第6話 温かくて、美味しい食事(1)



 お風呂から出る頃には、体はすっかり良くなっていた。


 違和感いわかんなく呼吸が出来るし、体の動きも軽くなっている。


 続いて食堂に向かっているのだけど、今の調子なら少しは食べられそうな気がする。



「パピーナが治してくれたお陰で、とっても楽になったわ。ありがとう」


「えへへ。治癒ちゆも少しは使えますので。お怪我けがなさった時もすぐに教えてくださいね? 軽いものなら治せますから」


「へぇぇ、すごく良い力ね。私も何か使えたらなぁ」


 魔力など微塵みじんもないこの身では、あこがれるだけ無駄むだだろうけども。



「あれ? サーリャ様もお持ちですよ? なぜかぼんやりして見えますけど……流れが見えないので、魔王様にてもらうと良いです。きっと治してくださいますよ」


 まるで、何でもない事のようにパピーナは、魔王と同じ事を言った。


「そう……なんだ」


 ――魔力が、私にも使える?


 それなら使ってみたい。




 そう言えばおかあさんも、火を起こしたり水を操って洗い物をしたり……適当てきとうそうに見えて色々と使いこなしていたような。


 私も、同じ事が出来るようになるんだろうか。


 胸がドキドキと高鳴たかなって、何かを期待きたいしてしまう。


「それより、お着替えが私と同じ服ですみません。ここにはドレスを着るような身分の人がいないので……」


「ううん、着れたら何でもいいの。それにこのメイド服、とっても着心地きごこちがいいわ。ずっとこれでいいわよ」


「そういうわけにはまいりません。数日のうちには仕立て屋を呼んでもらいますので、それまで我慢してくださいね」




 ほんとにいいのに。


 胸が強調される作りなのが、ちょっと気になるけど。


 エプロンドレスの胸下から上がなくて、白シャツが胸ごと突き出すようになっている。


 ちょっとだけ大きな胸が、下から持ち上げられて必要以上に大きく見えるのが自分でも分かるくらいに。


 それを、すれ違う他の魔族達が色々と視線で物言ものいうものだから、気にしないようにしても、してしまう。




「それにこれ、皆さんが楽しそうに胸を見てくるの、ヤじゃないです? 私はもうれちゃいましたけど……」


 パピーナが慣れたのなら、私のような誘拐ゆうかいされてきた人間は、なおさらえるしかない。


 というか、視線だけなら問題ないし、もっと嫌な目で見られてきたから平気だ。

 それに――。


「泥水をかけられたり……しないなら」


 毎日ではなくても、週に何度もだと気が滅入めいってしまう。


 洗わずに着ていても罵声ばせいびることになるし。


「へっ? 泥水……ですか? どうしてかけられるんですか?」


 本当に意味が分からないという顔で、パピーナはきょとんとして立ち止まってしまった。


「あ、いいのいいの気にしないで。こっちの話……」




 いじめられた記憶が、この『お城の中』という状況のせいで、普通にてきちゃう。


「それより、やっぱり魔王って恐ろしい人なんじゃないの? 皆、けっこうすごいこと言ってるんだけど……」


 いくつかの長い廊下を渡って、食堂に向かっていると何人もの魔族とすれ違った。

 その誰もが、私の首輪を見て同じ事を言うのだ。



『さすが魔王様……おきさきにと連れ去って来たのに、その立場を分からせるために、あんなにいかつい首輪を付けさせるなんて』


『お妃とは名ばかりの、人間ペットというわけか……なんと残酷ざんこくな事をなさるのだ。やはり恐ろしいお方だ……』



 大体が、そういう感じで魔王を恐れるか、人間の私をあわれむか。


 中には、あまりにも目が合ってしまって、話しかけられたりもした。


『な、何か困った事があれば、こっそり言うんだぞ。でも、根はおやさしい方だからきっと大丈夫だ。……たぶん』


 ――たぶんというのは、きっと、そうでは無いということなのでは?




「いえいえ、あの、あのですね。魔王様は直近ちょっきんの者しかほとんどお話する機会きかいがありませんので……色々なウワサがひとりり歩きするんですよ。ほんとに、やさしいお方ですのでっ」


 ウワサって、火の無い所に煙は立たないのでは。


 パピーナが必死でかばえば庇うだけ、より一層いっそうおそろしい人に思える。


「うん……まぁ、うん」


 上手く返す言葉が、見つからなかった。

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