第61話 俺の母さんの話

「でまあ……お前が3才になったときに」


 少し言い辛そうに親父は


「母さんは夕飯の材料の買い物に行くと言って、家を出て行って、それっきり帰って来なくてな」


 そう言って親父は頬を指先で掻く。

 で


「……当時は、母さんはすっごい美人だったから、俺以外に誰か好きな男が出来てしまって、恋を追って出て行ったのかと思ったんだ」


 ……まあ、あり得る気はするな。

 前の男がアレ過ぎるもんな。


 ……これで俺の顔が親父に似て無ければ、そこで一家崩壊してたかもしれないんだな……

 俺の顔が親父に似ているから、少なくとも俺は親父の子で。

 そこを軸に、母さんの連れ子の姉さんを加えて、かろうじて家を維持したのか。


 そう考えると、なんか親父が凄い男に思えて来た。

 今日、ここに来るときまでは


 俺たちを置いて、勝手に家を出て行った先代勇者のクソ親父


 だったのに。


「親父、辛かったのに4年も父親してくれてありがとう」


 思わず口に出して言ってしまった。

 俺はまだ、父親になることは理解できてないけどさ。


 親父が俺が7才まで、父親として家に居てくれたことを感謝した。


 すると


「……そういう気が遣えるようになったのか。大人になったんだなぁ」


 また抱きしめられた。

 ……なんというか


 俺、親父に愛されてたんだな。


 今更実感した。


 だけど、その実感にどっぷり浸る前に


「お義父さん」


 姉さんが話を前に進めるために、言葉を続けたんだ。


「……何で家を出て行ったんですか? 1人で」




 そう。


 俺が7才のときに親父は家を出て行った。

 俺たちを置いて。


 なんで?


 見る限り、父親をすることを放棄したようにも見えないし。

 加えて、母さんについては恋を追って出て行ったと思い込んでたんだろ?


 なのに何故?


「うーん……実はなぁ」


 腕を組んで悩みながら


 教えてくれた。


「ある日、深夜に俺の枕元に母さんの生霊が立ったんだよ」


 ……母さんの……生霊?


「生霊って」


「……あまりに強い思念を持つと、ヒトは生きていながら、思念に人の姿を与えて、その思念を伝えたいヒトの元に飛ばしてしまうことがあるんです」


 そこですかさずジェシカさんの解説。

 へぇ、そんな現象があるのか。


 詳しくないから分からなかったよ。


 親父は頷き。


「キミは息子の仲間だな。息子に付いて来てくれてありがとう」


 言ってジェシカさんに笑顔を向けて、続けてリリスさん、ロリアにも同じことをした。

 ……親父のそういう気遣い。


 俺は俺で、息子として嬉しかった。


「勇者様の手伝いが出来て光栄ですから」


「同じく」


「同じくですねェ」


 ジェシカさんの言葉に追従。

 リリスさんは家宝を貸し出す関係での同行だけど、それはベラベラ話すことでもないしな。

 追従は妥当だよね。


 で。


「……母さんの生霊は何て言ったの?」


 そう訊ねた。

 話は進めないといけないしな。


 すると親父は神妙な顔で


「……母さんは、前の夫の不始末の責任を取らされる形で、魔王に攫われたと言ったんだ」


 そんなことを言ったんだ。

 正直、絶句以外無かった。


 話の規模が意味不明過ぎて。


 魔王が……そんなことを……?


 そのときの俺は怒りというより……

 何だか、困惑に近いものを感じたんだよな。

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