第89話 3階に上がって

 げんなりしながら3階に上がった。


 全員がだ。

 自分が勇気を出すのはわりと楽なんだけど、他人を信じるって難しいよな……


 それをつくづく思い知った。

 ようは2階の試練の本質は


 仲間が自己保身に走って仲間を見捨てないと信じ切る。


 それができるかどうか。

 それだけの話。


 ……なんだけど。

 キッツい内容だよ……!


 信頼は目に見える形で、その存在を感じ取ることは出来ないんだから。


「あの」


 そこでジェシカさんがおずおずと俺に訊いて来たんだ。

 3階に上がって、俺たちが誰も死んでないことに安堵の溜息を吐いたとき。


「なんですか?」


 なんか、聞きづらそうな顔をしている。

 俺の視線を受けてジェシカさんが


「……勇者様がご自分の情報を口にしなかったのは、私たちが階段に殺到するかもしれないって思ったからですか?」


 そんなことを訊いて来たんだ。


 俺は、言い辛かったけど


「そうですね。絶対にそうならないって思ってましたけど、万一の可能性が怖くて言えなかったんです」


 ……認めた。


 すると


「じゃあ、最終的にどうするつもりだったんですか?」


 次に訊かれたのはそれで。

 俺は


「最後尾が自分になるようにして、倒れた瞬間ジェシカさんに助けて貰おうかと……」


 正直な思いを口にする。

 ジェシカさんのすぐ傍でぶっ倒れれば、きっと救ってくれるだろうと。


「つまり私任せだったんですか?」


 俺の言葉に驚く彼女。

 俺は頷き


「そうですね。だから、俺はジェシカさんの後ろに回ってましたよね?」


 あのときの位置取りについて触れた。

 彼女はそれについて気付いていたみたいで。


「ああ……」


 納得したみたいだ。


 俺は


「疑ってすみません」


 すぐさま自分の知ったことを報告しなかったのは、どう言い繕っても仲間を信じ切れていなかったこと。

 そこに尽きるから、素直に謝った。


 だけど


「……でも、最後は正直に言って下さったじゃないですか」


 頭を下げた俺に、ジェシカさんが俺の肩に触れながらそう一言。


 ……顔を上げると。

 彼女は微笑んでいて


「私たちが自分の命惜しさに他人を蹴落とす人間じゃないって信じて下さってありがとうございます」


 ……逆に礼を言われた。


 そんなの……

 ジェシカさんが、自分の命を捨ててでも、仲間内の生贄選定が起きることを避けようとしてくれたからで……


 確証あってしたんだよ。

 謂わば不正受験カンニングみたいなもん。


 大したことじゃない。

 少しの勇気で誰でも出来ることだ。


 そのとき


「アルフ」


 姉さんの声がして


「何?」


 俺は慣れた仕草でそっちを向いた。

 そして……


 絶句した。


 ……そこに姉さんが居なかったからだ。

 真っ赤な皮膚とゴツい筋肉、そして頭に太い2本角を生やし、背中に2本の蛸の触手を持つ男の魔人が居たんだ。


 え……?


「アルフ」


 戸惑う俺を前にしてそいつは。

 ガラスを擦り合わせるような耳障りな声で。


 俺の名前を読んだんだよ……!

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