第21話 どうも引っ掛かるんだよ

 俺の様子に、若い女は理解不能の表情を浮かべ。


 ジェシカさんは焦っていた。


「え、どういうことなんですか勇者様?」


 いきなりな俺の言葉に戸惑い、真意を伺う。


 ……まあ、半分くらい勢いで言ってるんだよな。

 どうにも引っ掛かるんだよ。


 この女が、牛の化け物だった、としか言わないのが。


 俺は何回か訊ねた。


 どんな化け物だったのか?


 でもこの女の回答は、回答の意味をなして無いんだよな。

 というか……情報が少なすぎて、対象の限定に向かわない。


 普通、化け物に遭遇したらもっとあるよね?


 異様にデカかったとか。


 人間の身体を持っていたとか。


 鼻から炎を吹いていたとか。


 なのに、何でそれが無いのよ?


 何回か聞いて、ようやく出た情報が「牛の顔を持っていた」


 牛の魔物は大体そうだ!


 ミノタウロスもゴーゴンも、顔は牛なんだから!


 ……そこにさ、俺は……


 わざと情報を絞っているのでは?

 俺に何の魔物かを気づかせないために。


 そう思ったんだよ……

 思っただけなんだけど。


 こういうの、大事じゃないか?


 だって俺たちを守るのは……俺たちだけなんだぜ?


「人じゃないなんて、酷い……」


 若い女は泣き崩れて。

 俺を涙ながらに非難する。


 こんなにも弱り切った自分のようなか弱い女性の言うことを疑うなんて。

 あなたこそヒトですか?


 そう、言いたげな仕草で。


 そこでさすがにジェシカさんも気づいたみたいだ。


 ……そしてこう言った。


「……人間かどうか疑われて、剣を抜かれているのにすごい余裕ですね……?」


 その瞬間。


 若い女は舌打ちして。


 大きく跳躍して俺たちとの間合いを離して。


 闇に向かって駆け出した。


 俺はそれを追って駆け出す。


「姉さんを起こして追いかけて来てくれ!」


 そう、言い残して。




 俺は走った。

 右手に鋼鉄の剣を握ったまま。


 女は足が速かった。

 男の俺が本気で追いかけているのに。


 絶対に人間じゃない。


 暗いと思ったから、俺は頭で術式の構成を編んで「灯り」の魔法を発動させる。


 灯りの魔法。

 初歩の初歩で、1週間も修行すれば誰でも習得できる超簡単な魔術師系の魔法だ。


 この程度の魔法なら、俺は走りながら発動できる。


 発動した魔法は光の玉になり、俺の横を並走して飛んでくる。


 ……この魔法は、この玉の存在を俺自身が認識している限り持続するのだけど

 逆に言うと認識できなくなると存在できなくなるので。


 ……俺の場所を宣伝することにもなるんよな。


 だから、逃げるときには使えないわけだけど。


 そしてその魔法の光で、俺は見た。


 逃げる女が正体を現すのを。


 下半身が人間の脚から……


 大蛇に変わったんだ。


 女は大蛇の蛇腹で、前以上の速さで疾走する。


 そこで俺は理解する。

 あの女の正体を。


 ……ラミアだ。


 人間の血液を主食にしている魔物で、その姿は女の上半身に大蛇の下半身。

 人間を騙すため、人間の若い女に化ける能力も持っている。

 とても危険な魔物。


 見つけてしまった以上、退治するしか無いよな……!

 でないと、誰かが殺されることになる……!

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