第23話 それっぽい話と、うそっぽい話


 魔王は、私をテーブルのところまで運ぶと、そっと降ろしてくれた。


 椅子も引いてくれたのだけど、近くで待機している侍女達からどよめきが聞こえた。


「誰かのためにあんな事までなさるなんて……」


 魔王はよっぽど、普段は何もしないらしい。


「フフ。皆驚いていますよ?」


「言わせておけ」


 彼も椅子に座ると、それを合図にしたように、侍女達がお茶会のセットをテーブルに並べ始めた。


 軽食やお菓子が出そろった後、お茶は、パピーナが淹れてくれた。


 いつものようでいて、だけどいつもよりも、よそよそしい。


 そして私の側ではなく、少し離れた所に下がってしまった。




「さて……本題の前に聞きたいことがある」


「え、何でしょう」


 何か雑談でもするのかと思っていた。その後に、私の封印について聞けるのかと。


 だけど、私に聞きたいことなんてあるのだろうか。



「お前の母は、魔族ではないか?」


 あまりに脈絡のないことを聞かれると、すぐさま反応できないものだなと思った。


 首をかしげて、十分にその言葉を反芻はんすうしてから、ようやく答えが出て来るほどに。


「いえ……人間だったかと」


 ただ、魔王城に居る魔族達も人間と変わらない気がしたので、果たして厳密に聞いたことのない事だから、それが正しいかどうかは分からない。


「ならば、今はどこに居る?」


「それは、私も知りたいんです……四年前に、私を置いて出て行ったので」


 楽しい気分が、どこかに行ってしまった。


 忘れようとしていたわけではないけれど、思い出したいことでもない。


 どうして私を置いて行ったのか、寂しい時には、その見えない理由を悪く考えてしまうから。


 ずっと前から、私が邪魔だったのかな、とか。



「四年か……。ちょうど、お前の父親に戦争をけしかけられた頃だな。魔族領を離れている者どもに召集をかけた」


「何の話ですか?」


 この話は、繋がっているのだろうか。


 ……だとしたら、それって。


「お前に良く似た将軍が居るんだが、そいつは放浪癖があってな。戦が無い時は、持ち場である辺境砦を離れ、人間に紛れて好き勝手に生きているようなやつなんだ」


「……私に、似ているんですか?」


「ああ。よく、エルフと間違われるような美貌をしている。が、いかんせん適当な女でな。まさかとは思ったんだが……近いうちにここに呼びつけてやるから、確認するといい」


「え? え? それって、私のおかあさんなんですか? 私とどのくらい似ていますか?」


 私は身を乗り出そうとして、だけどティーカップに手が当たりそうになったから、ぐっとこらえた。


 おかあさんが、魔族の将軍?


 そんな話、一度も聞いたことがない。


 肌が白くて、細くて、綺麗で。戦争なんて似つかわしくない人なのに。




「瓜二つだとは言わんが……、あれを知る者がお前を見れば、ほとんどがその娘ではと思うくらいには似ている。そうだな、目元はそっくりかもしれないな」


「私とおかあさんも、目が良く似ているって……町の皆に言われてました」


 どういう事なのか、ほんとに頭が追い付かない。


 そんな話をするなら、その将軍さんを呼んでいて欲しかった。


 おかあさん……。


 私を置いて行った理由、ちゃんと教えてほしい……。




「それで、本題の方はそこから繋がっているんだが」


「本題って……」


「お前の封印についてだ」


「あっ!」


 完全に抜けていた。


 予想外過ぎる話を聞かされて、すっかりと。


「なぜ封じたのか理由は分からんが、お前に施された封印は意外と簡単に解ける。俺ならば……という大前提だが」


「え? じゃあ早く解いてください。私も、パピーナみたいに人のためになる魔法が使いたいです」


 すぐに教えてくれるのかと思ったら、なぜか魔王は一旦、お茶をすすった。


「も、もったいつけないでください。焦らすなんてズルいです」


「一応、断っておくが……。俺を責めるなよ?」


「なんで私が、封印を解いてくださる魔王様を?」


「ふぅ……。まあいい。その方法というのはな――」


「――いうのは?」


「封じた者よりも強い魔力を持つ者と、交わることだ」


 ――マジワル?


「えっ? そ、それってつまり、その、えっちなことを……?」


「そうだ」


 うそくさい……。


 そう思う感情の引いたままに、魔王をじっっとりと見た。




「おい、その軽蔑の眼差しをやめろ。嘘ではない」


「うそだぁ」


「チッ。だから話す前に、俺を責めるなよと言ったんだ」


「ほんとですかぁ? ほんと~に、うそついてないですぅ?」


 こんなの、えっちしたいから出まかせを言ってたとしても、私には分からないし。


「はぁ……。だがその証拠に、あの夜お前に求められてキスしたせいで、中途半端に魔力が流れ出しただろう。だからお前は、眠気がしばらく取れなかったんだ」


「あれは、疲労で倒れたからじゃ……」


「そこに、淀んでいた魔力が流れ出したから余計にだな」


 ――えっと、なんで魔王は、キスした夢を知っているの?


 えぇっ?


 もしかしてあれは……。


 夢じゃなかったってこと?




「魔王様。その夜ってもしかして……転移でお部屋に来られました?」


「ああ。起こしたくなくてな。無意味だったが」


 だからパピーナは気付かずに眠っていたし、扉に鍵が掛かっているのに入って……。


「もしかしてあれって、私、起きてたんですか?」


「フッ。さぁな? 寝ぼけていたんじゃないか?」


「ひぃぃぃぃ……。じゃあ、あれは……現実で、私は……」


 自分から、くちびるにキスしてって、おねだりした……?


「忘れずにいてくれたか? 俺は忘れるつもりはないが」


「あぁ……うそ。そんな……」


 もうダメだ。頭の中がめちゃくちゃになってる。


 ていうか、ていうか、私、そんなのって――。



「もう一度、キスしても良いか?」


 何を言っているのかなこの人は。


 でも、もうしてしまったなら、同じ……?


 いやむしろ、私もちゃんと受け止める時間が欲しいというか。


「えっ? えぇっと、その、どうでしょう……?」


「それとも、もう聞かなくても良い。という事か」


 この人、欲望に忠実過ぎない?


 人が混乱してるのに、グイグイくるんですけど?



「こ、心の準備が……」


「肯定と受け取ろう」


 ――ヤバッ。


 この強引さは、ちゃんと言わないとどんどん、なし崩しに受け入れちゃうやつ……。


 なんて思ってる間に、いつの間にか席を立って側に来てるし。


「手を取れ」


 あぁ、あれ?


 キスするんじゃなかったか。


 でも何で立つんだろう……。




 そしてその手を、疑問もなく取って立たせてもらったのが間違いだった。


 魔王は私の手を引いて立たせると、もう片方の腕を腰に回してきた。


 グイッと体を寄せられて、私は半分、つま先立ち状態だ。


 その誘導に逆らえなくて、体が、勝手にいう事を聞こうとしてしまう。


 ――あぁこれ、このままされちゃう形だ。


 ふわふわして力が入らないし、頭のどこかで、「もうすでに一度しているんだから」と、委ねようとさえしている。


 まるで、自分じゃない自分がもう一人いて、されるがままになるのを、求めているように。


 何なら、早く奪って欲しいとまで……。




「ま、待ってください」


 そういえば後ろの方で、パピーナも侍女の皆も、見ているんじゃ?


「嫌なら抵抗すればいい。俺は無理になどしない」


 魔王はそう言いつつも、私のあごに指をかけて、上を向かせている。


「うそつき……」


 ほんの少しの抵抗を察してなお、もう私の意志を確認してはくれなかった。


 私は――腰をぎゅっと抱き寄せられて、その力で戦意を削がれてしまった。


 嫌ではないし、好みのタイプだし、強引なのもキライじゃない。


 そんな人にくちびるを奪われるのは……私の中では、たまらなく心をくすぐるものなのだと、自覚してしまった――。



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