第17話 いつのまにか呼ばれていた、虜囚妃という名前(1)



 ドレスが届いてから、どうにもパピーナの様子がおかしい気がする。


 部屋のどこに居ても、じぃっと私を見ている時間が、増えた……ような。


 ふと視線を感じてパピーナを見ると、サッと目を逸らす。


 もしくは、何かをつくろったような笑顔を見せる。


 ――まぁ、いいけど。


 王宮に居た時に感じていたような、さげすんだものではないから。


 ただ少しだけ……熱量が高いような?


「サーリャ様。そろそろ昼食に向かいましょう」


「そうね。おなかが減ってきたなぁって、思ってたの」


 あ――。


 もしかして、ドレスがうらやましいのかもしれない。


 それはそうだ。私だけがこんなに高価なものを着せてもらって、パピーナには無いのだから。




「あの、パピーナ?」


「はい」


「良かったらドレスのどれか、好きなのをあげる。私は一着あれば十分だから――」


 そこまで言った途端とたんに、パピーナはキッとまゆり上げて私の言葉を制止した。


「ダメですっ! 届いたドレスはどれも、サーリャ様の美しさを完璧にえさせるために作られたものなんですから。今日この一着目は特に、届いた中でもミセス・ディルメイ様も一番だと考えた逸品いっぴんです。たとえ魔王様が取り上げようとなさっても、私が命に代えても阻止そししますし、つまりはそういう大切なドレスなのですから」


「は、はい……わかりました」


 こんなに早口で、まくし立てる子だったっけ……。



「そ、その。すみません、私ったら……。サーリャ様のお優しさとお心遣い、胸がキュンとなるほど感じているのですが……私は、自分が着てキャッキャするよりも、サーリャ様の美しさを見ている方が幸せというか、はかどるというか…………あっ! なんでもありません」


「う、うん。わかった。でも、欲しいと思ったら必ず言ってね。私のものだとも思っていないから。ね?」


「いえいえ! ほんとにほんとに、今のままで十分に幸せいっぱいですのでっ」


 ……なんか、パピーナの言ってる事が途中から分からなかったけど。


 とにかく、私以上にドレス姿で盛り上がってくれている……ということ?


 私も綺麗なドレスには喜んじゃったし、実際かなり嬉しいけれど。




 ――しあわせ、かぁ。


 幸せと呼んでいいのかは分からないけど、平和だな、と思う。


 誰からも嫌がらせを受けずに、安穏あんのんと暮らせるというのは魅力的だ。


 気になる首輪も、もう慣れつつあるというか重さを感じないから、もはや大きなチョーカーだと思うことにしているし。


 食堂に行く時に、魔族の皆さんから哀れみの目で見られはするけれど、それって私に同情してくれているからで、嫌な視線じゃないから気にならなくなってしまった。



 ――やっぱり、幸せなのかもしれない。


「サーリャ様?」


 呼びかけられたことで初めて、パピーナをじっと見てしまっているのだと気が付いた。


「あ、ご、ごめん。パピーナはここに居て、しあわせ? なのかなって」


 いや、変な質問をしてしまった。


 だけどパピーナは満面の笑みを浮かべて、「はい!」と言った。


「サーリャ様はまだ、ご不安ですよね。でも、ご自身のおうちのように思っていただけると、嬉しいです」


 笑顔がまぶしい……。


「う、うん。……そうよね。パピーナのおかげで、随分ずいぶんと居心地よくさせてもらっているわ。ありがとう」


 この子が屈託くったくなく笑えて、こんな表情が出来るのだから良い所なのね。


 それは間違いない。


 私が何となく不安なのは、魔王との結婚と、この怠惰たいだな生活にまだ慣れない、ということだろう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る