第11話 休息の日と、諦めに似た決意と(1)
「おはようございます。サーリャ様」
目を開くと、パピーナが目の前に居た。
居たというよりは、一緒に横になっている。
彼女の髪は胸の辺りまであったらしく、クセ毛のそれが
「お……おはよう、パピーナ」
見れば大きなベッドで、二人で寝ていても十分過ぎるほどに広々している。
そのベッドが
そして頭を良い位置に戻すと、やっぱり、このベッドはとても寝心地がいい。
このままもっと、まどろんでいたい。
「って、わたし、ずっとパピーナの手を
温かいものにずっと触れている気がして、だけどそれは、私がパピーナを離さずに眠っていたから――らしかった。
「はい。寝顔がとてもお可愛くて、失礼かと思ったんですけど、ずっと見ちゃってました。もっと年が離れていると思っていたのですが、寝顔を見るとあどけなさもあって。美人で可愛いとか、素敵すぎます」
「ご、ごめんなさい。離してくれてよかったのに……。それと、
「わぁ、ほんとに近いですね。十四歳です。ここには大人の人しか居なかったので、なんだか嬉しいです」
この子の屈託のない可愛さは……何かに似ていると思ったら、子犬だ。
なぜか絶対の信頼を置いて
そういう、誰もが愛したくなる子犬に似ているんだ。
「お目覚めにお茶を
「あ、私も何か、掃除とか手伝います」
子犬と違うのは、私よりも気が
そこに甘えていないで、私も何か仕事を探して手伝わないと。
「えっ。いえいえ! サーリャ様は何もなさらなくていいんですよ。おくつろぎください。それに……私なんかに、
「でも……私もただの町娘よ。パピーナこそ敬語なんてやめて、もっと普通に話してよ」
「そ、そんなことできません。魔王様のお
その言葉を聞いて、一気に現実に引き戻された。
今ここに私が居る理由は、魔王と夫婦になるためだった。
「……やっぱり、あの人と結婚……する事になるのね」
「アハハ……そう、なりますよねぇ。勝手に
魔王は、信頼されているらしい。
だけど、意にそぐわないことは、さすがに無理じゃないだろうか。
「そんなことして、パピーナは大丈夫なの? 逆らったりしたら……」
「だ、大丈夫ですよぉ。それにサーリャ様の
……そこは同意しかねるわね。
「んっと……攫ってきて首輪を付けた事は、どう考えればいいのかしら」
こればっかりはちょっと、どうしても腑に落ちないんだもの。
「そそそそそれは、その、大事に思うあまりというか、そういう……束縛的な? ものだと思うので、それももう少しだけ、様子を見ていただきたくぅ……」
――慌てふためいちゃって、可愛い。
意見が合わなくても、あわあわと焦る姿を見ていると憎めなくなってしまう。
「フフッ。どうしてそんなに魔王を庇うの?」
「それは……だって、人攫いまでして女性を連れ帰るなんて、そんな
――一応は、酷い事だとは思ってくれてるんだ。
「元々は、あの王国で隠し子が――あっ、すみません! その、召し上げられた女の子が居て、どうも政略結婚に使うためだという情報を手にしておられて。それがついに婚約の
「
「どちらかというと、興味本位だと思います。魔族は好奇心が強いので」
「そうなんだ……」
「だからほんとは、サーリャ様を攫う予定なんて全くなくて。我々も本当に驚いたんです。それがお帰りになられた開口一番に、『妻にする』ですからね。よっぽど一目惚れなさったんだなぁと。それなら、お仕えする身としましては、心から応援したくてですね……」
やっぱり、人間を攫うことに対しての罪悪感が、この人達にはほとんどないらしい。
もしくは、信じ難いことではあるけれど、この魔王城や魔族の国に居る方が、より良い生活が出来るという考えが、根底にあるから……とか?
人が野良猫を拾ってきて、『うちで飼う方が幸せに出来る』と勝手に思い込むのと、同じなのかもしれない。
まぁ……ほとんどの場合で、飼われた方が猫の顔も、やわらかで安心しきった表情になっているけれど。
それと同じ感覚だとすれば、私を攫ってきたこと自体には「ようこそいらっしゃい。うちの子になろうね」程度の気持ちしか持っていない気がするのも、頷ける。
「その、サーリャ様にはご迷惑だと思うのですが……。私も、もうサーリャ様にお仕えするのが楽しくて、居なくなってほしくないというか……。あぁっ! 身勝手なことを言ってすみません!」
――私の考えは、あながち間違っていないようね……。
拾って来た猫に対して、丁寧に話している飼い主だという方が、違和感がなさすぎる。
というか、もうそうだとしか思えない。
「サーリャ様はやっぱり、故郷に帰りたいですか? あ、そういえばご両親とか、いらっしゃいますよね。すみません……」
「あ~……ううん。父親は知っての通り私を殺そうとしたところだし、母親は二年前に置手紙を残して居なくなっちゃったの。港町が故郷だし帰りたいけど……。王国に私が居る場所なんて、きっともう無いから」
――言っていて理解した。
そっか、私にはもう、帰れる故郷なんて……無いんだ。
私が居ると王国にバレたら、周りの人達も、もしかしたら町ごと、どうにかされちゃうだろうし。
私のせいで人が死ぬなんて、絶対に無理。
――そんなの、耐えられない。
「サーリャ様?」
「……なんでもない。帰る場所はないから、ここに居ることにする。魔王と結婚するかは分かんない……いや、逆らえるわけないか。それだって、元々は政略結婚させられる所だったんだしね」
自分ではどうしようもない流れだった。
話せば話すほど、私に自由なんて、もう無かったんだなって実感する。
――もしかしたら、そういう運命だったのかもしれない。
おかあさんが居なくなってから、嫌な流れだなって、思っていたのよね。
「好きな方が……いらっしゃったとか?」
「え? あぁ、ううん。初恋もまだ。周りにはおっさんしか居なかったしね。アハハハ」
港町では、おじさんとおばさんに囲まれていて、子供も沢山いたけど、同年代の子は近付いてこなかったっけ。
「私、モテなかったのよ。おかあさんとパン屋をしてて、看板娘だなんて言われてたけど。話しかけてくれるのはおじさんおばさんばっかり。おかあさんの方がモテモテだった」
「それって
「え、私ってそんなに寝てたの?」
「昨日は大変だったでしょうから。お疲れが出たんでしょう」
食事の話を出されたら、急にお腹が減ってきた。
昨日はあんなに食べたのに、お腹を下したりもどしたりするどころか、とても調子がいい。
美味しかった。それに、食べても、大丈夫なんだ――。
こんなに嬉しい食事があるだろうかと、それこそ夢でも見ているみたいな心地がする。
「今日も、あんなに美味しいものが食べられるの? でも
期待の方が強い。
けれど、やっぱり私なんかが、ご馳走をそう何度も食べていいはずがない。
「何を仰ってるんです。全部サーリャ様のためのお食事ですよ。それよりも、薬草もふんだんに使っていましたけど、苦くなかったですか?」
「そうなの? ぜんぜん気付かなかった。ただただ美味しくって……。えへへ、食いしん坊みたいで恥ずかしいなぁ」
そんなのどかな話をしていると、扉がノックされた。
二人だけの世界みたいに感じていたから、心臓が飛び跳ねたかと思うくらいに、ドキリとしてしまった。
「サーリャは居るか」
その声に、心拍数も跳ね上がっていく。
私は今、魔王城に居るというのに心底から油断していた。
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