第13話 休養と、お買い物(1)



 とりあえず仮に、と与えられた豪華ごうかな部屋で過ごす事、数日。


「ねぇ、パピーナ。私って……ここで何すればいいんだろう」


 大きな窓からは、中庭の綺麗きれいな花々が見える。


 散歩で歩いたりもしたけど、かなりの花が植えられていて、一日では見きれなかった。


 城内も広くて、この部屋とエントランス、中庭までの道順をやっと覚えたところだ。


「サーリャ様は、しばらくはご静養せいようなさるのがお仕事ですよ。顔色は良くなりましたけど、まだやせ細った体は復調ふくちょうしていませんし」


 パピーナはまた、お茶をれてくれている。


「どのくらい? その後は?」




 正直に言うと、退屈だった。


 王宮での毎日は思い出したくもないけど……。


 港町では、パンを焼いていた。


 それが仕事で、皆は私の焼いたパンをおいしいと言って買ってくれた。


 おかあさんが焼いた方がおいしかったから、きっと気をつかってくれていたんだ。


 だからこそ、より懸命けんめいに作った。


「そうですねぇ。サーリャ様は食が細いですから、一カ月くらいは……」


「えっ? 私、かなり食べてると思ったけど」


 腐ったものを入れられる心配がないから、心ゆくまで食べているのに。


「品数は多いですが、それぞれの量は少ないですからね。それに、内臓に負担をかけないようにと、あまり油物は入っていませんので」


「言われてみれば、あっさり系のが多い気がする。どれも美味しくって、そんなこと考えもしなかった」


 かといって、あまり太りたくはないのだけど。




「復調なさった後は、リハビリ……に、なるでしょうね。それが少し、お辛いかもしれません」


「リハビリが必要なの? 私って、そんなに悪い?」


 静養させられるほどだというのも、驚いているのに。


「お体の調子がというよりは、その、ここの人達は皆さんお強いので、加減を知らないと言いますか……」


「なにそれ怖い」


 そういう事ならもう、ずっとこの部屋でパピーナと過ごすだけでいいかもしれない。


 そうだ、たまに厨房を借りて、パンを焼くのはどうだろう。


 ここの皆が食べるパンを、焼く係として働けばいい。


 それなら少しくらいは、役に立つはずだし。


「リハビリの辺りからはきっと、魔王様のご指示があると思います」


「……あぁ。そっか」


 そういえば、この数日間は食べるか寝るかの、ぐうたらばかりで完全に忘れていた。


 魔王にも会わなかったし。


 ……うそだ。


 忘れるわけがない。


 考えないようにはしていたけど。




「もし、首輪を外していただいて、ここから逃げたいと思われましたら……ご相談ください。一緒に逃げる算段を立てましょう。これでも私、魔獣とも戦えますから。少しは」


「え? 魔獣?」


 魔獣というと、人を食べ物としか思っていない、意思疎通も何も出来ないケダモノの事?


「魔族領には、かなり強い魔獣がわんさかといるので、サーリャ様だけだと城壁から出た瞬間に食べられちゃいますから。絶対にお一人で、外に出ないでくださいね」


 どんだけ物騒なところなの……。


「うん……逃げるのはそれ聞いて今、諦めた」


「ともかく、絶対ですよ?」


 うん、もう絶対にお城から出ない。


 それをため息で返事して、ベッドに寝転がった。


 惰眠をむさぼるだけの生活も、悪くはない気がしてきた。




「……魔法が使えたらなぁ」


 年下のパピーナでも魔獣と戦えるくらいだから、きっとすごい力に違いない。


「きっと、魔王様が何とかしてくださいますよ」


 そういえば、魔王は私にも魔力があると言っていたっけ。


 パピーナもそう言った。


 ここに連れて来られた日に。


「魔王が、私の魔力は封じられてるって……」


 たしか、そんなことを言っていた。




「あ、そう言えばサーリャ様。今日は午後から、商人と仕立したて屋が来るそうですよ。おものとか雑貨とか、そろえていただきましょうね」


「そっか、くしもパピーナのを使ってくれてるんだものね。櫛は買ってもらおうかな……」


 服はこのメイド服でいいから、他には特に何もいらない。


 何も借りを作りたくない。


「櫛だけだなんて。魔王様は何でも買ってくださいますよ。そんな風にサーリャ様がお選びにならないなら、私がお似合いのものをたくさん見繕いますからね」


 私の気持ちがここに馴染なじんでいないことを、パピーナは全部お見通しだ。


 美味しく食べられる食事を、素直にもらっているだけでもかなり甘えてると思うんだけど。


 それさえも、大きな借りなのに。


 ここに居るだけでも借りが増えていくし、そのまま本当に、魔王のお嫁さんにされてしまいそうだ。


 ……たとえば、無理にそういう関係にされて、嫌でも魔王の側に居させられる状態になったら?


 子供が出来たり、そうこうしているうちに、魔王を愛したりするんだろうか?


 私に抵抗する術なんてないから……諦めて受け入れるんだろうか。


 というか、もうぜんぜん魔王に会っていない。


 完全に放置されている。



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