第22話 浮ついたお城と、お庭デート


 パピーナの言った通り、眠だるい感じで食欲も湧かず、昼食は部屋でとらせてもらった。


 半分起きていて、半分はまだ眠っているような。


 お風呂に入れば目も覚めるだろうかと、以前のように、パピーナに全てお任せ状態で入れてもらった。


 だというのに、体は随分とサッパリしたのに眠気が取れない。


 むしろ余計に眠くなったので、もう一度寝た。


 夕食の前には起こしてねと、パピーナに念を押して。





「どうした。随分と眠そうじゃないか」


 少し笑んでいるような、けれど気遣うような声だった。


 夢の中で、優しくしようと言ってくれたのを思い出して、そして諸々も一緒に思い出して顔が熱くなる。


 ――なんとか、夕食は一緒に食べたいからと、パピーナに無理にでも起こしてもらっての今だから、確かに眠いままだけど。


 どうしてもあの夢を思い出すと、胸がドキドキしてしまう。


 ましてや、今日はテーブルに花が置かれていたから、初めから「何か違う」と感じていたのも相まって。


 魔王の、私に対する行動も言葉も全て、無駄に気になってしまう状態になっている。


 その上、眠気で余計に頭が回らない。


「その……本当に眠くて……たくさん寝たはずなのに」


 せっかくの黒いドレスだから、ピシッと大人の雰囲気をかもし出したかったのに。


 良いところを見せたい、綺麗な姿を印象付けたい、という思惑が、最初から崩れてしまった。




「眠気が取れん、か。封印が半端に緩んだせいかもしれないな」


 落ち込もうにも、眠気が勝ってしまってどうでもよくなりつつあった所に、脳を弾くような言葉が耳に入った。


「封印が? やっぱり、私の封印って解けるんですか? 何か方法をご存知なんですか?」


 目が覚めた。この瞬間だけはさすがに。


「うん? ああ……知っているが……。今はよそう。明日になればその眠気も落ち着くだろうから、明日、教えてやる」


「え、どうしてですか? 今教えて欲しいです!」


 もったいぶらないで、という言葉は飲み込んだ。


 そういう判別が出来る程度には、頭の回転も戻っている。



「冷静に聞いて欲しいからだ。お前のためでもあるし、これは俺のためでもある。我慢しろ」


 魔王のため?


 話が全く分からない。


 魔法が使えるようになるなら、早く教えて欲しいのに。


「サーリャ様……魔王様は、いじわるで仰っているわけではなさそうです。明日になれば教えて頂けるそうですし、今日は我慢いたしましょう」


 それに、とパピーナは続けた。


「やっぱりまだ、眠そうではないですか。立ち上がろうとして立てずに、テーブルについた腕をぷるぷるさせているんですから」


 言いながら隣の席から立ち上がり、私の腰に手を回して支えてくれた。


「あ……ごめん。ありがとう。……魔王様も、すみません」


「そんなに気にしていたとは思わなかった。軽率だったな、俺も詫びよう」


「――えっ? い、いえ。とんでもないです」


 魔王が、少しであったとしても、私に頭を下げた――。


 まさかの行動に、私だけでなくパピーナも一瞬、目を剥く勢いで凝視したくらいだった。


「では、そうだな……明日の午後にでも、庭で話をしようか。風に当たるのも悪くないだろう」


 そう告げて魔王は、転移で姿を消した。


 言うだけ言って去ってしまうあたりは、相変わらずだなと思う部分もあるけれど。


「ねぇ、パピーナ。魔王って、もっと傍若無人ではなかった?」


「ええ……。驚きました」



  **



 次の日の午後。


 昼食は、お庭でお茶と一緒に軽いものをと、侍女や給仕の皆がいそいそと用意をしてくれていた。


 魔王が私とお庭デートをする。という話で伝わったようで、魔王城の全てが浮足立っていた。


 つられて私も、必要以上にドギマギとしている。


「ね、ねぇ。パピーナも一緒に居てよ。話が続かない気がする」


「何を仰るんですか。聞き耳は立ててもお側には居ませんよ」


 近くに居るなら、もう隣に居てよと思ったのだけど、平行線になりそうだからやめた。




 お城の敷地のほとんどを占めるのではという、このお庭。


 実際にはそこまでの規模ではないらしいけれど、全体像を知らない私にとっては、部屋の窓から見える敷地と言えば、花々が常に咲いているそれが全てだった。


 広く整地された芝と、草花がバランスよく配置されている。


 その一画に椅子とテーブルが置かれて、そこでお茶会をするらしい。


 魔王と、一対一で。


「私……会話なんて思いつかないから……」


 今からすでに緊張していて、頭の中は真っ白けだ。


 お城の入り口を背に、このまま扉が開かなくてもいいかもしれないと思い始めた時だった。


「おや、待たせたか」


「キャア!」


 誰かせめて、「魔王様がお出でになりました」くらい言ってほしかった。


 まだやっぱり怖いのと、夢のことを思い出したり、とにかく心臓が変な鼓動になっているような所に声がしたものだから、悲鳴を上げてしまった。



「すまんな。脅かすつもりはなかったんだが」


 ――そうか、転移で扉の前に出てきたのね。


 誰も気付かないわけだ。


「せ、せめて、後ろではなく前に出てきてください」


「ハッハッハ。次はそうしよう」


 転移を気安く使うのは、やめる気がないらしい。


「サーリャ様。頑張ってくださいね!」


 これが最後です。と耳元で、パピーナが小さくハッパをかける。


「……もう開き直ったわ。魔王様が話してくれることに返事をするだけにする」


「もう! お聞きになりたいことを何でもお話してください」


 ヒソヒソと話しているけれど、魔王には聞こえているのかクツクツと笑っている。




「さて、そろそろ散歩と行こうじゃないか。二人で歩くのは初めてだな」


 そう言うなり魔王は、肘を軽く曲げてエスコートしてくれるつもりらしい。


 私は「はい」と返事をして、腕を絡めた。


 ぎこちなくないか、変に力を込め過ぎていないか、色々と気になって足がもつれそうになる。


 それに、今日のドレスの感想を、まだ言ってもらっていないのも気にかかっていて。


 ――あれ。これって私、めちゃくちゃデートを意識してる?


 いや、せざるを得ない状況だったし。皆して浮ついちゃって。




「今日も綺麗だ。サーリャ。空のようなドレスも良く似合っている」


 その言葉に魔王を見上げると、ちゃんとこちらを見て、やわらかな眼差しを向けてくれていた。


「あ……。ありがとうございます」


 ここだけ切り取れば、素敵なデートの幕開けだ。


 だからこそ余計に、失敗しないようにと緊張してしまった。


 そして案の定、思っているより足が上がらなかったのか、つんのめった。


「おっと、歩くよりも抱き上げていようか? まだ万全ではなかろう」


「そっ、そそそ、それには及びません。昨日とは違って、割と良い感じですので」


 咄嗟とっさに断ってしまったけれど、またお姫様抱っこをされるのも……悪くないなと思ってしまった。


 頼りになる人に、身を寄せ預けてしまいたいと……急に人肌を恋しく思っている。


「まあそう言うな。お前にもっと、触れていたいんだ」


「ふぇっ?」




 ――なんとまぁ、私の理想通りになってしまった。


 一瞬で抱えられて、彼の両腕に、そして厚い胸板にギュッと、挟まれてしまった。

 魔王の温もりが、私の体に伝わってくる。


 優しく見下ろしてくる彼の目が、また満足そうで。


 ちょっと強引で、不遜な――だけど私を、大切にしようとしてくれているのが、伝わる。


 こんなことされたら、本当に、好きになってしまうかも……しれない。



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