第21話 夢の中のお見舞いと、できごと(2)


 ――随分と眠った。


 頭はまだ、眠気が半分ほど占めているけれど。


 意識が戻ったのが分かる。


 だけど、今は夜中に違いない。


 外も部屋も真っ暗で、ただ小窓から差し込む月光だけが、ぼんやりと部屋の一部を照らしているから。


 隣には、パピーナも眠っている。


 彼女の細くて小さな寝息が、ほんの少しだけ聞こえるのが私を安心させる。




 ――もうひと眠りしよう。


 起きたとしても、この魔王城で一人で過ごすには、まだ不安が大きいし。


 と、目を閉じた瞬間に、月光が遮られたような気がした。


 誰かが、入ってきた?


 扉は内側から、パピーナが鍵を閉めてくれているのに。


 今度は怖くて、目を開けなくなった。


 人の気配が、すると思ったら本当にそこに誰かが居るような気がして、なお怖い。


「サーリャ……少し、顔色が良くなったか」


 この声は……魔王。


 いつもより、随分ずいぶんひかえ目な小声だった。


「魔王、様?」


 そこに居るのが間違いなく魔王であるなら、もう怖くはないけれど。


「起こしてしまったか。夜中にすまん」


 声のトーンが一段強くなって、はっきりと確信できた。


「魔王様」


 声のする方に目を開くと、月光を後ろから浴びて、縦に半分だけが浮かび上がった魔王が立っていた。




「夕方にも、来ていただきましたのに」


 日に二回も来てくれるなんて。


「何を言う。お前が意識を失って、もう二日だ。休ませていたつもりが、よほど無理をさせていたらしい。すまなかったな」


 ふつか?


「私……そんなに眠っていたんですか?」


「ああ。パピーナが付いているから大丈夫だろうが……心配で見に来てしまった。すぐに戻る」


 そう言って頬に当ててくれた手は、大きくてゴツゴツしていた。


 指先まで鍛え上げられた、男の人の手。


「……あったかい、です」


 こんな夜中に、私なんかの様子を見に来てくれるなんて。


 だけど隣には、パピーナが眠っているのに。


 部屋に誰かが入って来て、この子が起きないはずがないから……これは夢だ。


「サーリャ。頬にキスをしても良いか」


 キス……?


 これが甘い響きに聞こえるのだから、妄想を夢で見ているらしい。


「ふふ……。わがまま、言ってもいいですか」


 夢なら、優しい魔王様に、してみてもらいたいことがある。


「なんだ?」


「ほっぺじゃなくて、くちびるに……してほしいです」


 どんな感じなのか、夢なら試してみたい。


「嫌ではないのか」


「イヤじゃ、ないと思います」


 パピーナの言った通りになりそう。


 体をギュッとはされていないけど、アゴをクイっと、指で持ち上げられた。




「……もはや、寝ぼけていただけだと言っても、止めはしないぞ」


 夢の中なら、大胆になれる。


「恐ろしいことを除けば、魔王様は……好きなタイプなんです」


「光栄な事だ。お前には、人一倍優しくしよう」


 かがんだ魔王の顔が、間近に迫る。


 息づかいまで感じる程、リアルに。


「嬉しいで――」


 ――最後まで言い終わる前に、くちびるを塞がれた。


 ……夢とはいえ、心の準備がほしかった。


 けど、少し強引にされるのは、むしろ好きなのかもしれない。


 これも自分の妄想なのだから。


 自然と腕を魔王様に絡めて、求めてしまう。


 心は迷っているようでも、体は私よりも素直だった。


 触れて甘えて、キスされていたい。


 ――なのに。




「あぁ……」


 意外なほど早く離されてしまった。


「……本当に寝ぼけているらしい。が、それがお前の本心であると信じよう。また来る」


 もう少し、初めての体験を感じていたかったのに。


 全てが思い通りにならないのは、夢だからか。


 ――行ってしまった。


 それに、転移で姿を消されると、後ろ姿を見送るという余韻がなくて……。


「さみしい」


 でも夢なら、こういうものかもしれない。


 次の瞬間には、暗転して場面も変わって、それから――。



  **



「サーリャ様……お目覚めになられたんですね。二日も眠っておられたんですよ。あぁでも、顔色もすっかり良くなられて。安心しました」


 ――あぁ、ほらやっぱり。


 寝込んでいる時には、妙な夢を見るものだから。


「……おはよう、パピーナ。寝顔をのぞき込むのは、やめてほしいのだけど」


「ふふ。私の特権ですから。それよりも、温かいスープをお持ちしますね――あれ?」


「なぁに?」


 ただ、さすがに起き上がるだけの力が入らない。


 視線だけでパピーナを追って、もつれかける舌で話すのがもどかしい。


「サーリャ様の魔力の流れ……良くなってますね。熱があったのは、そのせいだったのかもしれないですね」


 自分では、よく分からないけれど。


 何なら寝過ぎたせいで、体さえまともに動かないから。


 でも、魔力で何か出来るようになるなら嬉しい。


「……私の封印、解けたの?」


「あ、いえ……そこまでではないですけど。でも、流れが出来ていますね」


「なぁんだ。期待しちゃった」


 ――あれ。パピーナにもここまで甘えていたっけ。


 心の声が漏れてしまった。




「ふふ、すみません。でも魔王様に聞いてみましょう。封印を解く方法くらいはご存知でしょうから」


 自分の中で諦めきっていたから、いつもその話をしないまま忘れている。


 でも、流れが良くなったと言われたら、封印の話をするしかない。


「昼食に、魔王様も食堂にいらっしゃるなら聞いてみる」


「……歩けそうなら、そうしましょうか。一応、食事はこちらにお持ちするつもりでしたが」


 そうか、そうだった。


「む~。じれったいものね」


 我慢は慣れているけど、こんなにワクワクすることがなかったから。


 今はちょっと……早く知りたい。


「楽しみは取っておきましょう。いつでもお聞きになれるのですから」


 こういうところだ、パピーナが大人なのは。


「じゃあお風呂に入りたい。私のこと、運んでくれる?」


「それは良い案ですね! スープをお飲みになって、少し休憩したら行きましょう」


「ありがとう。嬉しいなぁ」


 力仕事も気楽に頼めるのは、パピーナだからこそね。


 でも、自分で歩けるのが一番だけど。


 ちょっと試してみて、ダメだったら運んでもらおう。


「サーリャ様が素直に頼ってくださるなんて、何か良い夢でも見られてたんですか?」


 スープはすでに、いつでも飲めるようにここで火にかけてくれていたらしい。


 パピーナはいつも通りに手際よく、すぐにベッドまで運んできてくれた。


「ありがとう。うぅん……あぁ、そういえば……何か――」


 ――あれ?


 意外とハッキリと……覚えているような?


「どんな夢ですか?」


「えぇっと……、うん、忘れちゃった。かなぁ……」


「え~。思い出したら教えてくださいね?」


「うん……そうねぇ」


 あんな夢、人に言えるわけがない。



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