第14話 休養と、お買い物(2)



「サーリャ。何でも好きなものを選べ。……というか、面倒だから全て買い取ろう。仕立て屋だけ残れ」


 数日ぶりに会った魔王の機嫌は、今日は悪くなさそうに見えた。


「ありがとうございます魔王様。でも……」


 応接室では、一目で商人と分かる太ったおじさんと、綺麗な身なりのご夫人が居た。


 その女性はそれなりのお年で、少しクセのある感じと品の良さが混在している。


 そして部屋には一面、見事なまでに女物ばかり、雑貨やアクセサリー類が所狭しと並べられていた。


 宝石類が、際立って多いような気がする。


 それを魔王は今、全て買い取るなんて言った。


 魔王の気質を知っている商人だとしたら、わざと高価なものばかりを持って来たのかもしれない。




「魔王様。私に宝石類は必要ありません。買って頂いても私は付けませんから。商人さん、それらは全てお持ち帰りください」


「そ、そんな。そうおっしゃらずにお妃様。かならずお似合いの物がございますから」


 やっぱり、この太った商人は焦り出した。


 ずっと黙っていた私が、まさか口を挟むと思わなかったらしい。


 一応は商売をしていた私だから、そういうけな意図はお見通しだ。


「いいえ、要りません。必要な雑貨だけパピーナに選んでもらいます」


 ただでさえ借りを作りまくっているのに、宝石みたいな高価なものを買い与えられたら……とても返せない。


 それに、物で釣られる感じがするのも嫌だ。


 宝石は、ほんとは好きだし欲しいけど……身の丈に合わない物を、ただ恵んでもらうなんて絶対に出来ない。


「なん……だと」


 ――え?


 今、この中で一番たじろいでいるのは魔王だった。




「おい、商人。貴様……サーリャは必ず喜ぶはずだと豪語していたではないか。だが、むしろ機嫌が悪そうだぞ。貴様の趣味が悪いのではないか? 死にたいのか?」


「ちょ、ちょっと、魔王様?」


「すまんなサーリャ。どうやらこのブタの目が悪かったらしい。くりぬいて魔獣の餌にでもしてこよう」


 ――なに言ってんですかあなたはッ。


「そ、そんなことしなくてもいいですからやめてください!」


 ほんとに商人の頭を鷲掴みにしたものだから、慌てて止めた。


「はヒッ、はひぃぃ! お、お助けくださって、ありがとうございますお妃様! さ、さすが魔王様の隣に立たれるお方! この御恩、わわわす、忘れません!」


「誰がサーリャに口を利いていいと言った? 勝手に話しかけるな」


 そう言いながら魔王は、今度は彼の顔を鷲掴わしづかみにしてつぶそうとしている。


「ちょっと、魔王様っ! 暴力はいけません!」


 こんな風に言って、後で私が殺されたらどうしよう。


 でも、目の前で人の顔が握りつぶされるのも嫌だった。


「チッ。命拾いしたな。パピーナが選んだものを置いて、貴様はもう帰れ」


「はひぃぃぃ!」





 パピーナはこういう事態にも慣れているのか、この殺伐とした空気の中でも平然と、必要なものをしっかりと選んでくれた。


 その分の代金も、預かっていたのかパピーナが支払うと、商人は何度も頭を下げながら去って行った。


「やっと静かになったな。仕立て屋、次はお前の出番だ」


「はいはい。それではおきさき様、少々お体に触れさせていただきますねぇ。それにしても魔王様、いつの間にこんなに美しいエルフを? その中でも飛び抜けて……あでも、お胸が大きいですわねぇ。魔族……にしては、奥ゆかしいですし」


「余計な詮索せんさくをするな。さっさと仕事を済ませろ」


 仕立て屋の女性は、魔王の威圧感など気にしないらしく、軽口を飛ばしながら私の体を採寸していく。


「アラこわい。でも、体調は万全でなさそうで……今のサイズより少し、余裕を持たせたものをお作りしますが、よろしいでしょうか?」


「ああ、そのようにしろ」


 そんな会話をしながらも彼女は、メジャーをサササッと私のあちこちに当てると、すぐにそれは終わった。


 メモを取ったのは最後の少しだけで、頭に入れていたのを書き込んだのだろう。


「生地とデザインは、わたくしのセンスで選ばせていただいても?」


「任せる。ドレスの数は……」


「はいはい、メイド服を着させているくらいですものねぇ。間に合わせる数をご用意いたします。それでは、これで」


「ああ。前金を払っておく。パピーナ」


「あらこれはどうも。それじゃ、出来次第に順次運ばせますので」


 私はただ、立ち尽くしている間のことだった。




「すまんな、サーリャ。お前の趣味に合うものが無かったようだ。次は街にでも出てみるか。お前の好きなものを贈らせてくれ」


 魔王が、隣に来てそう言った。


 仕立て屋さんの仕事ぶりと肝っ玉にあこがれを抱きつつ、呆然ぼうぜんと見送り、閉まった扉をまだ見ている間に。


「い、いえ。そんな高価なものは頂けません」


「何を言う。単に俺が贈りたいだけだ。お前はただ受け取ればいい」


 あなたからは受け取れない。


 でも、そこまで言ってしまうのは、恐ろしい。


 そうして困っていると、パピーナが助け舟を出してくれた。




「魔王様。サーリャ様は遠慮深えんりょぶかいのです。もっと親密になられてからでないと、宝石など受け取って頂けませんよ」


 親密……そんな風に、なれるとは思わないけれど。


 だけど魔王は、パピーナの言葉を素直に受け止めてくれたらしい。


「そう……なのか。難しいものだな」


 そう言い残すと、彼も部屋を出て行った。


 ――落ち込んでいた?


 今の見たまま本当に、私に気に入られようとしているのだろうか。


 力づくで、どうにでも出来る私を相手に?


「魔王が……わからない」


 そうつぶやいた私を、パピーナはクスクスと笑った。



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