第8話 温かくて、美味しい食事(3)
最初に出て来たのは、温かいスープだった。
熱過ぎなくて、まろやかなとろみが口の中で心地良くて、それでいて極上に美味しかった。
「こんなの……食べたことない。おいしい……。ほんとに、こんなに美味しいの、食べてもいいの?」
パピーナに聞いたのか、魔王に聞いたのか、とにかく、誰かにもう一度許しを
「ふふっ。サーリャ様のために用意されたスープですよ」
「気に入ったようで何よりだ。他の料理も美味いぞ。たくさん食べろ」
二人の温かい言葉が、スープと一緒に体に染みた。
――本当に私を、迎え入れてくれてるんだ。
また、泣きそうになった。
嫌なことを洗い流す涙ではなくて、嬉しくてあふれてしまう涙。
「あっ。これはその、ちがくて」
結局
でも、さっきみたいに心配させることはなかった。
パピーナがそっと涙を拭ってくれたので、素直に顔を上げて拭いてもらった。
「ありがとう」
彼女を見て、小さく頭を下げると、なぜか顔を赤くして照れている。
「な、なに?」
スープが口の端についてしまっているのかなと、舌でぺろっと舐めてしまってから、せめて指にすれば良かったと恥ずかしくなった。
しかも、何もついていなかったし。
「いえその、サーリャ様が
よく分からないことを言う。
「なぁにそれ。ふふっ、へんなの」
泣き
そんなパピーナはそっとしておいて、私は次に出されたお肉料理にも感動しながら、見事に全部食べてしまった。
毒味がどうのという話なんて、すっかり忘れて。
それから魔王は、私とパピーナが楽しく食事しているところをじっと見ていた。
もしかしたら、表情に出ていないだけで、何か考えているんだろうか。
「そういえばサーリャ様。さっき魔王様が言ったこと、ほんとになさいますよ? 一応、忘れないうちにお伝えしておこうと思ったのですが……問題ありませんか?」
「……何の話だっけ?」
数秒は考えたけれど、何を言っていたのか思い出せない。
「ほら、あの国を
「……えっ? どういうこと?」
理解が追い付かなくて、というか冗談を続けているのかと思って、それはスベってるなぁ、なんて思ったから返事に
「魔王様って、サラッと重要なことを
私は、「うそでしょう?」と、声に出したか心で思っただけだったか、とにかく魔王に向き直った。
「……お前を
その言葉を聞いても、私はまだそれが、本気で言っているのかどうか分からなかった。
だけど、その変化のない魔王の表情を見て、何かが私の中で
あぁこれって、本気なんだ、と。
「だめ、ですよ? 普通に」
――真顔で言ったと思う。
「な……何故だ」
ほとんど変わらない彼の顔に、わずかだけど、
それは、
「普通にダメですよ。何言ってるんですか。何万人殺すつもりですか。それって
彼が本気だと分かったので、
一言ごとに近付いていって、最後には、その変化のない顔を間近で見てやろうと、触れるくらいに顔を寄せて。
すると彼の、竜のような縦長の瞳が、少しだけ大きく開いた。
「わ、わかった……。
「滅ぼさないっていうか、何もしないでください」
――考えてみれば、私は今、世界中から要注意対象とされている魔王に
本来なら、こんな無礼な事をしたら
だけど何となく、酷い事はされない気がしている。
「ああ、わかった。何もしないでおく。分かったから席に戻れ」
そう言われても、本当かなと思って数秒くらいはじっと、その
見慣れないだけで、不思議と怖くないような気がした。
むしろ、今まで見てきた人の誰よりも真っ直ぐで――。
「綺麗な目……」
――無意識に声に出してしまった。
「あっ! その。せ、席に戻ります」
自分で顔を寄せておいて、どきどきしてしまった。
私を
それで思ったのは、『悪い人では、なさそうかな』という感想。
席について、最後のお茶をもう一度、口に含んだ。
そしてひと息つくと、お腹が大満足な事を自覚した。
もう何も入らない。
「……後はゆっくり休め。それから、必要なもの、欲しいものがあれば何でも言うといい。
そう言って、魔王は立ち上がると私の
「また明日にな」
その手に彼は、キスをした。
「わ……。は、はい」
――さ、触っ…………き、キスした……。
予想外のことに
――何を考えてるのか、ぜんぜんわからない。
ただ、最初の印象よりも、優しい人のような気がした。
首輪は付けられたままだけど。
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