第12話 休息の日と、諦めに似た決意と(2)


「魔王様です。お部屋に入っていただきますか? それとも、お嫌でしたら私がお断りします」


「そんなことしたら、パピーナが後で怒られるでしょう?」


 声は震えていないだろうか。


 パピーナに負担をかけたくない。


 だから、気を強く持たないと。




「私はもう、サーリャ様にお仕えしていますから。サーリャ様の味方でございます」


 ――そんな事言われたら……私もあなたを、守ってあげたくなっちゃうじゃない。

 それに逃げてばかりも、いられないのだし。


「ありがと、パピーナ」


 私はパピーナを抱きしめてから、扉の向こうに返事をした。


「お入りください」


「え、サーリャ様?」


「いいの」


 少し間を置いて、魔王が入って来た。


 パピーナには目もくれず、私を一瞥して一言。


「ほう、たった一晩で随分と顔色が良くなったな。よくやった、パピーナ」


 彼が彼女を見たのは、その言葉の後だった。


「わ。あ、ありがとうございます!」


「お前の治癒はなかなかの腕だな。随分と努力していたようだ。褒めてやる」


「も、勿体ないです。お仕えさせていただくのに、当然の事でございます」


「ああ。これからも励め」


「はいっ」




 人懐っこいパピーナも、緊張はしているけど、心から尊敬している態度なのが分かる。


 昨日、私が首輪をされた時に魔王を非難ひなんしてくれた時も、堂々としていたし。


「それでサーリャよ。何か欲しいものはあるか。調子が良いなら商人を呼ぶから、服なり雑貨なり欲しいものを買え」


「い、いえ……それに私、お金なんて……」


「馬鹿な事を。金など気にしなくていい。遠慮をするなと言っただろう」


「そ、そんなこと言われても……」


「まぁいい。パピーナ、様子を見てお前が決めろ」


「は、はい!」


「では、また様子を見に来る」




 今日の魔王は、昨日よりも機嫌きげんが悪かったのだろうか。


 それとも私が、勝手に怖がっているだけだろうか。


 とにかく、緊張した……。


 落ち着いた状態で改めて見ると、滅茶苦茶めちゃくちゃ怖い。


 魔族の王……その威厳いげんは、父親だというあの国王の何倍も……ううん、比べ物にならない。


 威圧感だけで、足がすくんで動けなかった。


 あのいかめしい顔つきと、強靭きょうじんそうな筋肉が、服の上からでも分かる強者の風格。


 正直言うと、好みのタイプではあるけど……。


 そんなことよりも、ただただ恐怖がってしまって、そういう対象とかの話じゃない。


 男の人をこんなに怖いと思ったのは、魔王が初めてだ。




「えへへ。やっぱり間近で見ると、背も高くて怖いですよねぇ。サーリャ様、食堂に行って、気分転換しましょう。今日も美味しいごはんが待っていますよ」


 私の様子を見て、なだめてくれているのが分かる。


 パピーナは私みたいに、魔王を恐れているわけではなさそうだから。


「……うん。でも、パピーナはすごいのね。あんなに怖い人を前にしても、堂々としてて……。私は怖くて、目を見た瞬間に委縮しちゃった」


 もしも今夜にも、夫婦なのだから抱かせろと迫られたら……断れない。


 組み伏されて、抵抗する気も起きないまま…………。


 ――って、私はなんでこんなこと考えてるの?


 これじゃ何か、ちょっとだけ期待してるヘンタイみたいじゃないのよ。




「あのお方を前にして全く恐れないのは、執事長のバイデル様くらいですよ。普通はみんな、ちぢがってますから」


 そう言うパピーナも、わりと平気そうに見えるけど。


「ふふ。パピーナもどうかしら。でもほんと、怖かった」


 彼女は「私もですよ」と、二人でこわいこわいと言いながら、食堂に向かった。


 パピーナと居ると、心が和む。


 同じ人間というのもあるし、味方だと言ってくれて、実際守ろうとしてくれているし。


 私も、パピーナに迷惑かけないようにしないとよね。



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