第18話 いつのまにか呼ばれていた、虜囚妃という名前(2)

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 朝を部屋でのんびりと過ごし、昼食の頃合いに食堂に向かう。


 パピーナに着せてもらった白と赤のドレスは、歩くとひらひらと花のようにれて可愛い。


 歩くだけでテンションが上がる。上がってしまう。


 そこでハッとなってパピーナを見ると、ニコニコと微笑んでいる。


「……なんか、本当に私より嬉しそうよね」


「そうかもしれませんね。サーリャ様のようなお方の、お付きになるのが夢でしたから」


「こんな私でいいの? 王女だったと言っても庶子しょしよ? 隠し子だったのに」


「フフ。出自の問題ではございません。サーリャ様だから嬉しいのです」


「ふぅん……へんなの」


 お付きが夢だったなら、正真正銘、本物のお姫様が良かっただろうに。


 でも、私だからいいと言ってくれるのは、素直に嬉しい。


 そういえば、大食堂を抜けていると、最近は魔族の皆さんから直接話しかけて来られるようになった。


 遠巻きにヒソヒソとウワサされていたのが、私が通る付近にあえて席を取って、通りすがりに声を掛けてくれる。


 それがまた、港町の皆を思い出させるような、わりとズバっとした内容で。




虜囚妃りょしゅうひ様。ずっと首輪のままでお可哀想に。でもお美しい!」


「部屋に軟禁されてるってホントですか? 出られるのはお食事と入浴の時だけだって……」


「ドレス姿は初めてじゃねぇですか? まさか……ゴクリ。今日から寝室を一緒にするんですかぃ?」


「こんな綺麗な虜囚妃様を……か。魔王様がうらやましいなぁおい!」


「何をしても逆らえないように、その首輪を外さないんでしょう? 魔王様は本当に残酷ざんこくなお方ね。弱い者にも容赦がないなんて」


「お嫌なら我々にも言ってくださいね。全員で直訴じきそすれば、きっと皆殺しにはされないですから。うちらがひとこと言って差し上げます!」


「そうだそうだ! こんなにお綺麗ではかない方を魔王様は……ったく!」




 ――『虜囚妃りょしゅうひ』って、いつの間にそんな呼ばれ方してたんだろう。


 言い得て妙だとは思うけど。


 でも、基本的に皆さんは男女問わず心配してくれていて、たまに下世話げせわな声が飛んで来るのが、港町の皆とそっくりだ。


 あの時と違うのは、軽口かるくちをたたいてもいいのか分からないので、私はだまって微笑ほほえみ返すことしかしないくらいで。


「サーリャ様、き、気になさらないでくださいねぇ。魔王様って畏怖いふされてるので、けっこう誤解を生んじゃうっていうか……」


「首輪のことは、誤解ではないような……」


「あ~……アハハ……」




 それにしても、まさかこのドレスを着て夜の相手をしろって、言われたりするのかな。


 もしそうだったら、どうしよう。


 どうしようも何も、受け入れる以外に道なんてないけど……。


 そんなことを思いながらも、食事は例の如く豪華で美味しく、パピーナと一緒になって黙々と食べてしまう。


 ――食いしん坊か!


 王宮に連れていかれて唯一、良かったと思えるのはこうした所作に、悩む必要がなくなったことか。


「あっ、魔王様」


 そのパピーナの声に、グッとのどまらせそうになった。


「こ、こんにちは」


 一声遅れて、私も挨拶をした。


「サーリャ。よく食べているか? 体の具合はどうだ。気になることがあれば必ず言えよ?」


「は……はい。いつも美味しく頂いています。体も元気です。お気遣いありがとうございます」


「そうか。ならいい」




 数日ぶりに見る魔王は、やっぱり怖い。


 怖いのになんだか今日は、目で追ってしまう。


 ――というか、ドレスをお礼を言わないと。


 席を立って、椅子に腰を下ろした魔王に礼をした。


「魔王様。素敵なドレスを何着もありがとうございます。こんなに綺麗なの、着たことがなくて……その、とても嬉しいです」


 陳腐ちんぷな言葉しか出て来ないけど、素直な気持ちだった。


「よく似合っている。お前の美しさを引き立ててくれているな。綺麗だ、サーリャ」


 めてくれるとは思わなかったから、ドキリと心臓が鳴った。


 心なしか、微笑んでいるように見えるのは気のせいだろうか。




「あ、ありがとうございます」


「――だがな、衣食住に関しては最低限の事だ。しかもそんな室内着など、気にしてくれるな。それよりもドレスの好みがあれば言え。次はお前の好きなものを仕立てさせる」


 予想外な言葉が返ってきた。


「ぶ、分不相応です。こんな立派なドレス、普通なら着られないもの。私には勿体ないですから」


「……仮にも王女だろう。そして今は、魔王の妻になる女だぞ。堂々としていればいい」


「む、無理ですよそんなの。私はパン屋の娘で、ただの町娘だったんですから」


「ふむ……。まあ、そのうち慣れるだろう。いや……むしろ慣れなくても構わん。可愛いじゃないか」


「かわ……いい?」



 ――か、可愛いって言われた。


 今のは容姿のことじゃなくて、そのままの私を、可愛いって……。


「ああ。お前は容姿も美しいし、中身も可愛い」


「ふぇぇ……」


「それに、王家の奴ら……何も出来ないくせにふんぞり返っていたあの者どもに比べれば、お前はそこに居るだけで皆の目を奪う。生まれながらの気品と気高さを持ち合わせているのだ。どんなドレスも、十分に相応しいさ」


 ――きひんと、けだかさ?


「ほ……ほめすぎ……ですよ」



「サーリャよ。褒めてなどいない。これは事実を教えつつ、お前を口説いているんだ。さらって来たというだけではなく、俺はお前の心を振り向かせたい」


「ふぇ?」


 ――ええええぇぇぇぇぇぇ?


 ちょっと一旦ストップしてもらって、パピーナに相談したいっ。


 そう思って一瞬チラ見したら、ました顔でお肉を食べてるし。


「そ……そそ、そんな、感じなんだ……」


 なんか……なんか思ってたのと違う。


 ドキドキしてしまった。


 気高さとか、中身が可愛いとか、そんなこと言われたの、初めて……。


 ひとりで、頑張ってパン屋を続けてたのが、認められたみたいで嬉しい……かも。


 魔王には、いつか無理矢理に抱かれてしまうのかと、おびえていたけど。


 そんなひどいことは……しない気がする。


「今夜……」


 え。あれ? やっぱり夜の話?


 ついに、そういう時がきた?


「今夜も俺と食事をしよう」


「ふぁっ? しょくじっ? ……コホン。はい」


 今夜、抱かせろと言われるのかと思った。


 さっき、大食堂で掛けられた言葉のせいで、意識がそっち寄りになっちゃってる。



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