第9話 魔王の怒りは、己のためにあらず(1)



「パピーナ。しばらくサーリャと一緒に寝ろ」


 手にキスをされたサーリャが呆然ぼうぜんとしている間に、魔王は指示を残して食堂から姿を消した。


「はい!」


 というパピーナの返事を待たずに。


 そして、殺風景な自室に戻ると、ナイトテーブルに置きっぱなしの酒をグラスに注ぎ、一気に飲み干した。


「ふぅ……。サーリャには何もするなと言われたが……やはり、怒りが収まらんな」


 ソファに深く腰掛けてみたり、簡素かんそなベッドに横たわったりしてみるが、魔王の目から殺意が治まる気配はなかった。


「今でもあんな小娘だというのに、これの前から……拷問に近い事を続けていたようだな。国王どもめ、あの場で殺しておくべきだったか」




 魔王はサーリャの年齢を、十五か十六くらいだろうと見ていた。


 その小娘が、随分ずいぶんせこけている。


 その上、臓腑ぞうふにダメージを負っている兆候ちょうこうが見られた。


 ただし、蓄積ちくせきするような毒の症状ではない。


 一過性の、しかし衰弱させて臓腑を痛める程度のもの……となれば、腐敗ふはい毒だろうと踏んだ。




「恐怖しなくても良いと察した時の、あの泣きわめき方……あれほど食事に恐怖と不安を覚えているのだから、数カ月程度の拷問ではなかったはずだ」


 少なくとも、年単位。


 死なない程度に様子を見ながら、症状が治まっては、また腐ったものを食べさせる。


 そういうやり方に違いなかった。


 その確認をするために、『影』に調べさせていた報告書を読むと案の定、王宮には二年前から連れてこられていたとある。


 散々にいじめぬかれていたという内容も、詳細が記されていた。




「町娘が十四歳で連れ出され、全く環境の違う王宮で、誰からも敵視されて過ごしたというのか。……見るにえん」


 魔王はその残酷な行いに対し、激しい怒りを抑えられずにいる。


 今すぐその国を滅ぼしに飛び出しそうな、激しい魔力の鳴動めいどうが部屋をふるわせはじめた。


「弱者を虐げるとは……魂が根腐りしているクソ野郎だな。……同じ目にあわせてやるか」


 そうして決意を固めると、彼はまた執事を呼んだ。


 しかし、呼ばれてすぐさま姿を現すも、バイデルは恨めしそうな態度を隠す気はないらしい。


「魔王様、こんな夜更けに……つまらないお呼び出しでしたら、次は参りませんぞ」


「ふっ。そう怒るなバイデル。少なくとも、つまらなくはないぞ」


 そう言って、魔王は剣を手にし、帯剣ベルトでそれを腰に留めた。




「おや……。なるほど、お妃の国で暴れるお手伝いですか。影の報告をお読みになられたのですね」


「察しがいいな。俺がやり過ぎないように、お目付け役だ」


「……やはり一人でお出掛けください。私は眠るところだったのです」


 あからさまに、バイデルは不満をらした。


 だが、行かないわけにもいかないのは、理解はしている。


 言うなれば、不満な任務にんむ遂行すいこう前の、いつもの悪態あくたいだった。




「そう言うな。サーリャに王国では何もするなと言われているんだ。連れ出す手間を手伝え」


「ハッハッハ。それが言い訳になるとお思いですか。まぁ良いでしょう。ですが、死体はどうしましょう」


「いや、今日は趣向しゅこうらそうと思ってな。サーリャにした事を、そのまま返してやるのさ」


「ほぅ…………地味ですな」


 バイデルの少し輝いていた目が、また曇った。


「だからこそだ。俺がやり過ぎたら止めろ」


「あぁ、またお守りですか。いい加減に、殺さぬ加減を覚えてください」


 文句を言いつつもバイデルは、魔王の供に付いた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る