第113話 動揺

 サンヴィリア様がこんなことを企てたこと。

 俺は何故か、否定が出来なかった。


 相手が神だから……?


 いや……

 違う気がする。


 相手が神だからそう思うんじゃない……


「サンヴィリア様」


 そこに。

 ジェシカさんが口を開いたんだ。


 そしてこう言ったんだ。優しい声音で。


「……サンヴィリア様は、ご自分が降臨した意味を求めてらっしゃるのですか?」


 あ……


 そっか。

 だから否定できないのか……


 俺はその一言で分からされた気がした。




「……神殿で、告白室の担当に付き添ったとき、同じ悩みを口にする方がいらっしゃいましたよ」


 ジェシカさんの話。


 ……六大神教の神殿では、信者が神官相手に悩みを告白し、解決方法を模索する場所「告白室」がある。

 そこでジェシカさんは、働いたことがあるのか……


 ジェシカさんは続ける


「人間にも沢山居ます。自分の役割、居る意味が分からないから苦しい、って悩む人が」


 その声音は優しくて


「特別なただ1人であることは、不幸なことなのです。何故ならあなたが居ないことで、不幸な誰かが生まれるのですよ……? そんなことよりも、誰かを幸せにすることに心を砕く行為を続けることが神の御心に適うと……」


 ……翻訳すると、自分で無いと駄目だ、っていう何かが無くて、自分の価値が分からなくなった。

 そんな悩みに「あなたひとりが重大視して貰えなくても良いじゃ無いか。あなたの働きで誰かが幸せになるなら、それだけであなたはいる価値がある」そういう言葉を返していると。


 ジェシカさんはそう言っているのだと思う……。


 だけど


「……それは神の存在意義を投げ捨てろと言ってるのと同じだ」


 サンヴィリア様は揺らいでいなかった。

 正面から、ジェシカさんの言葉を打ち払ったんだ。


「仲間たちは世界を生み出し、安定させるために溶けたんだ。だから僕も溶けなければいけないんだ」


 そして声を張り上げる。


「……この世界に何かを書き加えていかないといけないんだよ!」


 腕を大きく広げて。


「僕はそれが人間を清浄な存在にすることだと思ったんだ! 人間たちの愚かな振る舞いに怒りを覚えた。このときに思ったんだ、これだ! と」


 そのサンヴィリア様の表情には……俺は追い詰められているものを感じた。


 そしてその言葉の内容に……


 プッツリと、何かが切れたんだ。


 俺は


「だったら母さんとロリアを返してくれよッ! この2人が何か悪いことをしたのかよッ!?」


 声を張り上げていた。

 同じくらい


「人間の愚かな振る舞いに怒る心があるんなら、俺たちから理不尽に取り上げることを止めて下さい! それさえしてくれたら、この島から帰った後に全力で人間に悔い改めることを呼び掛けます! 魔王を討伐した勇者として!」


 そしたら結果的にあなたを倒したのと同じ状態になる!

 それでいいじゃん!


 そう思い、思わず言ってしまったんだ。


 ……だけど


 次の瞬間、サンヴィリア様に浮かんだ表情は……


 俺の激昂、無礼極まりない、逆切れと言っても良い心の叫びへの憤怒じゃなくて……


 動揺。

 言葉に詰まる。


 言い返せない。


 ……そんな、何かだったんだ。


 え……?


 そのとき。


 そこで俺はひとつ、とんでもないことに気づいてしまった……。

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