第19話 相談と、妄想と



 ドギマギしながら残りの昼食を頂いた後、パピーナの手を引いて急ぎ足で部屋に戻った。


 その扉を閉じるなり、少し息を切らしたままにパピーナの両肩をつかむ。


「魔王って……私のこと、どう思ってるのかな!」


 あの魔王の言葉を。


 私を口説きたいと言ったのは、本心なのかを。


「さ、さぁ……。魔王様に直接お聞きになるしか」


 じっと見つめる私から目を逸らして、パピーナは困った顔をした。


「ご、ごめんなさい。その通りよね……」


 パピーナに詰め寄ってどうするんだと自分で思い直して、パッと手を離した。


 だけど本当に聞きたいのは、それではないのだと気付いてしまった気がする。




「まずは落ち着きましょう、サーリャ様。お茶を淹れますね」


「う、うん……」


 うながされるままにソファに座り、パピーナのお茶を待つ間に質問の内容を考えることにした。


 ――私は、魔王の言葉を聞いて、嫌な気持ちにはならなかった。


 むしろ、まんざらでもない気分になった。


 もっとそういうことを言ってくれないかなと……期待してしまった。


 私を口説きたいと言ったのは、それはつまり、拾ってきた犬猫程度の扱いではなかったということ。


 魔族達でさえ恐れる魔王が、私を、少なからず想ってくれている?


 そんな風に、私の気持ちを尊重してくれるなんて……。


 考えてみれば、私を手紙一枚で置いて行ったおかあさんからして、誰も私の気持ちなんて考えてくれなかった。


 王宮に来いと言われた時もそう。


 言われるままに従うしかなくて、自分ではどうにもならない状況の中、悔しい想いを押し込めることしか出来なかった。


 力のある者には逆らえるわけがないし、怖い想いをせずに済むのなら、私はうなずいて、無理にでも納得するしかなかった。


 けれど……魔王は私を、私の心を振り向かせたいと言ってくれた。




「あんなこと言われたの、初めて……」


 物思いにふけっていると、いつの間にかパピーナがお茶を置いてくれていた。


「……口説いていると?」


「あっ。ありがとうパピーナ」


 どういたしましてと、彼女は私の正面に座った。


 そして同じようにカップを手に取り、私もお茶をひとくち飲んだ。


 ……味がわからない。




「うん……。私、口説きたいって言われたからかな。魔王のことがちょっと、気になる――」


「ぶふーーっ!」


 ――突然パピーナがお茶をき出した。


「え、ちょっとパピーナ大丈夫? 熱かったの?」


 彼女はこちらに掛からないように、即座に首を横にひねったせいか、苦しそうにむせている。


「げっほげほ! ケホッ!」


 私はパピーナの隣に座り直して、ハンカチで口元を拭いてあげながら背中をさすった。


「だ、大丈夫です。すみません、ハンカチを汚してしまって」


「そんなのはいいのよ。ていうか変なむせ方をしたし、首も痛そうなのが心配なんだけど……」


「平気です。ありがとうございます。それよりも、サーリャ様は今、魔王様が気になると仰いましたか?」


「言ったよ。言ったけど、ほんとに大丈夫?」


 まだケホケホといって、気管のどこかに残っているお茶に苦しんでいる。


「ふぅ……。もう大丈夫です。少し驚いただけですから」


「そんなに驚くことだった?」


 この気持ちが何なのか、聞きたかったのに。




「ええ……いえ、何と言いますか、とても良いことだったので、嬉しかったといいますか」


「嬉しい? パピーナが?」


「ええと……。サーリャ様は、魔王様のことをお嫌い、というワケでは……?」


「嫌いとかは、思ってないわ。純粋に怖いのよね。命の危険を感じる。本能的にもう、次の瞬間に殺されちゃうんだろうなっていう」


「そ、そんな事なさいませんよ。むしろ、この城内で一番大切になさっているのはサーリャ様です。つまり、世界で一番、大切になさっているという事です」


「せ、世界で……いちばん?」


 魔王城で一番は、世界中で一番……ってことなんだ。




「そうです。魔王様はサーリャ様に対して、一人の男性として想ってらっしゃるんですよ」


 足がすくむくらいに怖い人が、私のことを、本気で想ってくれている。


 魔王ではなく、一人の……男性として。


「男性……」


 彼に、愛をささやかれたりするんだろうか。


「サーリャ様、顔が赤いですけど……熱っぽいですか? 少し横になられた方が……」


「あ、赤い? かか、顔? そうかな、そんなことないと思う!」


 なんか、色々と想像してしまった。


 たとえばここの中庭で、花に囲まれながら「愛している」なんて言われたら……とか。




「魔王様、もしかしたらサーリャ様に、甘い言葉をささやいてくれるかもしれませんね。いつか」


「えぇ……どうしよう。そんなことになったら、ど、どうしたらいいと思う?」


「ちょろ――コホン! 良いじゃないですか。おイヤでなければ、キスくらいしちゃっても」


「キッ、キ、キス? ど、どこに?」


 パピーナは、キスしたことがあるんだろうか。


 この落ち着き……もしかして私よりもぜんぜん先輩だとか?


「サーリャ様。男女の中でキスと言えば、ひとつしかありません」


「ふひっ、しょ、そ、それは……くち……びる」


 魔王と、私が?


 あの精悍で厳めしい……けど、かっこいいあの人と?


「そうです! こう、ぎゅーっと抱きしめられて、それからアゴをくい~っとされて、んー! って感じです!」


「ぎゅーの、くいーの、んんん……」


 あの鍛え抜かれた体躯で、私の体を……好きにされて、しまう?


 あ、ダメだ。


 頭がくらくらする。



「わ、ちょっとサーリャ様! お気を確かに、サーリャ様」


 王宮で、旦那様となる予定だった隣国の王子との夜に、困らないようにと教わった知識たち。


 それが……ぐるぐると回る。



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