運命の7cm ~水の都ヴェネツィアで半地下の家に住んでいた留学生の実話~

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1、日本人留学生、家賃の安さにつられて半地下の家を借りる

 夏のヴェネツィアには金色の陽光が燦々と降り注いでいた。


 島の東側に広がるカステッロ地区は観光客もまばらで、古い街並みに地元の人々の暮らしがとけ込んでいる。小さなカフェの軒下では、年配の男たちがコーヒーカップ片手に大きな声で雑談していた。


 私の隣を歩くステファノさんが彼らに向かって手を挙げ、声をかけた。二言三言、気軽な立ち話を交わしたあとで、


「例の家を貸そうと思っていてね。この若者は日本から音楽を学びに来たんだ」


 と私を紹介した。


こんにちはブォンジョルノ


 私が挨拶すると、彼らは笑顔で答えてくれた。それからいつも必ず訊かれる質問が飛んでくる。


「なんの楽器を演奏しているんだい?」


「バロック時代の歌を学んでいるんです」


 私が専門的に学びたいと望んだのは、クラシック音楽の中でもマニアックなジャンルだった。十九世紀の声楽なら日本の音大で学べるが、古楽となるとヨーロッパ留学を選択することになる。


 古楽の中でもイタリアオペラやカトリックの宗教音楽に心惹かれていた私は、イタリアの国立音楽院に入学した。


 古楽に力を入れている国立音楽院はいくつか存在するが、ヴェネツィア音楽院は実技レッスンが多く、カリキュラムが充実していた。さらにバロック声楽の担当教授も経験豊かな歌手で理想的だった。


 しかしヴェネツィアには水害のイメージが付きまとう。有名なサンマルコ広場が水没している映像を見たことがある人も多いだろう。


 ヴェネツィアの高潮「アクア・アルタ」は、毎年秋から冬にかけて島を襲う自然災害だ。気象現象なので、年によって被害の程度は大きく異なる。


 私は二〇一六年の秋学期から留学したが、一年目のアクア・アルタは潮位が低かった。アクア・アルタが発生したというニュースを聞いて、観光客気分でサンマルコ広場まで見物に行ったほどだ。


「このあたりは水が来ない場所なんだよ」


 個人商店が並ぶ通りを歩きながらステファノさんが説明する。広場から続く道は、気づかないくらいゆるやかな上り坂になっている。


 ステファノさんに続いて路地へ入ると、狭い道の左右に古い住居が並んでいた。陽射しに目を細めて見上げれば、小さく切り取られた青空を横切るロープに洗濯物がひるがえっている。深呼吸をするとかすかに潮の香りがした。


「さあ、この建物だよ」


 ステファノさんが大きな木製の扉を押す。薄暗い内廊下はひんやりと涼しい。


「部屋は一階なんだ」


 建物に入ってすぐ目の前のドアを開けると、下へ向かう階段が現れた。たった三段だがこれは――


「半分、地下?」


「そうなんだ。だからあまり日当たりがよくなくてね」


 ステファノさんはすぐに電気をつけた。窓からは小さな庭が見えるが、地面の位置が高く、直射日光は入ってこない。


「でもすごく涼しいですね」


 私がホッとして汗をぬぐうと、


「だろ? でも安心してくれ。天井が低いから、冬は暖房がよく効くんだ」


 ステファノさんは人懐っこい笑顔で説明した。


 ヴェネツィアの住居はどの家にもセントラルヒーティングが備えられている。ガス代は高いが、冬も家中がぬくぬくとあたたかくて快適だ。


 私は昼なお薄暗い2DKの室内を見回しながら、この家を借りるべきか考えていた。


 今住んでいるのは屋根裏部屋で日当たりは最高だが、下の階に二人、シェアメイトが暮らしている。一人は音楽院に通う留学生。入居前は、同じ境遇の仲間と生活する方が安心できると思ったのだが、半年が過ぎる頃には負の側面が際立ってきた。


 同じコンサートへの出演を希望していたのに、私だけが選ばれたとき、なんと声をかければよいのか? 教授まで気を遣って、私にこっそり出演依頼をしてくださる。


 一方で対位法を受け持つ別の教授からは、同じ家に住んでいるなら教えてやれと言われていた。


 だが私は実家からの援助を受けずに、日本で働いて貯めた資金だけで留学したので、勉強とアルバイトを両立する必要があった。実家からの仕送りで勉強を続けているシェアメイトとは、感覚の隔たりに気づかされることもしばしばだった。


 同じ音楽の世界で切磋琢磨する友人と、私的空間まで共有する生活に息苦しさを感じ始めた頃、知人からステファノさんを紹介された。


 数十年前に音楽院を卒業したステファノさんは、半地下の家を借りてくれる学生を探しているという。天井が低いため法律上、旅行客には貸せないそうだ。 


 賃貸物件として不動産会社に取り扱ってもらえないため、家賃は光熱水費・インターネット代込みで一ヵ月三百五十ユーロ(当時のレートで約四万二千円)と安かった。しかもキッチンもバスルームも一人で自由に使える。


 日当たりと眺望の悪さはネックだったが、私は音楽の勉強に集中できる環境を手に入れたかった。決意を固めた私は念のため、最後に確認した。


「アクア・アルタのとき、この部屋に水、入ってこないんですよね?」


「もちろん。僕は生まれてから就職するまでこの家で暮らしていたけれど、一度もアクア・アルタの被害には遭ってないよ。その後も水が入って掃除しに来たことなんてない」


 五十歳くらいのステファノさんは自信を持って答えた。


「それなら――」


 私が意を決したとき、


「あ、でも」


 正直なステファノさんが口をはさんだ。


「僕が生まれる前に一度だけ水が入って来たらしい。そのときは腰の上まで水に浸かったってパパが言っていたよ」


 彼は手のひらで床から一メートルくらいの位置を示した。


「知っているかい? 一九六六年にものすごい高潮が島を襲ったんだ。アクア・グランデって呼ばれてる」


「アクア・グランデ?」


 スマホで調べてみると一九六六年のアクア・アルタは、一八七二年の観測開始以来、史上最大の高さを記録したそうだ。


 約百五十年の間にたった一回しか起こらない高潮など、そうそう来るものではないだろう。


 私はステファノさんに部屋を借りたい意思を伝えた。


 これは二〇一七年夏のことである。二年後となる二〇一九年に観測史上二番目の高さとなるアクア・アルタが襲来することなど、当時の私が知るよしもない。




 日本への里帰りから戻って来た二〇一七年秋、私は半地下の家で暮らし始めた。


 家の外には、高い塀に囲まれた小さな庭がある。塀越しに覗く空は狭く、空模様を見るにも背伸びをしなくてはならない。


 家の中に差し込む光は控えめで、昼間でもほんのり薄暗い。バロック声楽の勉強と、音楽教室でのピアノ講師の仕事に忙殺される私には、静かな空間がかえって心地よかった。閉ざされた半地下の部屋には、せわしない世界から切り離されたような不思議な安心感があった。


 秋が深まるにつれ、湿った土の匂いが濃くなってゆく。高い塀の向こうは教会の裏庭になっていた。時を知らせる鐘の音と共に、うちの狭い庭にも落ち葉が舞い降りた。


 窓際に腰を下ろし、温かいハーブティーを片手に、オペラアリアの歌詞を翻訳する。窓から見える地面は高く、まるで大地に包まれているかのようだ。


 塀を越えて差し込む薄い秋の日差しが、三百年前の手稿譜に柔らかい影を落としていた。ファクシミリ版のコピーなのに、インクの匂いが立ち上る錯覚に陥る。ページをめくるたび、時間の感覚がとけてゆく。


 ヴェネツィア中心部から離れたカステッロ地区は観光客もまばらで、夜ともなれば喧騒もほとんど届かない。壁に手を触れると、ひんやりとした冷たさが指先に伝わり、部屋の静寂が一層深まるように感じられた。


 十月下旬、今年もアクア・アルタの季節がやってきた。だが二〇一七年も私の生活圏に影響を及ぼすようなアクア・アルタは襲ってこなかった。

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