第22話 獲物じゃないよ

 俺が追い続けていると。

 水のにおいがしてきた気がした。


 ラミアは街道を外れ脇に逸れ、逃げ回り続けている。


 そして……


 観念したのか、停止し。

 こちらを振り返って来た。


 俺も足を止める。


 止めて、言った。


「覚悟しろ、魔物め」


 そんな俺の言葉に


 ラミアは凶悪な笑みを浮かべてきた。

 そして高笑いをはじめる。


 ……俺は


「絶望的過ぎて、もう笑うしか無いのか?」


 そう油断せずに訊いたんだけど。

 ラミアは笑いを収めずに


「勝ったと思ってるんだ!? 人間、愚か!」


 おなかに手を当てて、心底嬉しそうに言ってくるんだよ。


 ……そういや


 水のにおい。


 それが意味するところに思い当たった。


 ……近場に水場がある。

 これだよな……


 同時に


 ……牛の怪物。


 俺が想像した……

 牛頭魔人のミノタウロス……

 金属の鱗に覆われた、炎を吐く雄牛ゴーゴン……


 それ以外の牛の怪物。


 それは……!


 そのとき


 ……近場で水音がしたんだ。


 少し離れたところにある池から。


 そこから、何かが出て来たんだ。


 それは


 頭部は牛に近かった。

 だけど胴体が……


 大きな蜘蛛だったんだよ。


 ……こいつか。


 こいつの名前はブルデビル。


 全長5メートルから6メートル。

 色は灰色。


 牛に似た顔と蜘蛛の身体を持つけど、特殊能力は毒のブレス。


 主な生息地は水中という、身体が何で蜘蛛なのか良く分からない魔物。


「アンタ! 獲物を連れて来たよ! 1匹だけだけど、分け合って食べようね!」


 ラミアはそう、ブルデビルに呼び掛ける。


 ……そういや、ラミアはブルデビルと組んで人間を餌食にするパターンが多いって話だったっけ。

 共生関係を結ぶのがあるあるなんだ。

 今頃思い出すのも何だけどさ。


 ぶるああああ!


 ブルデビルの吠え声。

 こいつは喋れないのか。


 でも、言葉は理解してるんだろうな。


 そんなことを思いつつ。

 俺は鋼鉄の剣を構えた。




「飛んで火に入る夏の虫だねぇ!」


 ラミアの叫びと同時に、俺に向かって火炎が放射される。


 ラミアは魔術師系の魔法が使えるんだな。


 ラミアの指先から俺に向かって伸びてくる火炎。


 俺はそれを間合いを離して回避する。


「女の魔物なら楽勝で勝てるとでも思ったか!? 甘いんだよッ!」


 その声には嘲笑う色があったね。


 俺は


「確かに勝てると思って追いかけたさ」


 火炎を回避しつつ、ラミアの言葉を肯定し


「勝てる魔物を放置するのはありえんし」


 思ったことを口にした。

 俺のそんな言葉に


「知ってるかいッ!? 獲物を狩ろうとしているときが1番の隙なんだよッ!」


 ラミアの勝ち誇った言葉が飛ぶ。


 獲物……?


 俺の灯りの魔法は、上空10メートルくらいの位置で輝いている。

 おかげでこの場の全体像がちょっと薄暗いけど、見える状態になってる。


 ラミアは俺を嘲笑う笑みでじっと見つめていて。


 ブルデビルもその傍で俺を見ていた。

 飢えた目で。


 ……他者を獲物と思ってるのは、お前たちの方だろ。


 だから言ったよ。


「俺は別にお前らを獲物だとは思ってない。敵だと思ってる」


 獲物ってのは獲得物ってことだろ?

 俺は点数稼ぎで魔物を倒してる気は無い。


 単に見逃すと、どこかの顔も知らない誰かが餌食になってしまうから。

 だから倒すんだよ。


 拾える命は全部拾う。

 それが勇者ってもんだろ?


 それにさ……


「獲物を狩ろうとしているときが1番の隙。……それさ」


 俺の言葉を、ニヤニヤしながら聞くラミアたち。


「……お前らのことだろ?」


 は……?

 そんな感じの表情を浮かべる。


 忘れてるのかね……?


 それと同時だったね。


 ラミアが吹雪の嵐に飲み込まれたのは。


 ギャアアアアアア!!


 突如発生した氷雪の嵐。


 悲鳴が響き渡る。


 そこに駆け付けてくる3人の人影。

 姉さんと、ジェシカさんと、ロリア。


 姉さんはこっちに向けて右手のひらを突き出していた。


 ……俺には仲間がいるんだよねぇ。

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