第20話 夢の中のお見舞いと、できごと(1)



 思えば私は、そういうことへの興味自体は、そこそこあった方だと思う。


 人前でそういう話をするのは無理だけど、どんな感じなのだろうと、妄想もうそうすることはよくある。


 ……それもたった今、具体的な相手が出来てしまった。


 魔王という、ひとひねりで私を殺せる人。


 その縦長たてながの冷たい瞳で一瞥いちべつされるだけで、体が委縮いしゅくする。


 声がふるえないように、気丈きじょう振舞ふるまうのが精一杯な相手。


 その人に、この身をゆだねる妄想をするなんて。



 でも、それこそが私の求める最高のシチュエーションのように思えた。


 体が熱くて、目の前がチカチカするくらいに、今までで一番興奮する。


 ……やばい。ヘンタイかもしれない……。




「サーリャ様。ほんとにお熱があるじゃないですか。ベッドに行きますから、ちょっと失礼いたしますよ」


「あ、ぅ」


 今、変に体に触れられたら、変な声が出てしまいそう。


 でも、あっという間に抱えられて、ベッドまで運ばれた。


 そういえばパピーナは、魔法で体を強化出来るんだった。


「お夕食はこちらにお運びしますから、ゆっくりお休みください」


「うん……」


 あぁ、でも……魔王が夕食を一緒にと、言ってくれたのに。


「パピーナ……」


 約束をしたから、と言いたいのに声が出ない。


 ヘンなことを考えただけで、こんなになるものだっけ。


「こちらに連れられて、気の休まる時間がなかったせいでしょう。お疲れが出てしまわれたのです。起きて来ちゃダメですからね」


 ……なんだ、妄想し過ぎでクラクラしたのかと思った。


 熱、ほんとにあるんだ?



  **



 目を開くと、ベッドの上らしかった。


 自分が今、どこで何をしているはずだったっけと、記憶を辿る。


 ――午後のパンを焼く時間なのに、昼寝で寝過ごしてしまったのではと飛び起きた。


「うっ……」


 眩暈めまいがして、座っていられないと思ってゆっくりと、枕に頭を戻した。


 急に起きなければ良かった。


 目だけでなく、頭の中までグルグルと回って気持ちが悪い。


「サーリャ様! 急に起きられては……ほらやっぱり、お加減悪そうじゃないですか」


 ベッドの側に駆け寄ってくれたパピーナを見て、魔王城に居るんだったと思い出した。


 王宮でなくて良かったと、心底からホッとした。




「魔王様がお見舞いに来てくださいましたよ。お顔をごらんになりますか?」


 魔王……。


 そうだった。


 私の心が欲しいと、口説いてくれた人。



「うん……。あ、まって、変じゃないかな」


「まぁ……! はい、少しお顔色は悪いですけど、お綺麗ですよ」


 パピーナはそう言いながら、顔にかかっていた髪を耳にかけてくれた。


「ほんとに? それなら、お会いしたい」


 あんなに怖がっていたのに、自分でも現金だなと思う。


 今でも恐ろしいままだけど……でも初めて、私を大切に扱ってくれそうな人だから。


「では、お入りいただきますね」


 もうすぐその扉から、魔王が来てくれる。


 今見たら、それでもやっぱり身がすくむだろうか。


 それとも、気になる人として、胸が高鳴るだろうか。




「サーリャ。邪魔をするぞ」


「ど、どうぞ……」


 私の体を起こしていってくれなかったのは、このままで良いという意味だろう。


 無理に起きると、追加の眩暈めまいをもらいそうだ。


「パピーナから聞いた。どうやらお前を怖がらせていたらしいな。すまない。熱もそのせいかもしれんな。だが……恐れないでくれ。俺は、お前を傷付けたりしない。絶対だ」


 私を見下ろす魔王の姿を見ても、身が強張こわばるほどではなくなっている。


 緊張感――。


 でも、これはもしかすると……ヘンな妄想に登場させたせいで、意識しているからかもしれない。


「……はい。信じます」


 力でどうにでも出来る私を相手に、そこまで言ってくれるなら……きっと大切にしてくれる。


 そう考えると、これほど頼りになる人はいない。


 最も恐れるべき人は、味方になれば一番安心出来る人、ということだ。




「ようやく、お前の笑顔を見られたな。俺に微笑ほほえんでくれたのは初めてだ。嬉しいぞ」


 笑った――。


 魔王様の笑ったお顔って、不器用だけど……信頼のおける笑顔だ。


「魔王様のも、私、はじめてです。嘘のない、優しいお顔……」


 あれ、私ってもしかして、まだ夢の中なのかな?


 こんなに安らかな気持ちで、心の底から微笑んでいるって分かるくらい、魔王に愛情を向けているなんて。


 ここまで急に、心が通じ合うものなのかな。


「すまない、無理をさせたようだな。ゆっくり休め。ここはお前の居場所だから、何も心配をするなよ。俺がお前を守ってやる」


「ありがとう……ございます」


 私はいつの間に目を閉じたのか、魔王の声だけがうっすらと聞こえる。


 心地良い眠気の中に、今までで一番優しい、魔王の声が。



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