第10話 魔王の怒りは、己のためにあらず(2)


 王宮の空から二人は、夜の暗闇に浮かび上がる王宮を見下ろす。


 調べてある灯りの位置から、王族たちの寝所を確認した。


「さてバイデル。先ずは王族どもを連れ出せ。国境の山でいいだろう」


「魔王様……私は長距離転移でヘトヘトですよ。お目付け役なだけではないのですか」


「なんだ、一日に数回跳んだ程度で弱音を吐くな」


 バイデルは夕食前にも、潜らせていた影の者から報告書を取るためだけに、往復していた。


 魔王ほどの魔力はないため、高位の魔族とはいえさすがに疲労の色が見える。




「人使いの荒いお方だ……」


 しかし愚痴をこぼしつつも、バイデルはターゲットを絞り、国王、王子の二人、王女の計四人を、足元に転移させた。


 それらの顔と姿を一瞥いちべつし、間違いない事を確認する。


「山へは俺が運ぼう」


「魔王様も、魔力の繊細せんさいな扱いを覚えてくだされば……私まで来なくても済んだのですが」


「そう言うな。人には得手不得手があるだろう?」


 魔王は珍しく口の端を上げて、ニヤリと笑みを返した。


「ハハ、よほど気の晴れる事を思い付いたのでしょうね」


 バイデルは、連れ出したこの四人が目を覚ました時、どのような絶望を味わう事になるだろうと期待した。




 そして――。


 国境の山奥にて、魔王は浮かせていた四人を一気に投げ飛ばし、木に激突させて目を覚まさせた。


 木々がまばらに生えている程度なので、背の高い草がクッションになり、死んではいない。


「魔王様、それで死なせては意味がないのですが。まだ強過ぎます。手足の骨が折れていますよ。首や頭蓋とうがいなら今ので終わっていました」


「そうか、かなり加減したのだがな」


 バイデルは、やれやれといった顔で頭を振った。


「さて、お目覚めだろう諸君。なぜここに俺と居るのか、察しはついてくれているよな?」


 返事の代わりに、うめき声がしている。


 ほとんどまとめて投げたので、ほぼ四人が横並びになって、うごめいている。




 腕や足を押さえ苦しみながら、その内の一人が気丈に文句を言った。


「貴様! 我らを王族と知っての狼藉ろうぜきか! ただで済むと思うなよ!」


「丸腰の寝間着姿で、威勢いせいのいいことだ。お前は長男坊か。途中で受け身を取ったようだな」


 歯向かい、様子を見ておそい掛かる体勢になっているのを、魔王は見過ごさない。


「お前の罪は……見て見ぬふりをしていた事だ」


「一体、何の話をしている!」


「サーリャをもらい受けた者だと言えば、分かるか?」


 そこまで言うと、魔王はパチンを指を鳴らした。


 第一王子は、唐突とうとつにこみ上げてきたものを盛大に吐き、一面に吐しゃ物の溜まりを作った。




「おっと、今のは無駄な抵抗をさせぬためだ。まだ終わっていない」


 そしてもう一度指を鳴らすと、説明を始めた。


「お前達全員には、サーリャと同じ目にあってもらう。毎日、食事のどれかを体が受け付けない呪いを与えた。ある日は肉、ある日は小麦、ある日は水かもしれん。食ってからしか分からぬから、食う事は出来るぞ? ありがたく思え」


「な、何を……貴様! 魔王ごときが! このワシに!」


 国王は、王たる服装をして深紅のマントを羽織っているからこそ、そう見えるだけの男だった。


 野心と欲が顔に滲み出ていて、体は鍛えていても、醜悪な面構えの中年でしかない。


「お前はサーリャを殺そうとたな。本来なら死をもってつぐなわせる所だが、サーリャの慈悲じひによって生かされる事を忘れるな。だが――」


 そこで怒りをあらわにした魔王は、剣を抜き中空ちゅうくうった。


 その斬撃ざんげきは、届かないはずの国王の、その腕を斬り落とした。


「ぬぅっ! ぬおおおおおおおお! て、てが! 手がぁ!」


 国王の右腕、その手首から先が地面に転がっている。


五月蠅うるさいぞ」


 魔王の怒声どせいは第一王子にしたものと同じように、国王ののどから声ではなく、吐しゃ物でいっぱいにした。


 うめく事すら出来ずに、嘔吐おうとに苦しんでいる。




「さて、残るは次男坊と娘だな」


「お、おおおおオレは何もしていない! していないぞ!」


「う、うそよ! この人が考えたのよ! 食事に腐ったものを混ぜる方法は、お兄様が考えたの!」


 二人の顔も、国王に似て歪んだ面になっている。


 王族であることに胡坐あぐらをかき、人格を磨かなかった、人の成れの果て。


 一家四人ともが、醜悪しゅうあくつらをしている。




「そういえば、王妃はどうした」


「魔王様、これらの母親は、昨年に転落死しております。バルコニーから……。ですが、腹違はらちがいの娘が居た事を責められ、国王が感情のままに殺したのだと報告にありました」


あきれて言葉も出ないな」


 魔王は心底から、げんなりとした。


 相手をしている事それ自体に、時間の無駄を感じている。


「ゆ、ゆるして。サーリャに謝るわ! あ、姉に、姉に謝るから!」


「オレも謝る! 王族のオレがだぞ? そのオレが頭を下げて謝ってやるから、水に流せ!」


 その口から出て来る言葉は、そこらのチンピラと変わらないものだった。




「もうだまれ。というか、黙らせておくべきだったなぁ」


 指を鳴らし、この二人も嘔吐おうとで話せなくなった。


 身動きすら出来ないほどの、強く激しいそれは、内臓さえ吐き出そうとしているように見える。


「さて、食い物の呪いとは別に、もう少し追加してやろう。貴様らにお似合いの呪いをな」


 そうして彼らに伝えたのは、腐蝕ふしょくの呪いだった。


 王女には、日々どこかの皮膚ひふくさる呪いを。


 第二王子には、日々どこかの臓腑ぞうふが腐る呪いを。




「娘。お前は皮膚が崩れ落ちれば、また治りはするぞ? 次男坊は、当たり障りのない消化管だけだ。口か、喉か、胃か、その下の管か。いずれかが腐るが……二人とも喜べ。命を奪わないという約束をしたからなぁ。死にはしない」


 それは、果たして喜べるものかどうか。


 いっそ殺してくれと、懇願こんがんするようなものではないだろうか。


 国王と第一王子は、その凄惨せいさんな呪いを聞いて、即座そくざにそう思った。


 ただでさえ、食したどれかが体に合わないという、恐ろしい呪いを受けたというのに。




「死にかけたら無事に治る。うれしいだろう? そしてまた、呪いの日々が続くのだ。生かしておいてやるだけでも、感謝されるべきだが……まあ、その声は聞かずとも良い。五月蠅うるさいからな」


 そして、魔王はバイデルに合図をすると、魔法で国王の止血をさせた。


 うっかり失血死しっけつしさせてしまう所だったと、バイデルにそでをつつかれ、とがめられたからだった。


 ひと通りの呪いをかけ、気は済んだのか、魔王は汚れた四人を王宮の中庭に連れ戻した。


 適当にばらき、そのまま放置して空へと一旦高度を上げる。




「なかなかの手際でございました」


「そうか、加減は上手くなったか?」


「拷問に関して、これほどの適任者は居りますまい。意外な才能を垣間見かいまみました」


「それは、めているのか?」


「もちろんにございます」


 旧知きゅうちの仲ならではの会話を済ませると、二人は魔王城に戻った。


 彼らが去った彼方は、ほんのりと白んで来ていた。



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