第3話 ミヤナガ氏の小噺

「ほー…小噺タクシー…?」

「はい。乗客の方からお話をいただき、運賃を決めさせていただいてます。変なタクシーですみません」


 ここは夜の東京の中目黒。その黒塗りのタクシーは、今日も男性客を乗せていた。その名は小噺タクシー。東京の七不思議にも並ぶ、奇怪なタクシーだ。


 コバヤシ。神出鬼没のタクシーのドライバーを務めている。今日の乗客は、空気が違う。どうやら芸能業界の人間のようだ。だが見たことがない所を見ると、裏方か、それとも。


 見た目は4~50代。かなりの男前だ。今でいうイケオジと言う輩か。髭を生やしているが、清潔感はあり、髪型も流行りを抑え、どこにも隙が無い。モテるんだろうな。


「面白い話をすればいいのかー。成程、これはチャンスだ」

「チャンス?」

「じゃあ運転手さん、聞いててくださいね」

「お客様?」


 そして、乗客のミヤナガは自分の世界に入る。


「どうもー!!ナミノリジョリーですー!!あ、ありがとうございます。今日は皆さんに聞いて欲しいことがあるんですよ」

「お客様?」


 ミヤナガの入りに、戸惑ったコバヤシ。…そう言うことじゃないんだが…。だが、ここで止めるのもお客様に恥をかかせてしまう。とりあえず、聞いてみることにした。


「ほら、皆さんもご承知だと思いますが、うちらの業界って売れてる人は良いですけど、僕らのような若手は辛い生活を送ってるんですよー。いやー、大手さんは良いなぁ」


 そうか、ピン芸人さんか。彼は何か履き違えてるが、仕方ない。困ったところだが、とりあえず続けてもらう。しかし、その漫談は意外な方向へ向かう。


「いやでもきみぃ、ウチらの様な弱小事務所でMー1を取ることができるなら、業界がひっくり返るぞ?」

「お客様!?」


 まさかの漫才!?コバヤシはこの一人二役に、思わず面食らった。小噺を求めているのだが、しかし、こういうのも面白いかもしれない。ミヤナガは気にせずどんどん続ける。


「でも、やっぱりレギュラー番組は欲しいだろ?」

「いや、俺はネタで劇場で板場の上で死にたいんだよ」

「そんな古風な事言ってもウケないぜ?」


 …どうしよう、面白くない。まず出だしが遅い。すんなりネタに入るのに、1分はかかっている。劇場ネタにしても、これは無駄が多い。どういう展開かまだわからない。


「何だよ。じゃあ、どうやって食っていくんだよ」

「おいおい、二人とも喧嘩すんなよー」

「お客様!?」


 まさかのトリオなのかよ!?コントか!?コバヤシは、思わず声を上げる。この人、面白くないが意表を突く才能はある。だが、肝心のネタを面白くしなければ…。


「と、まあバカバカしい三人組がおりまして…」

「お客様!?ちょっといいですか!?すみません、話の腰を折りますが、少しいいですか!!」


 まさか…この人、落語家なのか!?どんどん変わっていく業態に、戸惑いを覚えずにいられない。この人の実態がつかめないコバヤシ。普段は口出ししないが、


「あの…失礼ですが、あなたご職業は?」

「あ、大学生です、今落研に入ってまして」

「は!?」


 コバヤシはこの人の実態が全く分からない。見た目はどう見ても4~50代だ。この人の人生はどうなっているんだ。それが気になってきたコバヤシだった。


「私は、今もですが、とあるファッション企業でデザイナーをしておりまして。それから…」

「お客様!?」


 ファッションデザイナー!?何で!?どうしてこうなった!?興味が尽きない、目が離せない、この謎の男。ウチのタクシーも不可思議で売っているが、この人も大概である。


「昔から絵の腕は磨いてまして、パリコレに専属デザイナーとして、今でも起用されてるんですよ」

「パリコレ!?」


 何なんだ、この人!?売れてるのか!?くすぶってるのか!?こんな人出会ったことがない。…只者ではない。よく見れば、服装もどこか奇抜であった。


「でも、若いうちにデザイナーとして売れてしまって、大学行ってなかったんですよ。で、今73なんで青春を再びと…」

「73!?」


 見た目、とても70台には見えない。よく見れば、漫才や落語などせず、モデルでも通用する。本当にイケオジだ。どこまで滅茶苦茶な展開なんだ!?


「仕事もしながら、片手間で受験勉強して、スタンフォードに入りまして、そこで落語研究会を発足して、今に至るというか…」

「スタンフォード!?日本じゃないんですか!?」


 少し休ませてくれ…。コバヤシはこの人生の激流に翻弄されている。この人は、自分以上の奇人だ。この人こそ七不思議に相応しい。そして、ミヤナガは、


「で、僕の落語。大学では全然ウケないんですよ。何かご意見、いただけませんかね?」

「英語にすればいいんじゃないですか?」


 この人に出会えて良かった。何というか、小噺タクシーに拍がついた気がする。そして、コバヤシは若輩者ながら、一つ提案させてもらう。


「あなたの人生を落語にすれば、良いんじゃないですかね。お客さんを振り回せますよ。人生が才能です。間違いないです」

「成程、人生か…でもなぁ。普通の人生だからなぁ」

「いやいやいやいや」


 そして、コバヤシはようやく言いたかった一言を口にする。


「…で、お客様。どちらに向かわれます?」

「あ」


 御後がよろしいようで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る