第34話 苦い思い出

「あなたたちの言うことを聞けば、本当に弟に手を出さないんでしょうね?」


 あのとき姉さんが言った言葉を思い出すと、悔しさに泣きそうになる。




 俺たちの父親が出て行った後。

 一度だけ、俺たちの家に強盗が入ったことがあったんだ。


 ……原因は俺なんだ。



 父親が出て行って、俺は不安だったよ。

 家事は姉さんがやってたから、ご飯を作ってくれる人は居るんだけど。


 父親が強い存在だというイメージが、7才の俺にはあって。

 それが急にいなくなったことが、俺を不安にさせてたんだ。


 悪者がこの家にやって来たらどうしよう……?


 自分より強い人がいない。

 つまりそれは、悪者が来たら俺がやっつけないといけないのか。


 ……幼稚な考えだけどさ、そう思っていた。


 で、そんなことを言いながら。

 俺は馬鹿だった。




「ボウヤ、ゴメン。トイレを貸して貰えないか?」


 その日、知らない男が訪ねて来て。

 玄関ドア前で言ったんだ。

 切羽詰まった表情で。


 ……公衆トイレ行けよ。

 貧しい人はそうしてるんだし。


 今の俺なら普通にそういうだろうけど、そのときの俺は


(この辺の家で、トイレがある家はこの家だけだから)


 俺の家は一応勇者と呼ばれた男の家だったからさ。

 風呂とトイレがある家だったんだよ。


 それが特別なことであることは幼いながらも知っていて。


 おじさん、苦しそうだな。


 そう思い……


 ドアチェーンを外したんだよ。




「あなたたち、強盗なの?」


「ハァーイ、おじさんたち、恵まれない人でぇーす!」


 ゲラゲラ笑いながら2人の男が、俺に刃物を突き付けて、家の中に入って来たんだ。


「お姉ちゃん、ごめんなさい」


 俺は泣いて謝ったよ。


 家のリビングに、強盗の男2人と、12才の姉と、7才の俺。

 力関係がどうなってるのか、誰にでもすぐに分かる。


「お嬢ちゃん、可愛いねぇ」


「娘になる寸前って感じだわ」


 下卑た笑みを浮かべる男たち。


 ……姉さんは


 厳しい目で、大人の凶悪な強盗の男2人を見つめていた。




 男たちは姉さんに、家の財産を持ってくることと、ロープを持ってくること、そして……


 姉さんに、服を脱ぐことを要求してきた。


 ……俺が逃げ出して、外に助けを求めに行かないように。

 まずロープで、俺の足が柱に括りつけられた。


 そして姉さんは「言う通りにしたら、弟には手を出さないんだな?」って念を押して。


 目の前で服を脱いでいったんだ。


 その様子に、男たち2人は興奮して。


 姉さんが着ていたものを全部脱いだとき。


 俺に突き付けていた刃物を放り出し、12才の少女を使って、自分たちの下卑た欲望を満たそうとしたんだ。


 ……7才の俺でも、男たちが何か姉さんに酷いことをしようとしているのは肌で分かったから


「やめろ!」


 泣きながら叫んだ。


 そのときだった。


 ……急に、男たちの頭が燃えたんだ。


「ぎゃあああああ!!」


 燃える頭を抱えて、のたうち回る男たち。


 姉さんは厳しい目でそれを見つめていて。


 次の瞬間だ。


 男2人が、互いの頭部を思い切りぶつけ合い……


 気絶した。

 同時に頭の火が消える。


 そして男たちが床に倒れたとき。

 姉さんは


「……これからは絶対に知らない人を家に入れては駄目よ」


 脱いだ服をもう一度身に着けながら、そんなことを言ったんだ……。



 種明かしをすると、このときすでに姉さんは魔術師系の魔法が使えるようになってたんだ。

 それを駆使して、強盗2人を撃退した。すごいと思う。


 けど……



 あのときは俺は無力さで辛かった。

 そして申し訳なかった。

 それは今でも変わってない。


 自分はなんて馬鹿なのか。

 それを思い知った。


 姉さんは「実害はなかったし、撃退の道筋は見えてたから危機では無いわ」って気にしてないけど。

 そういう問題じゃない。


 お姉ちゃん……ごめんなさい……!




「……何泣いてんだぁ? 面倒ダベなぁ……」


 うんざりした声でサマール氏。


 ……結構鮮明に、あのときの申し訳なさを思い出せたらしい。

 泣けたようだ。


 ……俺、役者の素質あんのかな……?


 俺の反応が面倒くさくなったのか


「分かったべ。目隠しはしてやるべ。感謝するだよ」


 ……俺は、俺の要求を通して貰えた……!

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