!」」」
司会者が男女ペアの二組を左右から壇上へと招いた。今から始まるのは『混合ダブルス・タンカ・ラップバトル』というものだ。原則三十一文字で文章を作る短歌を、ラップ調にしてペア同士で戦う。勝敗は基本的にはノリでその場の雰囲気だ。
ダムダム……ダムダム……。
「届かぬか、ほれほれシュートしちまうぞっ! 牛乳飲んで出直せどチビ」
「っく! 身長差が憎い……。ガクッ」
「大丈夫、私が受けるわ! 古臭い暴言すらも低知能、牛乳だけで伸びるかバァーカ!」
「……これは負けね。降参よ。だってそいつバカだもの」
男たちが舞台から降りてフリーダムにバスケの1on1をしながら行っていたタンカ・ラップバトルは、壇上にいるパートナーの女によってあっけなく幕を引かれた。バカだと言われた大男は味方に裏切られたショックで落ち込み、どチビと馬鹿にした男から慰めを受けて友情が芽生えているようだった。
「女ってこえー……」
「ふん。弱みを見せるから後ろから刺されるのよ。てか、最前列で始まるの待ってたのに降りて後ろの方でバスケするとかふざけるなっての」
「いや、あれはフリーダムで笑えただろ」
「それは男子だけね。ほんとおこちゃまだわ」
隣で見ている女が俺の言葉に反応してつまらなそうにぼやいているが、あれはあれで面白かったと俺は思う。だから―――、見ず知らずの女だけど話しかけてみようと思った。
「……おまえさ、石田三成の旗印『大一大万大吉』って知ってるか?」
「それくらい知ってるわ。意味はたしか『一人が万人のために、万人は一人のために尽くす。そうすれば幸福になれる』だったかしら」
だが、女とまともに話したことのない俺はどう話しかけていいのかわからず、頭になぜか浮かんできた旗印について尋ねていた。
「ならこのタンカ・ラップバトルもわかるよな?」
「……そうね。ごめんなさい、私の方がおこちゃまだったわ」
「そこまではいってねーけどな」
「ふふっ、あなたのおかげで何が起きても楽しもうと思えたわ」
雰囲気だけで押し切った俺は、今ならタンカ・ラップバトルにも出てもノリだけでなんとかできるような気がした。ありがとう石田三成さん、ありがとう名も知らぬ隣の人と心の中で感謝する。
「提案だ、おまえやあんたをやめないか? 姓は
「っぷ! いきなりね。笑わせないでラップ調。私は
試しに会場で流れる音楽に合わせてラップを刻んでみると五.七.五.七.七の三十一文字で会話が出来てしまった。そう、会話である。なんと彼女、織田杏子が俺に合わせて返してきたのだ。
「もしかして経験者か? 即興でその返しは普通出来ないだろ」
「いいえ。今日ここで、タンカ・ラップを生で見て、初めて詠んで返してみたわ」
「……マジかよと、俺の常識壊れてく、
俺たちはその後もタンカ・ラップを交えながら会話を続けた。どうやら杏子は俺と同じ一年生で、入学式の時に出会った憧れの先輩がこの大会に出場するという情報を得て会いに来たようだった。
「次は前大会の優勝チームで今大会のシード枠、『レッドブルドッグ』の二人だー! みんなビッグバンで迎えろー!」
「「「うぉおおおおお!!!」」」
「「「きゃぁああああ!!!」」」
第一回戦が終わり、第二回戦から参加する二人の登場で盛り上がりは最高潮に達し、野太い悲鳴と同じレベルで黄色い悲鳴も聞こえてきた。
「誠也様の人気はさすがね。水を得た魚のように女の子たちがはしゃいでるわ」
「もう何いってるかわかんねーな(笑)」
「あら? 勝治郎はそれがいいって言ってなかったかしら」
「まぁ……、それはともかく杏子は誠也目当てじゃないのか?」
この学校の生徒会長、
「てことは相棒の副会長様か」
「そうよ。―――始まるわよ」
副会長の
「先行は『電卓の騎士』からだー! では試合開始っ!」
「男女ペア、この混合戦であんたたち、なんで出てるの? 関係は何?」
「暇だから、出ろと言われたただそれだけね。けど誠也には理由あるかも。―――はいどうぞ」
「さんきゅ。ところでさ、なんていうかさ、近くない? キミはそいつと付き合ってるの?」
やる気のない美里が電卓の女からのタンカ・ラップに応じ、そのままマイクを誠也へと渡して質問をし返す。それを聞いた俺を含めた一部のものはご愁傷様と心の中で手を合わせた。
「ちょっと、なんで急に可哀そうな顔してるのよ」
「いや、だってあいつら付き合ってるんだろ? だったら多分次で終るよ」
誠也から距離感の指摘を受けて相手の男が愛を語る。あの誠也なら心を抉るようなフレーズがくる⋯⋯。俺たち男は明日は我が身と身構え、女たちは絶対に同じ轍は踏まぬと戒めの覚悟を持って誠也の言葉に備える。
「そうなんだ熱愛なんだ、けどその子、オレに告白、まだ気があるよ」
「―――そ、そんなわけ、あるわけないわ! 誠也様、愛してるのよ! 何を根拠に」
「オレが好き、伝えたいなら出てこいYO! タンカ・ラップで受けてやるとね」
「―――っ! ……誠也様は私の気持ち、受けとってくれるの?」
「いらないや。だってソイツの女だろ? なにを今更、言っているんだ?」
「いつものね。誠也が好きな女の子、公開処刑に憐れな男」
これが望杉誠也という男だ。凄くモテるが相手にしない。告白するならタンカ・ラップで受けると公言し、有言実行で完膚なきまでに潰す。男女ペアの混合ダブルス・タンカ・ラップにおいて自然と恋仲になる二人は多い。けれど、好きだった誠也が目の前にいてタンカ・ラップなら告白を受けると言われているならどうだろう。
「な? 基本的に女がタンカ・ラップをやる理由なんて誠也目当てだ。男女の間に恋愛感情が少しでも芽生えたなら簡単にやられるんだよ」
「なかなか性格悪いわね……」
「だな。下心なしか両想いでのラブラブな関係じゃないと相手になんねーの。混合ダブルスなんていうのは誠也が作ったものだしな」
お互いに心に傷を負って退場していく『電卓の騎士』の二人を見ながら俺はこの『混合ダブルス・タンカ・ラップバトル』について杏子にあれこれ説明していた。
「ちょ、なんだなんだ!」
「停電? ちょっと、変なとこ触らないでよ!」
すると突然、体育館の照明が落ちて周りが騒ぎ出した。
「今大会、オレは予選を見てもう満足した。だからもう終わりにしたいと思うが気になる二人を見つけてね。最後にやりあいたいと思う」
誠也の飽きたとも取れる自由過ぎる言葉に耳を傾けるとエキシビジョンマッチをしたいという宣言で、このままお開きでないことに観客が沸く。
「何が始まるのかしら」
「なんでもいいんじゃね? 面白ければ―――うわっ!」
他人事のように次の催し物が始まるのを待っている俺たちをあざ笑うように、いきなりスポットライトで照らされた。
「実はこの体育館でのみんなの会話はオレに筒抜けでね。盗聴器が床下に仕込んであって面白そうな会話は逐一にオレの耳へ届いていたのだよ」
「盗聴、趣味悪い」
「オレは生徒会長だから何をしても許されるからな!」
容姿端麗、学業優秀、性格最悪。人を馬鹿にする下種野郎という以外は完璧。そんな望杉誠也という男は塩対応な竈門美里を溺愛している。だたし、美里は便利な男としか思っていないが。
「でだ。面白いものが聞こえてきてね。どうやらその男女はタンカ・ラップで会話しているようだったのさ。―――そう! 場所の特定をしたらそこの二人だとわかったので舞台へ招待することにしたのさ!」
「いろいろと酷い、職権乱用、こいつに代わってごめんなさい」
「上がって来いよ、浅香勝治郎、織田杏子!」
「この短時間で名前まで調べてるとかほんとキモ」
罵りながらも楽しそうだからという理由で望杉誠也に協力しているのが竈門美里という女である。『レッドブルドッグ』というチーム名は、面白いものには全力で噛みつくブルドックの誠也と、それに翼を授ける美里という意味が込められているという記事を定期購読している一冊300円の月間生徒会マガジンで見たことがあった。
「で、どうする? いくしかなさそうだけど」
「あの人たちは玩具を見つけたら満足するか壊すまで手放さい。なら全力で受けてたとう」
「私、タンカ・ラップバトルなんかやったことないけど……」
「俺もねーよ。さっきのだってなんとなく形になればと必死だったし」
とっと終わらせる。方針だけ決めてあとは即興で対応することにして二人で舞台へと登った。
「いらっしゃい、YO! YO! チェケラ! YO! チェケラ! 楽しんでくれ楽しませろや!」
「なんすかね。俺たち二人、初対面。連携なんてとれないっすよ」
「あなたたちタンカ・ラップで会話した。すでに心は繋がってるわ」
誠也がタンカ・ラップを仕立ててマイクを俺に投げてきたので試合は始まっていると認識して受けて返す。
「チャンスだぜ? オレがクズだと言ってみな。今なら聞くぜ? お前の本音」
「───釣り上げて、いい度胸よね舐めてるの? 大舞台ならノってあげるわ」
「相棒がそう言ってるしすみません。またの機会に潰してやるよ」
「はーはっはっは! お前らおもしれーな! ⋯⋯いいぜ?
俺たちのもっと大きい場所でやり合おうという先送り戦法に見透かしながらも大笑いし、全校生徒に教師、来賓を巻き込んで大舞台を作ると返された。
その日から俺、浅香勝治郎と織田杏子の関係は名前の知らぬ同級生から変化した。
「行こうか相棒」
「カッコつけw ダサいしやめて似合ってない。わたしのバディは普通でいいわ」
俺たちの関係は恋人ともパートナーとも違う気がして”バディ”とお互いに言うようになった。それは俺と杏子の関係がタンカ・ラップだけで繋がってる存在で、会話が自然に繋がれるコイツなら失敗しないという安心感、そして『レッドブルドッグ』と引き分けて生還したという実体験から来ているものだ。
「うっせいわ。なんだよアレはセンスのない。ふざけてんのか『あのさー王』とか」
「あのさー、どうせ私たちの戦いは反論しかできないんだからいいじゃない」
「まぁ、もうチーム名登録もしちまったしウダウダ言ってもしかたがないけどな」
「じゃあ最後に問おう! 芸術とはなんだー!」
「「「ビッグバンだ!!!」」」
「「「うぉおおおおおお!!!」」」
そうこうしていると舞台袖で待機する俺たちの耳へとあの雄たけびが聞こえてきた。
「それじゃ、ビッグバンを始めましょうか」
「ああ! 作戦はいつもどおり、即興で思い付いくままに返すでいいよな!」
杏子が頷き俺たちは即興の表現者としてステージ中央へと歩き出す。―――『大一大万大吉』の空間を俺たち全員で作り上げるために。
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