第31話 倒しちゃダメ!

 ギリギリと嚙みかかってくるワニの大顎を両腕で受け止める。

 これは一体何だ!?


 こんな奴、どこから湧いたんだ!?


 俺が大顎が閉じることを力で押し返していると。


「あ、それは魔物ですねェ」


 ロリアが何か記録をしながら教えてくれた。


 魔物ォ!?


「温泉にはワニが湧くんですよォ。そういうあるあるを魔王が魔物化したと伝えられる、温泉ワニっていう魔物ですねェ」


 ……温泉ワニ……!


 とんでもない魔物だ。

 なかなか嚙む力が強い。


 コイツの大顎を防いでいる限り、俺は温泉に肩まで浸かることが出来ない……!

 困った……!


 俺が温泉ワニへの対処を考え、色々思考を巡らせようとしたとき。


 ボコッ!!


 突如。戦棍メイスでの一撃で割り込んで来た人影。


「キサマは存在を許されないッ! ワタクシはお前が生存することを認めないッッ!! 汚らしい魔物めッ!」


 フヒャホ! フヒャホ! フヒャホハ!


 温泉で服が濡れるのも構わず、完全に殺戮に酔っている目で、温泉ワニの頭に戦棍メイスを振り下ろす。

 最近魔物の血に酔ってるジェシカさんを見てなかったから忘れてたけど。


 そう言えばこの人こういう人だった。


 瞬く間に血祭りにあげられる温泉ワニ。


 完全に息絶えたのを確認すると、ジェシカさんは落ち着きを取り戻し


 そのときに、自分の身体がずぶ濡れで、服が一部張り付いて、身体のラインがモロ見え状態になっていることに気づき。


 真っ赤になって


「……取り乱しました勇者様」


 一言言って、ざぶざぶ、とお湯から出て行こうとしたんだけど。


 その前に


 ……温泉ワニの死骸が塵になって消えていき。

 次の瞬間、新しい温泉ワニがまた、温泉の中に出現した。


「……倒しても蘇るのか」


 キリがない。

 俺はそう思い、どうしようかと思ったんだけど


 姉さんが


「アルフ。そのワニをいちいち倒す方法ではキリが無いわ」


 教えてくれたんだ。

 この事態に対処する方法を。


 ……それは


「そのワニを、ワニじゃないものに変えるのよ」


 ワニじゃないものに……変える?


 それは……一体どういうことなんだ?




 姉さんのアドバイスに従い。

 俺は温泉の湯から立ち上がり、温泉ワニと対峙した。


 ……姉さん曰く……


 俺は噛み掛かってくるワニを待ち構え。


 その大顎をキャッチし、跳躍した。


 この俺のジャンプには姉さんの魔法によるサポートが入って来て。

 軽く10メートル飛んだと思う。


 空中で組み合う俺と温泉ワニ。


 俺は温泉ワニの大顎を両手で抱えるように、引き裂く方向でガッチリと掴み。


 落下のエネルギーを全部乗せて、岩場への着地で思い切り引き裂いたんだ。


 ワニは口を裂いてしまうと、ある反応を起こす。

 これは姉さんの言葉。


 それは……


 口を裂かれ、二度と噛みつけなくなったワニは転がって暴れていたが。


 やがて動かなくなり。


 脱皮を開始した。


 ワニから……大型の亀……ゾウガメに。

 脱皮を終え、温泉の中にのそのそ戻って来る。


 そこで俺は姉さんの言葉を思い出した。


「ワニは口を裂かれた場合、ワニという生き方に見切りをつけて、別の生き物に変態を起こして乗り切る習性があるの」


 ……姉さんの言った通りだった。


 ワニは危険だけど、ゾウガメは安全だから。


 こうなれば、もう脅威じゃない。


 俺はそんな一部始終を、温泉に肩まで浸かって入りつつ。


「ひゃあ~く」


 100をカウントしながら、見届けたのだった。

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