第15話 魔王の悩みと、バイデルの悩み


「バイデル!」


「はっ。ここに」


 魔王は、簡素な自室で彼を呼んだ。


 いつ呼び出しても、完璧な執事長としての姿で即座に現れる彼を、ここ最近は頻繁ひんぱんに呼び出している。


「上手く行かなかった。喜ぶはずだと言ったではないか。だが、宝石には目もくれなかったぞ」


 苛立ちよりも、物悲しいという視線を床に落としている。


 それを見たバイデルは、この恋愛初心者のためにこれから何度も呼び出されるのかと、うんざりとした。


「魔王様、宝石を贈られて喜ばない女はおりませぬ。それは間違いございません」


「あいつは笑みのひとつも見せなかったが?」


 商人の趣味が悪かったせいかもしれないがと、魔王は付け足した。




「そんなはずはございません。魔王様がお選びになった珠玉しゅぎょくのひとつをお与えになったなら、それはただの遠慮にございましょう」


 だが、魔王は自分では選ばなかった事を思い出した。


 選ばせる方が良いはずだという思い込みがあった事を、今の言葉で悟ったのだった。


「……選ばせようとした。俺が選んで気に入らない物だったら、可哀想だろう」


「あぁ……そうきましたか」


 バイデルはため息交じりに、その言葉を吐き出した。




 これまでの魔王であれば、自分の選んだものを与えれば喜ぶと信じ切り、何も疑わずにそれを下賜かししただろうに。


 まさかのおもりを見せ、しかも初めての贈り物だというのに……さらってきたばかりの小娘に選ばせるとは。


 だが今の魔王には、そういった細やかな配慮は期待できない。


 そして、それを教えていくのは至難しなんわざであると、彼は知っている。


「それはさすがに、遠慮もするでしょうし、いやむしろ警戒された事でしょう。考えてもみてください。攫われてきて宝石を買ってやるなどと言われたら、代わりにその身をささげろと言われるのではと思うでしょう」


「なにっ?」


「考え至りませぬか。お聞きしますが、まさか……商人の持ってきたものを、全て買い与えるなどと言ってはおらんでしょうな」


「……言った」


「あぁ……」


 先が思いやられる。


 バイデルは重い溜め息を、もう一度吐いた。


 こんなつまらぬ事で、昼夜問わず呼び出されるのではあるまいなと。




「何か次の手はないか」


「……ございますが、今の魔王様には難しい事かと」


「何だと? 俺に出来……いや、聞くだけ聞こう」


 言いたい事を飲み込んで、素直になるあたりがもう、重症であるなとバイデルは理解した。


 このままでは、面白いネタというよりも、全て自分に降りかかる難題になりかねない。


 何とか傍観者ぼうかんしゃたりえないかと、彼は思考を最高速度でめぐらせつつ答える。


「花です。花を贈りましょう。宝石は一旦保留にしまして。花になびかぬ女は居ません」


「ほう、花か」


「ご自慢の、あの庭を案内がてらに話をはずませ、良い感じの時に適当な花を一輪、娘に――もとい、お妃に差し上げるのです。それだけでその花は思い出となり、それを見る度に魔王様を想う事でしょう」


「……まどろっこしいな」


 この魔王、繊細せんさいな魔法や手加減が出来ないわけだと、バイデルは悪態あくたいをつきたくなった。




「世の男どもは、そういうまどろっこしい事を積み重ねて女の気を引いているのです。魔王様も惚れてしまわれたのであれば、同じ苦労をなさいませ」


「くっ……。ぐうの音も出んな」


「それから。今後の恋愛相談には、パピーナになさってください。あれはさとい娘ですし、お妃の侍女ですから都合も良かろうかと」


「恋愛……だと? この俺が?」


 何でも力で手に入れて来た魔王には、荷が重かろうとバイデルは思う。


れた弱みですな。観念かんねんなさっては?」


 ここであきめて、力づくで手にしてもよかろうにと。


 しかしそれでは、あのサーリャという娘が不憫ではあるが。


 自身の労力と娘の身、どちらを取るかと聞かれれば、間違いなく自分自身だと答えるだろう。


 だからこそ、バイデルはお役御免と決め込んだのだ。




「しかし、あの小娘に相談か……。いや貴様、まさか面倒になったのではないだろうな」


「おや、これは人聞きの悪い。私は魔王様に最適な助言を致しているのでございます」


「……まぁ、良い。貴様の助言をありがたく受け取ろう」


「はっ。それでは、私はこれで」

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