第56話 謎の町の謎
クルスの町で情報を得て。
俺たちは再びあの荒野に戻って来た。
新月の晩に謎の町がここに現れるという。
だったら、街が現れるまでここでキャンプだろ。
……しかし、新月の晩にのみ出現する町か……
「何で分かったんでしょうか? 町が出現したことを」
キャンプ2日目で、夕飯の鍋を搔き回しながらジェシカさん。
「……そういえばそうだな。夜にこんな場所に突如町が出現しても普通気づかないハズだな」
リリスさんが夕飯用に捕獲し、解体した兎の毛皮を土に埋めながらその疑問に賛同する。
言われてみれば……
「……何かしら、気づいてしまう何かがあったんでしょうね。現実に情報としてある以上」
鍋を搔き回しているジェシカさんの傍で腰を下ろしつつ、姉さん。
「ちょうど今晩あたりが新月よ。……何か起きるとしたら今日ね」
そっか、今日か……
俺はその言葉に、試練に挑む覚悟を決める。
何が突きつけられても、解決してみせる、という。
そのときだ
「しかしィ、なんで町に入った人は誰も帰ってこなかったんでしょうねェ?」
……ロリアがある意味、一番大事なことを口にしたんだ。
「町に入ると同時に、拘束されるとかか?」
リリスさんの言葉。
んー、でもそれなら
「それなら、1人くらいはその前にヤバイと感じて逃亡できても良さそうな気もしますけどね」
鍋の世話を姉さんに任せて、食器を準備し始めるジェシカさん。
今夜は兎肉の香草スープ。
肉が入ってるし、味は悪く無いんだ。
「……じゃあ、町の住人が罠に掛けて誘い込んでくるって事かしらね? だとしたら、町の住人が犠牲者の勧誘をしていないのが変ね」
確かに。
そんなに外の人間を捕獲したいなら、町の住人が外の人間を呼び込む罠を張らないのはおかしいな。
こんな荒野に、新月の晩だけ出現する町なんて。
気づいて貰えないと罠として成立しないだろ。
だったら、そこに何かしら理由があるはずって考えるべきでは?
1回入った人間が、その後出て来れない特別な理由が。
そのとき
ふと、記憶が蘇った。
だいぶ小さいとき。
まだ、俺が勇者になるための修行を開始していないときだ。
「オルフェは妻のエウディケを救うために、冥界に向かったのです」
家の寝床で横になりながら、俺は姉さんに本を読んで貰っていた。
貸本屋で借りて来た、民話の本。
俺に対する読み書きの教育の一環だ。
同じ本を覗き込みながら、本を読んで貰う。
そのときの話は……
詩人オルフェが、妻のエウディケを救うために冥界に向かう話だった。
妻が、冥界の住人に誘い込まれて連れていかれてしまう話。
彼女が連れていかれたのは年に1回、死者の魂が冥界から帰る日に、やってはならないことをして、って理由だったと思う。
オルフェは神々に歌を捧げて冥界に入る許可を貰い、冥界に乗り込むけど
結末は悲惨だった。
「エウディケは言いました。帰れません、と。私は冥界の食べ物を食べてしまったからと」
冥界で食事をしたら、冥界から出てこれなくなる。
そういう理由で、妻は夫に別れを告げたんだ。
俺はそのとき、それが理解できなくて
「……何で?」
姉さんに訊いたんだよな。
その理由を
すると
「その土地で食事をすると、そこの住人になってしまうってルールがあるのよ」
そういうものなの。
納得しなさい。
姉さんはそう教えてくれた。
「姉さん、帰れないって話だと、昔読んで貰ったオルフェの冥界下りの話を思い出すんだけど」
なんとなくだ。
思い付きで俺は、姉さんに昔話を切り出した。
姉さんは俺に視線を向けて。
……ほんの少し、懐かしそうな表情を浮かべた。
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