第4話 それぞれの立場(1)

 


 魔王の答えを聞く前に、パピーナは「早くお風呂に入りましょう」と言って私を運んでしまった。


 やっぱり、あまり良くない事だったのかもしれない。


 パピーナに抱えられたまま広い脱衣所だついじょに連れて来られると、あっという間に白のドレスを脱がされた。汗とほこりにまみれて、私もドレスも薄汚うすよごれている。


「コルセットもきつそうですね。って、これは……こんなにけられて……まるで拷問ごうもんじゃないですか」


 言われてみれば、確かにずっと息苦しかった。


 初めて着せられたものだから、こういうものかと思い込んで……。




「あぁ……息が出来る。ありがとうパピーナ。助かったわ」


「お礼だなんて……。さぁ、お風呂でゆったりしていただきますよ」


 とても哀れんだ目をされてしまった……。


 侍女として働いているなら、嫌がらせされていたのがバレてしまったかな。




 それにしても、この大浴場も本当に広い。


 中央には女神像がつぼを抱えていて、その壺口つぼぐちからお湯がなみなみと注がれている。


 それを受ける湯殿ゆどのは大きな円形で、まると少し、白みがかったお湯になるらしい。


「広いし、あったかい……天界にでも迷い込んだみたいね。魔王城って、何でも洗練せんれんされてるから見ていて飽きないわ……」


 女神像の表情もやわらかで優しそうだから、ながめているだけで気持ちがいやされそうな気がする。


「今日からここは、サーリャ様専用のお風呂ですからね。いつでもお好きな時にお入りくださいね」


「えっ? それは勿体もったいないじゃない。こんなに広いんだから、皆で入らないと」


「フフフ。では、そのように魔王様にお伝えしてみます」


 誘拐されたんだという不安をよそに、待遇たいぐうが本当に、お姫様みたいだなと思ってしまった。




「わぁぁ……サーリャ様のお肌は真っ白でキレイですねぇ。見惚みほれてしまいます」


「ちょ、ちょっと。あんまり見ないで。それと自分で洗いますからね? ……でも、パピーナも同じくらい白くてスベスベじゃないのよ」


 裸同士で抱えられているから、密着みっちゃくした肌が滑らかなのは、十分すぎる程に伝わっている。


「えへへ。でも、魔力が強いとこのくらいは普通ですよぉ。あ、とは言いましても、今は思うように動けないでしょうから。今日のところはお任せください」


「うぅ……あなたってしっかりしてるのね」


 パピーナはあしらい慣れているみたいで、問答無用で体を洗われた。


 自分で体を動かすことが出来なかったのもあるけれど、割と圧が強い。


 だけど、リラックスしててくださいねと、腕や背中をあわでられているうちに、本当に気持ちよくて身をゆだねてしまった。


 肌への触れ方はとても優しくて、そして流れる手つきはマッサージのようで、私の体はこわばりがほどけて、そして力が通っていくような感じがした。




「はい。流し終わりましたよ~。あとは湯船ゆぶねかって、気持ちもゆるめてくださいね」


 パピーナのお陰で自分で立てたし、湯船にも普通に入ることが出来た。


「ありがとうパピーナ。体が普通に動くようになったわ」


「どういたしまして、サーリャ様。……あの、ところで――」


 彼女はそう言いかけて、私の首にはめられた、はがねの輪を悲しそうに見つめた。




「――魔王様は、確かに冷淡だし残酷な面もお持ちですが……これはたぶん、本当にサーリャ様を離したくないというお気持ちの表れだと思うんです。さすがにこれはひどいと思いましたけど……悪く受け取らないようにお願いします」


 ――まさか、そんなお願いをされるとは思わなかった。


 でも、魔王に仕えている子なんだから、肩を持つのは部下として当然なのかもしれない。


 ……これをどう受け止めるかは保留にするとして、だけど今は、魔王に殺される心配は低いのかなと、改めて思える。


 現状はそれだけでも、あの国王の元に居るよりも何百倍もマシだ。


 いや……この子が裏表なく接してくれているなら……優しくしてくれるだけで、こんなにホッと出来るのだから、ありがたい環境だと思う。




「……サーリャ様。ほんとに、魔王様がお妃様にすると言って女性を連れ帰るなんて、これまで一度も無かったことなんです。きっと、本気で一目惚ひとめぼれをなさって、お慕いしているのだと思いますよ。だから、もし良かったら、真剣に考えて差し上げてくださいませ」


 ――あっ。ひとりで考え込み過ぎてた。


 何を言っていたのか、全部を聞き取れていない。


「うん……。うん、そうね。パピーナの言葉を少しだけ信じてみる」


「ほ、ほんとですかっ? ありがとうございます!」


 良い子なのは間違いなさそうだし、警戒けいかいはし続けるとしても……あまりうたぐり深いことは言わないようにしよう。


「それはそうと、パピーナも人間なのに、魔王に仕えているのよね。ご両親のどちらかが魔族の人なの?」


 これは別に、彼女を疑っているとかではなくって、純粋な疑問。


 魔王の城なんて、どの国の王でさえ、どこにあるのか全く知らないはずだから。


 でも――魔王が私に言ったみたいに――この子の場合は魔族と人間のハーフなのかもしれない。


 単に、反射的にそう思って知りたくなっただけの、本当の興味本位。




「あ~……。そう、ですよねぇ。気になっちゃいますよねぇ……。その、実は私、魔族領に入った辺りの森に、捨てられていたそうなんですよぉ。人間の赤ちゃんなんて普通なら放置されちゃうらしいんですけど、生まれつき魔力が強かったみたいで、拾ってもらえたんです。魔王様に」


「えっ。あ……あの、ごめんなさい。ほんとに。余計なことを聞いてしまったわね……」


 とんでもなく重い話を聞いてしまった。


 私の馬鹿ばか。よぉく考えたら、国家でさえ調べられない魔王城に住んでる人間の子なんて、ワケ在りに決まってそうなものなのに――。



「いえいえ! ぜんぜんいいんですよ! だって、捨てられてたお陰で、ここで美味しい食事を頂けているし、ベッドはふかふかですし、魔族の皆さんもすっごく優しいんですよ?」


「そ、そうなの? でも、人間のことは分からないんじゃ……」


「いえ……一度だけ、人の町で暮らさせてもらった事があるんです。でも、なんか、合わなくって。いじわるな人が多いですし」


 そう言ったパピーナは、ハッとしたように手で口を塞いだ。


「あ、いや、うん! そうよね。私もそう思う。いじわるな人が多いわよね人間って。私もこの二年、いじめられていたんだもの」


 ――初対面なのに、妙な話を振ってしまったせいで、変に深めの話をしてしまった。


 ……気を許してしまったかもしれない。


 もしかしたら、私はここから逃げちゃうかもしれないのに。


 いざという時に、この子を裏切ることになるかもと思うと……今からすでに、心苦しい。



「サーリャ様がですか? 人って……ほんとに救いようがないんですねぇ。こんなにいい人をいじめるなんて」


「ありがと。でも、どうしてそんなに私を信頼してくれるの? まだほとんど何も知らない間なのに」


「え、そんなの簡単ですよ。あの魔王様が、大切になさろうとするお方ですから!」


 なにその価値基準?


「よ、よく分からないけど、そうなんだ……」


「はいっ!」


 その満面の笑みで、そして屈託のない態度をされ続けていると、魔王や魔族を警戒けいかいしている自分が、もしかして間違っているのかなと思えてきてしまった。


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